聖名

 コールに向かったと思われるティロを追跡するためにシャスタが選ばれると、リクがそれを止めに入った。


「今お前は何と呼ばれていた? それにリィアの上級騎士と知り合いってどういうことだ?」


 リクの追求にシャスタはしっかりリクを見据え、はっきりと答えた。


「嫌だなあ、昔の話ですよ。リィアから逃げてきたって言ったじゃないですか」

「いや、お前は別の反リィア組織から流れてきたんじゃなかったか?」


 更なるリクの追求にもシャスタは動じなかった。


「それは、ほら、誰かとの記憶違いとか」

「いい加減とぼけるのは寄せ、サフィロ」

「サフィロ? お前シャスタじゃないのか?」


 リクとシェールから名前を呼ばれた男は、流石に誤魔化しきれないことを悟ってその場から逃げようとしたが、すぐさまシャイアに取り押さえられた。


「ジタバタするなよ。一体どういうことか説明してもらおうか」

「……リィアの特務ね、あなた。どうせ裏切ったからとか何とか言って反リィア組織に潜入していたんでしょう?」


 フォンティーアがため息をついた。


「わかった、わかった! 確かに潜入していたことは謝る! あんたらの企みも最初は全部上に報告するはずだった! だけど、今は状況が違う! お願いだから信じてくれ! こうしている間にもあいつと王子は……」

「往生際が悪いぞ、サフィロ」


 リクはシャイアからシャスタを受け取った。シャスタは抵抗する素振りはなく、リクに向かって頭を地面につけた。


「今本当のことを全部言うなら、半殺しで済ませてやる。喋るか?」

「喋る、喋るから! 俺をコールに行かせてくれ!」

「どうせ逃げる気だろう」

「わかった! 帰ってきたら煮るなり焼くなり、殺すなり好きにしてくれ! どうせろくな死に方をしないのはわかっていたんだ! 何なら監視を付けてくれたっていい!」

「そんなにその逃げた男に思い入れがあるのか?」

「あるある! あるから! 頼む! 俺はどうなったって構わないから、せめて今はあいつを止めに行かせてくれ……頼むよ……」


 大粒の涙を流して懇願するシャスタに、リクは追求の手を緩めなかった。


「しかしなサフィロ……そういうわけにはいかないんだ。わかるだろう? お前は俺たちを裏切っていたんだ。その報いを受けなくてはいけない」

「報いなんて後でしっかり受けるから……リノンには俺の話は全部してある。後は彼女から聞いてくれ」


 リノンと聞いて、リクの顔色が変わった。


「お前、リノンに何を教えたって?」

「俺の全部だ。この作戦が終わったら全部を捨てて、俺はリノンと結婚するって約束したんだ」

「馬鹿なことを言うな! この後に及んでいきなり娘が結婚するなんて俺も心の準備が出来てないぞ!」


 突如始まったティクタ家の一大事に他の代表は互いに顔を見合わせ、さらにややこしくなった事態にため息をついた。


「それより、結局君の名前は何だ? どっちが偽名なんだ?」


 シャイアに尋ねられてもシャスタを名乗っていた男はしばらく黙っていたが、リクが何かを言いかけたところで意を決して名前を告げた。


「本名は多分シャスタ。サフィロは……聖名です」


 聖名、ときいて再びリクの顔色が変わった。


「聖名、だと? 聖獅子騎士団の、聖名か?」

「はい……だから、本当は嫌なんだよ、俺は、サフィロなんかじゃない……」


 すっかり身の上を白状してシャスタは放心しているようだった。その言葉にそれまで彼を追求していたリクは複雑な表情を浮かべ、膝を突いて項垂れているシャスタを見つめた。


「聖獅子騎士団、とは?」


 ロドンがリクに尋ねた。シェールもその名前を聞いたことがなかった。


「ひとことで言えば、かなりタチの悪い過激派だ。大分粛正されたはずだが、未だにフロイアで暴れ回っている残留分子がいる」

「なあ、俺のことはどうなってもいいからさあ……行かせてくれよ……無理なら、今すぐ殺してくれよ。死ぬ覚悟なんてとっくにいつでもできてるからさ……」

「聖獅子騎士団から逃げてリィアの特務に拾い上げられたんだな……そうか、そういうことか」


 リクはひとしきり考え込んだ後、結論を述べた。


「わかった、俺たちを裏切っていた報いは必ず受けてもらう。その前に、コールへ行く任務は確かにこいつが適任のようだ」


 それを聞いて、シャスタは顔を上げてリクを凝視した。


「その代わり、俺も同行する。いいな?」


 リクはシャスタを見下ろした後、一同へ告げた。


「すまないが、うちの組織に鼠を入れたのは俺の責任だ。全力で王子の追跡はしてくるから、この件はこの場で一応納めてもらえないだろうか」


 他の代表にも異論は特になかった。完全にリィア軍を制圧できている状況で元特務を積極的に罰する動機を失ったことも大きかったが、それ以上に何か事情がある上にこれから揉めに揉めるだろうティクタ家の今後にあまり関与したくないという理由もあった。


 朝を待たずリクとシャスタはコールへ向けて出発した。残された代表者たちは彼らからの報告を待ち、捕らえた者への処置を行う方針を固めた。


「それにしても14の関所の特徴を全部暗記でもしているのかい?」


 即座にコールの関所を言い当てたシェールにロドンは感心していた。


「ええ、オルドの関所に関してはちょっとした専門家でしてね……昔はよく考えていたんですよ、コールから亡命できないかって。結局首都からも出して貰えなかったんですけどね」


 シェールが自嘲気味に言い返すと、ロドンは気まずそうに顔を背けた。

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