第二の失踪
反乱軍の代表者たちは、第二王子の誘拐とその犯人の存在に驚いていた。
「この話は今のところ超を付けても足りない極秘事項よ。王子が逃げたなんてただでさえ混乱している世間が知ったらとんでもないことになるわ」
フォンティーアが代表者たちに釘を刺した。シャイアが続けて説明をする。
「それに関して、もうひとつ。この事態に深く関わったと思われる人物が昨日リィア打倒戦線に急遽やってきた。彼はリィアの上級騎士の身分を利用した大胆な作戦の変更を訴えたが、そんなに急に変更できるわけもない。追い返したところ、未明に軍本部から火の手が上がった」
(一体何を考えているんだあいつは……)
シェールはこっそり頭を抱えた。この事態をティロが引き起こしたと確信できる情報であった。
「見覚えがあると思って問いただしたら、例の顔合わせの時に階段の前で騒いでいた男だった。現役の上級騎士だと言うが、彼は一体何者なんだ?」
シャイアから急に話を振られて、シェールは答えるほかなくなった。
「……本人が言う限り、リィア軍上級騎士三等、ティロ・キアンだそうだ。この反乱に先だってクライオまで亡命してきて、今日も作戦に参加するはずだったのだが作戦前日から行方が知れなくてこちらも焦っていたところだった」
「前日から、か……」
シャイアとシェールが考え込んでいると、リクが申し訳なさそうに切り出した。
「すまないが、話があちらこちらに飛んでよく理解できない。もう一度状況をまとめてもらえないか?」
リクの意見にロドンも同意した。
「つまり、状況を整理するとだな」
シャイアが難しい顔をしながら状況を説明する。
「決行前日に何故かティロ・キアンなる上級騎士がリィア打倒戦線にやってきて作戦の一部変更を申し出た。それで断るとどこかに行って、その夜にリィア軍の中央本部が激しく炎上。多数の死傷者を出す。その朝すぐに作戦が決行されて、混乱しているリィア軍は簡単に制圧できた。そして王宮では何故か親衛隊員が4人惨殺されていて、第二王子が行方不明。そして発端のティロ・キアンも行方不明」
フォンティーアも頭を抱えながら事態の把握に努めようとしていた。
「結局何も整理できていないんじゃない?」
「つまり……混乱に乗じてその上級騎士が第二王子をどこかへ連れ出したと考えるのが一番筋が通るのでは?」
「しかし何のために?」
「そもそもその上級騎士は王子を守りたいのか、制裁を加えたいのかどちらなんだ?」
「そんなの、本人しかわかるまい」
「それにこの炎上騒ぎを起こす理由は一体なんなんだ?」
代表者の各自が不可解な事態の憶測を組み立てている間、シェールはティロが王子を攫った理由についてだけ非常に心当たりがあった。
「……実は心当たりがないこともない」
「何だって?」
一同に注目され、しどろもどろになりながらシェールはティロの動機になりそうな発言を思い出した。
「決行の直前、そう言えば最後に奴と顔を合わせた時だったな……王は仕方ないとして王子は何とか見逃せないかと言い出したんだ。俺の一存ではどうしようもないし、今までの粛正を考えると下手に生かしておいた方が争いの元だと言ったら引き下がったんだが……」
「つまり、王子の命を助けたかったから誘拐したってことか?」
「そう考えると辻褄は合うけど……何のために王子を生かしておく必要があるの?」
シャイアとフォンティーアの追求に、シェールは自分が責められているような気分になった。
「俺に聞かないでくれよ……訳がわからないんだから、あいつのことは」
それまで状況を理解することに注力していたロドンが声をあげた。
「それじゃあ王子とその上級騎士は今どこにいるんだ?」
一同がはっと顔を見合わせた。
「順当に考えるなら……リィア国外を目指しているはずだ」
「もし船便で出国しようとしているとしたら、どこの港に向かったんだ?」
「いや、船で出国した線はまずあり得ない」
ティロが王子を誘拐して国外逃亡を図ったのではないかという事態に、シャスタはとうとう身を乗り出した。
「誰だお前は」
急に話に参加してきたシャスタにシャイアは不信感を表した。
「こいつはティロ・キアンのある種専門家だ。船で逃げたわけではない根拠はあるのか?」
シェールは「やはりこうなった」とシャスタを連れてきた自身の采配を内心喜んでいた。
「あいつは常人が考える範囲を超えている閉所恐怖症だ。船なんかに乗れるものか。陸路で出国するしかないとなると、オルドに向かうしかない」
オルド、という言葉に皆がロドンの方を見た。
「しかし、オルドには関所が14カ所ある。中央関所なら通行監査も厳しいから亡命は困難だと思われるが、その他の関所となると……」
「とにかく、こうなったらここにいる連中で直接追いついて取り押さえるしかない。どこの関所に向かったか見当はつくか?」
シャスタがロドンに詰め寄った。
「そんな、わかるわけがないだろう!? 中央はともかく、13もある関所のうちどこに向かったかなど!」
ロドンが声を荒げると、シェールがはっと気がついたように叫んだ。
「……コールだ!」
「コール? あのど田舎の関所か?」
ロドンが不思議そうな顔をすると、シェールは確信を持って続けた。
「ああ、コールは前後の道こそかなり険しいが、関所に関しては形だけの飾りだ。もし亡命しようとするならうってつけの場所だ。そして何より、奴はコール関所での勤務経験があるらしい」
「わかった、俺が今からコールに向かう」
シャスタがますます身を乗り出す。
「別に君が向かわなくても、誰か伝令を急行させて関所を閉じておけばいいだろう」
ロドンの言葉をシャスタはすぐ否定した。
「もしあいつが本当に王子を連れ去っているなら、取り押さえられるのは俺しかいない。最悪の事態も想定するなら、なおさら」
「最悪の事態だと?」
「あいつを斬る必要が出た場合、多分あいつに剣を当てられるのは多分俺くらいだ。リード・シクティスもやられたんだぞ、並の兵士なんか数を揃えても無駄だ。正直俺も本気のあいつには敵う自信が無い」
「……わかった、任せよう」
親衛隊は上級騎士でも一部の優秀な者だけが取り立てられる剣技の集団であった。そこにいたリィアで最強の親衛隊員リード・シクティスも斬り殺されたという事実がシャイアとフォンティーアを不安にさせた。
「じゃあひとっ走りコールまで行ってくる。俺もあいつをぶん殴らないと気が済まない」
「ああ、任せたぞシャスタ」
シャスタがその場から立ち去ろうとしたとき、急に声を上げたのはリク・ティクタだった。
「待て、そいつを行かせるな」
リクの声を聞いて、シャスタは立ち止まった。その背中からは今まで彼が見せなかった動揺が見え隠れしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます