第2話 後処理

黙秘

 リクとシャスタがコールへ出発し、その結果を待つ間に失踪した第二王子について詳しく事情を知っていると思われる第一王子のセイム・リィア・ラコスへの聴取が行われることになった。そこでティロを知っていて、かつ処刑される王子の立場を一番に理解できると思われたシェールが適任としてセイムの取り調べを担当することになった。


「それで、君の弟の行方については黙秘を続ける気か?」

「だから何度も言ってるじゃないですか、弟は死んだと」


 セイムは先日16歳になったばかりだった。彼は王宮の奥にある寝所で発見された。そこに至るまでに親衛隊員の遺体が発見され、セイムは駆けつけたリィア打倒戦線の者にも怯むことなく、大人しく従ったということだった。しかし、どこを探してももう一人いるはずの第二王子は見つからなかった。王宮内の隠れられそうな場所は全て探したが見つからず、更にリィアの親衛隊が無惨に殺されていたことも彼らを混乱させた。


 簡単に遺体が調べられたが、3人の親衛隊員たちの剣には交戦した跡があまりなかった。一人は抜刀する前に倒されていることもわかり、どれだけの手練れがこれだけのことをしたのかと一同を不思議がらせた。一方、親衛隊一の呼び声が高かったリード・シクティスの剣からは激しく交戦した跡が見られた。リードは寝所のそばに倒れていて、あの夜に何があったのかをセイムが知らないはずはないとシェールは考えていた。


「それなら死体がどこかにあるはずだ、それはどこにあるんだ?」

「お願いですから、これ以上何も聞かないでください」


 あくまでもセイムは語る気がないようだった。シェールは王子誘拐の実行犯であると想われるティロについて揺さぶってみることにした。


「実は、とある情報によると君の弟と同じく行方を眩ませた上級騎士がいるんだが、心当たりはないか?」

「ありません」

「その上級騎士はリィアの精鋭である親衛隊を一人で4人破って君たちのところまでたどり着いた、そうではないのか?」

「だから、そんな人は知りません」


 セイムは真っ直ぐシェールを見つめて否定した。まともに聞いても何も情報が得られそうにないので、シェールは質問の方向を変えることにした。


「彼は失踪直前に『王子だからという理由で何も悪いことをしていない子供が処刑されるのは惨い』という話をしていたそうなのだが、それが失踪の動機になると思わないか?」


 ティロが本当にそれだけの理由で第二王子を連れ去ったのであれば、第二王子と一緒にいたはずのセイムも何らかの事情を知っているはずであると情で揺さぶることにした。


「何も悪いことをしていない、ということはないです。僕は死ぬために生まれてきたようなものですから」

「何だって?」


 予想外の返答にシェールは面食らった。


「生まれたときからろくな死に方をしないだろうってずっと思っていました。だって僕の祖父はダイア・ラコスですよ? 革命狩りに他国侵攻、末代まで恨まれても仕方ない人物ですからね。その精算が僕らで行われるってだけです」

「これから殺されるというのに、怖くないのか?」

「そりゃもちろん怖いですよ。でも、これしかないんです。父と僕の命で済むなら、僕は何度でも殺されてやりますよ」

「それで死ぬために生まれてきた、か……」


 鼻で笑ったシェールに、セイムは馬鹿にされたと思ったようだった。


「何ですか、同情なら要りませんよ」

「いや、非常に心当たりのある表現だと思ってね。死ぬために生まれてきたと言うが、君は随分諦めが早いのではないか? この身分から逃げ出したいとか、そういうことを思ったことはないのか? 良かったら君だけでも逃がそうか?」


 予想外の発言にセイムは驚いた。


「何を言ってるんですか? 捕らえた方が王子を逃がすだなんて気が触れているとしか思えない!」

「俺は多少気が触れているんでね……大体が親の責任が子に報いるなんて、おかしい話だと思わないか?」

「別に……だから僕はそうやって育ってきているんです。今更あなたにどうこう言われる筋合いはありません」


 その言葉にシェールも思うところがあったのか眉をひそめたが、すぐにセイムの聴取用の表情に戻った。


「そうか。それなら、君はそんな風に育ててくれたご両親のことはどう思っているのかな?」

「とても立派な人です。父は今でも祖父の行ったことの精算を日々行っています。母はそんな父との間に生まれた我が子の運命を呪いながらも、今日の日まで精一杯僕らを愛してくれました。だから、僕は自分の人生に後悔はありません」


 どこまでも真っ直ぐなセイムにシェールは更に挑発を試みた。


「……そりゃ幸せだ。それなら、何故同じように育ったはずの君の弟はここにいないんだ?」

「それは……」

「その死ぬべき運命から逃げ出した卑怯者なのか?」


 弟を不必要に悪く言われ、セイムはかっとなった。


「あいつは、あいつには未来があるんです! 将来僕が父の跡を継いでも、いつかはこうなる運命だ。だけどあいつは、あいつには、夢があった」

「夢?」

「あいつは、剣技が好きだったんです。毎日剣技を習って、僕なんかと違って、いつか死ぬ運命なんて」

「やっぱり逃げたんだな」


 セイムは口を滑らせたことを悟り、下を向いた。


「……僕を哀れむなら、弟をそっとしておいてもらえませんか?」

「それは俺の一存では保証できないが、考慮はしよう」


 シェールはこれ以上セイムから何かを聞き出すのは難しいと察した。これから死ぬつもりの人間から何かを聞き出すことの困難さは身に染みて知っていた。他に聞くことはないかと考えている間、沈黙に耐えかねたのか先にセイムが口火を切った。


「母と姉はどうなりますか?」

「今回の政変では基本女は処刑しない。クルサ家のように監視が付くだろうが、それでも生きていけるよう保証はしてやる」

「そうですか、それなら安心しました」


 やはりセイムは穏やかであった。シェールは聴取を終え、部屋を出ようとした。


「ところで、あなたは一体どういう方なんですか?」


 シェールは最初からセイムに名も素性も告げていなかった。


「そうだな……君と同じ、大変に妹思いの兄だよ」

「いえ、名前を聞いたんですけど」

「あいにく、死ぬために生まれてきた奴に名乗る名前は持ち合わせていないんだ」


 シェールはそう吐き捨てると勢いよく扉を開けて部屋を出て行った。


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