発起人

(まさかと思うけど……)


 街中でティロの姿を見かけたライラが久しぶりに河原へ赴くと、ティロが河原の石の上に座っていた。その姿は以前のぼろぼろの平服でも埃っぽい一般兵の隊服でもなく、立派な上級騎士の隊服に身を包んでいた。


「久しぶりだな!」


 ティロは上級騎士の隊服を見せつけるように腕を伸ばした。首都に戻ってきて数か月が経ち、上級騎士の任務にも慣れてきていた頃だった。


「嘘、やっぱり本物……夢じゃない?」


 ライラはティロの隊服の袖を摘まんだ。流石に上級騎士の隊服は汚せないのか、一般兵の隊服よりも丁寧に扱われていた。


「夢なもんか。戻ってきたんだよ」


 ティロは懐から新しい認識票を取り出した。そこにはしっかりと「上級騎士三等」の文字があった。


「信じられない……だって、どうやって?」

「実力だよ実力。偉い人に気に入ってもらったんだ、親衛隊も視野に入るってさ」


 ライラはティロの自信にみなぎった姿を初めて見た気がした。


「それより、昼間の格好は何だい?」

「ああ、あれはね。新しい服を誂えてもらったところなの」


 ティロは昼間見かけたライラを思い出していた。上等な仕立屋からきれいな服に身を包んだライラと知らない男性が肩を並べているところに偶然通りかかり、その際ライラと目があったために今夜は再び会えるだろうと河原でライラを待っていたところだった。


「一緒にいた男にか?」

「ふふ、妬いてる?」


 ティロは露骨にライラを見ないようにしていた。


「別に。君が誰と一緒にいようが、俺には関係ないし」

「じゃあなんでこっちを見ないの?」


 挑発するようなライラの言葉に、ティロはライラの顔を見た。


「……で、誰なんだよ、そいつは?」


 ライラはにやにやと笑いながら続けた。


「シャイア・ミグア。武装派組織、反リィア解放戦線の総長さん。エディアの元上級騎士で、今はリィアに潜って仲間を増やしているんだって」


 ライラの言葉にティロは再びライラから視線を反らした。


「……あのさあ、一応僕リィアの上級騎士なんですけど」


 首都防衛を任務とする上級騎士の立場で反政府勢力の有力な情報を聞いてしまったことで、ティロは狼狽えているようだった。本来であれば彼女を拘束して特務に引き渡さなければならない。


「でも親衛隊になるんでしょう?」


 笑顔で詰め寄るライラに、ティロはしばらく考え込んだ後口を開いた。


「……まあ、な。ここでの話はここだけにしておくよ。ついでに君には都合のいい情報があったら教えてやる」

「よかった、さすが上級騎士様ね!」


 ライラは手を打って喜んでいるようだった。


「つまり、相変わらず反リィア運動やってるわけだね」

「当たり前じゃないの、誰が言い出したと思ってるの?」


 ダイア・ラコスを暗殺する、と言ったことをライラは忘れていないようだった。


「張り切って革命しなきゃ、ね?」

「うう……恐ろしいことになってるなあ」


 ライラに笑顔で言い切られ、ティロは身をすくめた。


「そうそう。私ね、今クライオにいるの」

「クライオに? また何で?」


 クライオ国は唯一リィアが攻め落としていない国であった。この半島で最古の都を擁し、観光業と学術都市を国が推奨している歴史の深い国柄のせいか、それとも資源など他国のように目に見える利点がなかったせいか、クライオへの侵攻の話はティロも聞いたことがなかった。


「だってこんなことしてるんだもの、リィア国内にいたらとんでもないことよ」

「まあ、な。特務が飛んできて拷問一直線だ」

「だから、クライオの反リィア組織にお世話になって、そこを拠点に動いてるの」

「クライオに反リィア組織が? 何でまた?」


 国外に反リィア組織があるということをティロは知らなかった。特にクライオは他国に比べて保守的で内向きが強く、リィアが他国を侵攻している時も積極的に関わろうとしなかった。


「これはオルドで頑張ってる反リィア組織から情報を得て、私の足で探し出したの。他のところは大体のところから情報を得ていったんだけど……本当に秘密の組織で、規模もそんなに大きくないの」

「なるほど……クライオにいるならリィアもおいそれと手を出せないわけだ」

「そう。ついでに組織自体も結構内向きだから隠れているにはちょうどいいの。リィアにはこうやってたまに帰ってきて国内のことを聞いたり、私の家の様子を見に行ったりしているくらい」


 ライラが身を隠す場所があるとわかって、ティロは安心したようだった。


「そうか……特務はおっかないからな。見つかったらえらいことだ」

「そうなの?」

「ああ。俺も君をどうにかする方にいたのかもしれない。そうしたらこうやって反リィアなんて馬鹿げたことも考えなかったかもしれないんだけどさ……」


 ライラはティロが予備隊という組織に入っていたという話は聞いていたが、それがどういうものかはよくわかっていなかった。


「ところで、その特務ってのはそんなに怖いの?」

「君も知ってるだろうけど、特務ってのは通称で特殊任務部。その下にあるのが俺がいた特務予備隊。政府や軍に反対する者を抹殺するきったない仕事をするところさ」

「シャイアさんもそう言ってたけど、具体的に何するの?」

「……君は聞かない方がいいよ。しばらく飯が食えなくなる」


 敢えてティロは明言を避けたようだった。


「そう、じゃあ遠慮しておく」

「そうだね……ところでそのシャイアさんっていうのは反リィアなんだよね?」

「うん、断じて革命家ではないって言ってるけど……政府を倒すなら革命じゃないの?」


 ライラは気軽に「革命」と言っていたが、彼女が出会う人たちはあくまでも自分たちは「反リィア」であることを主張していた。


「これは僕も予備隊にいた時に叩き込まれたんだけど、明確に革命家と反リィアは全然違う思想なんだ」

「違う思想?」

「反リィアは単に今のダイア・ラコス中心の軍主体の政府を奪還して新しい政府を作りたい動き。それに対して革命家っていうのは、政府とか国家そのものを否定して全く新しい制度の国を作りたい動き。彼らの中では国って言葉も否定されるべきで、ええと、なんて言ったかな。新世界とか大自治区だったかな。そういうところで人間主体の輝かしい、えーと、後は忘れた」

「む、難しいのね……」


 ティロも真剣に革命思想について話す気はなさそうだった。


「まあね。僕も予備隊時代に実際革命家の拷問に立ち会ったことあるけど、何言ってるのかよくわからなかった。つまり、革命家ってのはヤバい連中だ。ちゃんとした反リィアの思想を持ってる人が近くにいるなら大丈夫だと思うけど、気をつけてくれよ」

「わかった、なるべく用心するようにするわね」

「しかし、ほどほどにしてくれよ……こっちの心臓が持つかどうかわからない」

「安心してよ、私何があっても絶対君のこと喋らないから」

「さて、どうかな……」


 戯れのような反リィアの想いがいつの間にか現実となっていたことに、ティロはかなり戸惑っているようだった。


「そうだ、久しぶりに会ったんだから記念にさ」


 ティロはライラに手を差し出した。


「何よその手は」

「久しぶりの街でさ、すっかり嬉しくなって、その……」

「ないわよ」


 ライラはティロの要求を察して先回りした。


「なんだよ、ケチ。昇進祝いくらいくれたっていいだろう!」

「昇進したなら給料だってたっぷりあるでしょう! 先に返すもの返しなさいよ!」

「そんなん親衛隊になったらいくらでも返してやるよ!」

「あれ、この前は上級騎士になったら、とか言ってなかった?」

「言ってない。そんなこと言った覚えないぞ」


 しらばくれるティロにライラはため息をついた。確かに以前から度々金は貸していたが、ティロの様子から戻ってくることはないだろうと思っていた。


「まあ、でもお祝いは持ってきたのよ。現物支給になるけど」


 ライラはそう言うとティロの手に何かを握らせた。


「……君らしいな」


 ティロは睡眠薬の瓶を受け取って、苦笑いを浮かべた。

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