積怨編
第1話 上級騎士隊
鍛練
上級騎士隊筆頭ゼノス・ミルスの推挙もあり、その年の夏にはティロは一般八等という身分から一気に上級騎士三等への昇進を果たすことになった。
上級騎士の主な仕事は首都防衛であり、要人警護と首都の警備隊の駐在所管理が日々の業務であった。リィアでは軍が警察機能を有していることから、街の安全を守っているということで上級騎士は市民からも一定の信頼を得ていた。目が覚めるような青地に白の線が入った隊服は剣を持つ男子の憧れであり、その隊服に袖を通して剣を持つことを目標にして剣を振っていた。
「あの……変じゃないですか?」
就任から一夜明けて、くたびれた青鼠色の一般兵の隊服から真新しい上級騎士の隊服に袖を通したティロは威厳ある隊服とは裏腹にますます小さくなっているようだった。
「何がおかしい?」
「え、だってやっぱり僕なんかが本当に上級騎士なんてものになっていいのかなって」
相変わらず卑屈なティロに、ゼノスはうんざりし始めていた。
「何か不服なのか?」
「いえ、でも……」
自信なさげに俯くティロにゼノスは詰め寄った。
「いいか、ティロ。コール村での一件でもお前は自分の剣の腕に自信を持っているのはよくわかった」
「あ、あのその、それは、忘れていただく訳にはいかない、ですよね……」
しどろもどろになるティロにゼノスは一喝した。
「お前は何を言ってるんだ? また雪かきに戻るのか?」
「いえいえ! できればずっとここにいたいです!」
(一体コールでこいつはどんな暮らしぶりだったんだろうか……?)
急に改まったティロの様子から、ゼノスはコール村の冬の過酷さを想像する他なかった。
「よし、じゃあ早速今日は稽古から入れ。勤務の割り当ては明日からだ」
上級騎士は割り当てられた勤務以外でも積極的に鍛錬を行うことが推奨されていた。修練場には常に勤務外の上級騎士たちが自主鍛錬や手合わせを行っていた。ゼノスとティロに気がついた隊員たちが数名やってきて、ティロに模擬刀を差し出した。
「やあ、君が昨日から入った新人だね?」
「昨日の隊長との手合わせすごかったね、僕とも是非手合わせしてくれよ」
ゼノスはティロを受け入れてもらうため、昨日にあたる就任当日は敢えて一般兵の隊服を着せたままティロと他の隊員たちの前で手合わせを行っていた。少しでも彼が特別であると周囲に印象づけることで、育ちのいい上級騎士たちであればティロを必要以上に悪く言う者はないだろうという算段からだった。
「あ、はい……」
ティロは模擬刀を受け取ると、隊員たちに混ざって鍛錬を始めた。
(相変わらず、剣さえ持っていればそれなりの奴なんだが……)
上級騎士になると言うことで流石にだらしない身なりは整えさせたが、顔にかかる髪だけをティロは何故か切りたがらなかった。「このほうが落ち着く」「剣技でも目が見えにくい方が有利」などと言い訳を並べて抵抗するため、仕方なく全体を整えるという条件で前髪の件は不問とすることにした。
(きちんとすればかなりいい男になるはずなのに、一体全体何故ああも卑屈であることにこだわるのだろう?)
コール村で剣を交えた時は、剣技に一本気を持っている誠実な人柄であるとゼノスは思っていた。しかし実態はひどく卑屈で自分に自信がなく、どことなく怯えと遠慮が感じられた。
(しかし連れてきてしまった以上、責任はとらないとな……)
剣技の腕だけなら親衛隊にも入れるが、それ以外の一切は不安なことばかりである。せめて一人前の男として胸を張ってもらいたいとゼノスは考えていた。
***
こうして上級騎士としての勤務が始まったティロであったが、周囲の心配を余所に職務は真面目にこなしていた。警備隊の業務に関しては一般兵での経験があったため、それほど覚えることは少なかった。士官学校からすぐに執行部に入った若手よりも経験が豊富であったため、現場の一般兵からは一目置かれることになった。
またゼノスが一番心配していた要人警護に関しては一切の問題がなかった。政府の要人の屋敷へ赴いて移動を共にするというもので見た目も態度も卑屈なティロに務まるものかと気を揉んでいたが、ティロは「こう言ったことも予備隊時代に叩き込まれている」と勤務時はそつなく何事もこなしているようだった。また、他の隊員と表面上は波風を立てず付き合いもできているようだった。
(何なんだ一体、隙だらけに見せかけて全然隙がないじゃないか)
当初、ゼノスはティロが剣技以外は全くの無能なのでコール送りにされたのではという予想も立てていた。しかし、予想に反して彼は与えられた任務に対しては真面目で大きな失敗をするということもなかった。
(やはり剣を持っている時同様、中身も本来は真面目な奴なんだろう。しかも予備隊をくぐり抜けてきているんだ、優秀でないはずがない。ますますどうしてコール送りなんかになっていたんだ……?)
コール送りになった決定打であるトリアス山での命令違反について尋ねると「確かに連隊長の命令で出撃したが、全てをなかったことにされた」というような説明をされた。その後「過ぎたことですし、こうやって上級騎士になれたので昔のことはもういいじゃないですか」と詳細を語ることはなかった。
(まあいい、奴も思いっきり剣技が出来れば少しずつ心を開いていくだろう)
しかし、ティロが閉ざしている何かを開くことはなかった。唯一ゼノスと手合わせをしているときだけ彼の素の表情が見えているような気がしたが、剣を置くと再びティロは何も語ることはなかった。そうして淡々と日々は過ぎていった。
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