絶賛

 図らずして不遜な一般兵を前に本気の試合をしてしまったゼノスは、修練場の脇にある警備詰所へ気絶した一般兵を運び込んだ。ゼノスは警備隊長から彼の名前がティロ・キアンであることや気の毒な身の上であるらしいということを聞き、更に驚きを重ねていた。


 しばらくすると、警備隊長によって雑に床に寝かせられていたティロが急に起き上がった。辺りをきょろきょろと見回して、ゼノスの姿を認めた瞬間にティロの顔が青くなったのをゼノスは見逃さなかった。


「気がついたのか」

「あ……あの、先程は、その……」


 剣を握っている時の威勢はどこへ行ったのか、ティロは小さくなっていた。


「単刀直入に聞く。お前は何者だ?」

「一般八等、コール村関所警備隊所属です」

「もうそんなことは聞いていない。どこで剣を習った?」

「え?」


 ティロの顔に明らかな動揺が見て取れた。その様子を見て、ゼノスは警備隊長から聞いたティロの身の上は、本人からすれば触れたくないものなのだろうと確信した。


「お前が寝てる間に警備隊長から話を聞いた。オルド攻略の際に命令違反をしてここに来たらしいな。それと……予備隊出身なのだろう?」


 ゼノスの質問にティロは答えなかった。


「予備隊出身で、何故こんなところにいる?」


 そこには余程触れて欲しくないのか、ティロは叱られた子供のようにゼノスから視線を外した。


「質問に答えろ。何故特務に上がらなかった?」


 ゼノスが更に畳みかけると、観念したのかティロは小さく呟いた。


「……病気だからです」

「それは不眠症のことか?」

「いえ、閉所恐怖症です。剣ばかり上手でも、出来ないことがあれば特務ではやっていけないと判断されました」

「それで一般に回されたのか?」

「はい。病気が治れば特務への復帰も考えないこともないと言われていますが……」


 ゼノスは様々な考えを巡らせた。確かに彼は様々な問題を抱えているようだったが、それを差し引いても十分に利益が出るほどの剣技の腕を持っているようだった。


「勿体ない、実に勿体ない!」


 心の底からゼノスは声に出した。


「へ?」


 きょとんとするティロに、ゼノスは先ほどの試合の所見を述べた。


「先程の試合だが、まさか初撃であれ程の鋭さを放たれるとは思っていなくてな、こちらもなかなかびっくりさせてもらった。防ぐのが手一杯でな、つい力で押してしまったところがあった。悪かったな」


 叱られると思っていたのか、ゼノスの絶賛にティロは拍子抜けしたようだった。


「え、余裕じゃなかったんですか?」

「あれが余裕に見えたか、面白い奴だな。いきなりあんな威嚇を通り越した必殺の攻撃をされて驚かない奴はいない。もし俺に余裕が見えたのたら、それはお前自身の焦りが見せたんだろう」

「確かに……如何に早く終わらせるかばかり考えていました」

「事情を知ればかわいいものだな、三日寝てないなら仕方ない」

「……すみません」


 何を言っても萎縮しそうなティロに、ゼノスは精一杯褒めちぎることにした。


「それにオルドの型や独自の型といい、お前が真面目な努力家なのは十分わかった」

「あの、僕はそんなんじゃないです。ただ暇潰しに剣の練習をしていただけで……」

「そんなことないだろう。剣を合わせればそいつがどういう奴なのかは、剣が教えてくれるからな。最初のやる気がないどころか他のことを考えているのが丸わかりのときは酷いと感じたが……三日寝ていないなら仕方ないな。今度寝不足の奴がいたらこういう感じなのだと記憶しておこう」


 ゼノスの詳細な講評に、ティロは少しゼノスに心を開いたようだった。


「あの……他に何かわかりましたか?」

「そうだな……技術、素早さ、判断力、そして日頃の鍛錬。全て申し分はない。持久力と筋力については、事情が事情だからな。また調子のいい時に見てやろう。残すは、経験だな」

「経験……?」


 ティロはゼノスの言葉を理解しきれていないようだった。


「お前はまだ若い。もっと鍛錬すればもっともっと伸びる。それにはいろんな強い奴と試合をしないといけない。こんなところにいてはダメだ……そうだ、お前、俺に着いてこないか?」

「はい?」


 突然の申し出に、ティロは事態の理解が追いついていないようだった。


「帰ったらすぐ上に掛け合ってみよう。とりあえず上級騎士三等として俺の下に付いてもらう。いいな?」

「ちょ、ちょっと待ってください!? 僕が上級騎士ですか!?」


 急に慌てだしたティロを前に、ゼノスは当然とばかり言い切った。


「当たり前だ。その腕なら特務はおろか、上級騎士は当然だ。親衛隊も十分視野に入るぞ」

「いやでも、あの、僕キアン姓ですし、予備隊ですし……」

「剣の前に生まれも過去も関係ない。そもそもその腕で八等ごときに甘んじている方がおかしい」

「はぁ……」

「とにかく、この査察が終わり次第俺はお前の辞令を書かせるからな! 帰り支度だけはしておけよ!」

「でも、僕なんか……」


 どこまでも卑屈なティロにゼノスはつい声を荒げてしまった。


「なんかとは何だ、あんなもの見せられて放っておけるか! お前、俺を誰だと思ってる!? 俺が目をかけておいてこのまま雪に埋もれさせるなんて馬鹿な真似をするわけがないだろう!?」


 褒めているのか叱っているのかゼノスはわからなくなった。


「それにお前、剣技が好きだろう?」


 ゼノスはティロを見た。俯いた顔と長い前髪で表情は全くわからなかったが、頬が光っているのは確認できた。


「……はい」


 その返事を聞いて、ゼノスは安心した。


「上級騎士など、その気持ちだけで十分だ」


 それからゼノスは嬉しそうに明朝コール村を去った。査察旅行の後すぐに顧問部に掛け合い、全責任を持って問題児ティロ・キアンを預かる旨を伝えて無理矢理彼を上級騎士へ昇進させた。改めて彼の経歴を調べると、目を疑いたくなるようなものばかり出てきた。


「強盗傷害で予備隊育ち、か。極度の閉所恐怖症のために特務から弾かれて自殺未遂の後一般兵落ち、オルド攻略の際敵前逃亡未遂及び服務違反で減俸、コール村関所へ左遷ときたもんだ……しかも特記事項で極度の不眠症もついているのか」


 過去の上官たちに話を聞くと、隊の誰とも交流しようとせず、頻繁に宿舎を抜け出してはどこで何をやっているのかわからないということだった。極めて素行も悪かったようで彼を上級騎士に推挙したというと決まって皆が「何であんな奴を」と口を揃えた。


(一体どういう奴なんだ? しかし、あの剣の腕は本物だ。あれを野放しにするのはリィアには損失以外の何物でもないぞ)


「それに……寝不足でない本気のあいつと試合をしないと俺が勝ったことにならないからな」


 コール村へ辞令が届き、それからティロがリィアへ帰ってくるまでゼノスは首を長くして待つことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る