強敵

 オルド領の辺境コール村へ査察に訪れていたリィア軍上級騎士隊筆頭のゼノス・ミルスは、前髪の長い不遜な謎の一般兵と本気の試合をすることになった。


「なかなかやるじゃないか!」


 一般兵に焦りを感じられぬよう、ゼノスは声を上げる。その間も一般兵の剣撃は止むことがなかった。


(技術、素早さ、判断力、全てに申し分がない。その割に体力と筋力がついてないのが気になるが、それを補って余りある素早さと判断力だ。おそらく本調子ではあるまい。技術の割に焦りがある)


 幾多の強敵と戦ってきたゼノスであったが、ここまで速い剣に出会ったことはなかった。普通に剣先を見極めるだけでは足りず、受けた剣が次にどこを捉えるかを察して相手よりも先に剣を動かさなければならない。そのために自身の剣先と相手の剣先はもちろん、相手の視線や全身の動きも瞬時に判断する必要があった。ここまで先の先を読み合う剣技を行うのは久しぶりであり、剣を受け続けると絶え間なく思考を続ける頭が痺れる感覚に襲われる。


(何故だ、何故これ程までの者がこんな山奥で燻っている?)


 一般兵は一般的な型が通じないとわかると、一度体勢を立て直した直後に更に連撃を仕掛けてきた。それはリィアの剣技の型とは大きく外れた、ゼノスの知らない型であった。


(なんだこいつは。急に見たこともない型を使い出したぞ)


 ゼノスは査察旅行で各地を回ってきたため、リィア国内の大体の型は把握しているつもりだった。今回もオルド領ということでオルドの剣技を事前に調査した上で稽古に臨んでいたが、一般兵の繰り出した剣撃はどこの領内でも見たことのないものであった。


(正直、上級騎士でもこれほどの使い手はほとんどいないだろう。のんびり稽古をつけにきたつもりが、まさかこんな本気の試合をすることになるとはな……)


 何とか一般兵の攻撃を凌いでいると猛攻に疲れてきたのか、一般兵の動きが遅くなってきた。


「そろそろこっちから行くぞ」


 これを好機とゼノスは防戦から切り込みに入ったが、それにも一般兵は必死で食らいついてきた。つい力が入ってしまったせいか、一般兵の剣が徐々に安定しなくなってきた。


(よほど疲れているのか? 技術の割に消耗が早すぎるな)


 一般兵はこの展開を不利と悟ったか、防御態勢から間合いをとった。しかしその剣は降ろされていなかった。


「どうした?」


 改めてゼノスは一般兵を観察した。だらしなく着崩されて汚れた隊服に伸びるがままにされている髪は顔を覆ってよく表情が見えなかった。剣士にしては背が低く、剣を持っていなければその辺のごろつきと見間違うような姿であるが、一度本気で剣を交えてゼノスはひとつ確信を持った。


(この男は、こんなところにいていい人物ではない。鍛えれば上級騎士、いや親衛隊だって実力だけならば一体何人こいつに敵うのか……)


「……実戦形式で、お願いします」


 既に息が上がっている一般兵からゼノスに申し出があった。実戦形式とは剣技の試合の種類であり、暗黙に選択される正面からの打ち合いを基本とする試合形式とは違って場内であればどこへ回り込んでもよいという試合の種類であった。本来であれば実戦形式は「一対多」や「多対多」という複数人での試合に用いるものであるが、今回のように「一対一」で実戦形式を用いるということはほとんどなかった。


(なるほど、果たし合いのつもりなのか)


 もし一対一で実戦形式を選択することがあるとするならば、それは剣技の全技量をかけた真剣勝負であることを意味していた。


(しかし、その身体でいつまで持つか?)


「今度はついてこいよ」


 ゼノスは申し出の通り実戦形式での試合に応じた。言うが早いか、一般兵が飛び出した。縦横無尽に繰り出される剣撃にゼノスは翻弄されながら、何とか一般兵の攻撃を全て封じていた。


(やはり速いな……見かけ以上の判断力と機動力だ。これほどの使い手となるまで、こいつは一体どこで何をしていたんだ?)


 警備隊長はリィアから来た、と言っていたのでこの一般兵はリィアで剣技を学んだのであろうとゼノスは判断した。基本的に使用している型がリィアのものであるためそこは確実に判断できることだったが、ゼノスはもう一つ驚いていることがあった。


(しかし、オルドの型まで立派に習得しているとは恐れ入ったものだ)


 実戦形式に入ってから、一般兵はリィアの型に混ぜてオルドの剣技の型も織り交ぜていた。地域ごとに異なる剣技の型をいくつも習得しているものはたまにいるが、異なる二つの型を同時に発展させて連携技とする剣技は、ゼノスの知る限り今のところ習得しているものがいなかった。


「どうした? 実戦形式なら勝てると思ったか?」


 剣撃を受けながらゼノスは再度一般兵を観察する。剣技の熟練度の他に、彼の若さにも驚いていた。


(才能や鍛錬次第という問題で片付くような腕前ではないな。相当の修羅場を潜ってこないとこの域に達することはないだろう……さてそろそろ決着をつけるか)


 一般兵は既に限界を超えているようで、ほぼ根性で剣を握っていることがゼノスには伝わってきた。


「随分粘ったな。そこは褒めてやる」


 ゼノスの剣が攻勢に切り替わったことに気がついた一般兵は大きく動揺した。その隙をゼノスは見逃さなかった。


「しかし、俺の稽古で寝るとは随分いい度胸じゃないか!」


 ゼノスは真正面から一般兵に向けて剣を振り下ろした。咄嗟に一般兵は剣を構えて後ろに飛んで避けようとしたが、ゼノスの剣が一般兵の右肩に振り下ろされるほうが速かった。


「人の話はちゃんと聞くもんだぞ?」


 鋭い一撃を浴びせられて、一般兵はようやく膝をついた。


「……しかし見事だ。何者だ、階級と所属を言え」


 肩を上下させている一般兵が息を整えながら立ち上がると、絞り出すように呟いた。


「一般、八等……コール村関所警備隊、です……」


 その言葉を聞いて、ゼノスの目が丸くなった。


「八等!? 嘘だ、その腕で八等は有り得ない。ふざけてるのか?」


 ゼノスは一般兵の様子から、彼が単なる「コール送り」ではないのではないかと怪しんでいた。最低でも一般三等以上の執行部に上がる寸前の期待の新鋭か、どこかの騎士一家の有望株が何かの理由があってコール村へ派遣されたのではないかと予想を立てていたが、それが見事に裏切られた。


(するとこいつは、本当にただのコール送りなのか!?)


「嘘では、ありません……あと、すみません。流石に急に今の立ち回りが……三夜寝てないもので、ちょっと……」


 一般兵は頭を押さえるとふらふらとその場にしゃがみ込んでしまった。


「三夜!? 一体どうして!?」

「不眠症なもので、ちょっと……」

「馬鹿な、三日徹夜して、あれだけの動きをしただと!?」


 俄にゼノスには信じられなかった。剣技に関してはリィアでも五本の指に入る自信のあるゼノスであったが、その自分と互角の試合をした相手にとてつもなく不利な条件が備わっていたことを知り、愕然とする他なかった。


(一体こいつが本調子で試合をしたらどうなるんだ……って)


 一般兵は驚くゼノスを前に剣を握りしめたまま気を失ったようだった。


「おい、寝るな、何なんだお前は!?」


 修練場で伸びてしまった一般兵を前に、ゼノスは未知の宝石を掘り出したような気分を味わっていた。

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