第5話 コール村
査察旅行
リィア軍上級騎士隊筆頭ゼノス・ミルスが査察のためコール村関所を訪れたのはオルド攻略から2年後、雪解けが落ち着いたのどかな春の日だった。
上級騎士隊筆頭はリィア領の各地の支部や駐在所を回り、指導や問題点の指摘などを行う査察旅行を数年に一度行う取り決めであった。かつてはリィア国内の駐在所の点検という意味合いで期間も数十日ほどであったが、リィアが領土を拡大してビスキやエディアを手に入れてからは数ヶ月にも及ぶ長期の旅行になっていた。更に今回からはオルドもリィア領となり、査察旅行自体の見直しも兼ねてのものであった。
「それにしても険しい道だった、こんなところに関所があるなんて」
「昔はもっと人がいましたが、首都に大きな関所と道路が出来て、多くはあっちへ行ったようですね」
ゼノスはコール関所の警備隊長に話を聞いた。普段は人より獣の方が多いというこの村では剣技など必要がほとんどないという話だった。
「ああ、でもリィアから来た一般兵はたまに熱心に剣技の練習をしていますよ」
「そうなのか?」
警備隊長は上級騎士隊筆頭であるゼノスを隣にして緊張していた。剣技に長けている者は体格も良くなるとよく言われているが、ゼノスはその優れた体躯に加えて時折見せる鋭い圧力も警備隊長を萎縮させる要因となっていた。
「何でも、習慣になってるからってよく夜中に剣を持ってますよ」
「何故夜中に?」
「そこまでは……都会の人はよくわからないですね」
警備隊長はゼノスを連れて形だけの修練場へ通した。中には4人の隊員が待機していたが、明らかに一人居眠りをしている者がいた。
「警備隊長殿、あれは……」
「ああ、あれが夜中に鍛錬しているっていう奴で、見ての通りの奴です。いつもどこかでああやってぼーっとしてるんで、思い切りしごいてやってください」
ゼノスは隊員たちに向かって儀礼通りの挨拶をした。国家の秩序と安全を守る仕事を誇りに思うことや不断の努力を怠らないことなど、どこの詰所でも変わらない口上を述べた。その間もリィアから来たという一般兵は居眠りを続けていた。
「次! 前に来い!」
「……はい」
隣の者に小突かれ、例の一般兵が前に出た。年の頃は20歳くらいで、隊服もどこかくたびれていてやる気のなさが前面に出ていた。更に長く伸びた前髪のせいでその表情を読み取ることもできなかった。
「よろしくお願いします……」
一般兵は模擬刀を手にゼノスの言われるまま剣を振って見せたが、その途中でも意識を失いかけていた。
(なんだ、こいつは? やる気が全くない。心ここにあらず、いや、手合わせ中にほとんど居眠りをしているだと?)
ゼノスはふと「コール送り」の意味を思い出していた。辺境の地で門番をするなど、出身でもない限りろくでもないことを仕出かした結果であろうことは想像できた。
(しかし最低限の技量はある……全く剣に興味が無いわけでもなさそうだ。それなら何故、こんなふざけた真似をする?)
「……ありがとうございました」
(妙な奴だな……稽古中寝ようとしている奴など初めて見た。これは後でじっくり語り合う必要があるな)
一通りの稽古が終わり、他の隊員が退出したのに気がついて慌てて後をついて行こうとした妙な一般兵にゼノスは声をかけた。
「おいそこ、貴様は残れ」
一般兵は歩みを止めたが、こちらを振り返らなかった。
「聞こえてるのか、返事をしろ!」
「……はい」
「何ださっきの手合わせは!? 俺を馬鹿にしてるのか?」
「……別にしてません」
一般兵の不遜とも思える態度にゼノスの声も大きくなる。
「俺は兵士に稽古をつけるためいろんな支部や駐在所を回ってきたが、貴様のように手合わせ中に他のことを考えてる奴は初めてだ! それがどんなことだかわかってるのか!?」
「……さあ、わかりません」
一般兵は一貫して不機嫌そうな声だった。
「そうか、それなら今からでもいい。本気を見せてみろ」
「……いいんですか」
(なんだこいつは。俺を何だと思ってるんだ!?)
「貴様がどれだけ有能な奴でも、俺には適うまい」
一般兵は振り返ると、模擬刀を再び握った。
「わかりました。それでは、お願いします」
「先程は稽古のため、こちらも少々手を抜いていてな……よし、来い」
ゼノスが少々一般兵に「わからせ」を行おうかと思った瞬間、それまでの彼の様子から想像もつかない低い位置からの一撃が繰り出された。
(速い! 先程までの様子は一体何なんだ!?)
すんでのところで防ぐことができたが、内心は驚きでいっぱいだった。しかし相手に油断を与えぬようにその驚きを表に出すことはしなかった。
「その程度か?」
わざと余裕があるように振る舞い、間を取って構え直す。それまで生意気だとだけ思っていた一般兵が瞬時に強敵となった。一般兵は初撃を防がれたことに相当驚いたのか、以降の連撃からはわずかながら動揺が剣先から伝わってきた。それでも並の上級騎士以上の腕前を見せつけられ、ゼノスは防戦を強いられることになった。
(何とか防げたが、いつまでも防ぎ切れるものでもないな。油断をしたら最後、つけ込まれるだけだ)
ゼノスの背中を冷や汗が伝った。リィア軍上級騎士隊筆頭として、敗北は許されないことだった。目の前の謎の一般兵に勝つ方法をゼノスは真剣に考え始めた。
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