オルド陥落
トリアス山がリィア軍の手に落ちると、首都決戦まであっという間だった。オルド軍も善戦したが、勢いづいたリィア軍には敵わなかった。凄惨を極めたトリアス山の話を聞いたオルド国王の「これ以上の犠牲は出したくない」という意思により降参が決まった。即刻オルド国王と二人の王子の処刑が行われ、その後エディアと同じように主要な騎士一族と王室に近い貴族たちが続々と処刑、投獄された。
オルドから遠く離れたルキシル国も商業の国であり、交易のために両国間では古くからの付き合いがあった。そこに外交官補佐として派遣されていたシェール・アルフェッカの元にも敗戦の知らせが届いていた。
***
シェールの後見人でありルキシルに同行していたセリオン・アイルーロスは、オルド陥落の一報を受け取ると血相を変えて執務中のシェールの元を訪れた。
「シェール、オルドが破れた」
「あ、そう」
シェールの返事はあまりにも素っ気ないものだった。
「他に言うことはないのか!?」
「何か言わなきゃいけないのか? それならせいせいした、ってところか」
オルド民族の特徴である黒髪黒目の青年は挑発するような態度を取った。
「どうしてお前はそんなに平然としていられるんだ! 帰るところがなくなったんだぞ!」
セリオンは祖国の滅亡に対して冷淡なシェールに当たり散らした。
「当たり前だろ、俺は最初っからリィアがあいつらをぶっ殺してくれたらいいなあって思ってたんだから」
負けじと外交官らしからぬことをシェールも言い返すが、セリオンも焦燥感から言い返す。
「お前には情ってもんがないのか!」
「そんな贅沢なもん俺が持ってるわけないだろ!」
二人はしばらく睨み合っていたが、先に折れたのはシェールだった。
「……悪かったよ。俺にとっては死んでくれたほうがいい奴らだけど、あんたにとっては国に大切な人もいたかもしれないんだよな」
肩を落とすシェールに、セリオンも気まずそうに視線を反らした。
「いや、こっちも悪かった。お前からすればそう答えるのも当たり前なんだってことをすっかり忘れていた」
双方謝罪したところで、シェールはこれからのことに対して冷静に考える気分になった。
「それで、これからどうするんだ? 俺たちは一生ルキシルに留まることになるのか?」
「……最悪、お前のことがリィアに漏れているとも限らない」
セリオンの言葉に、シェールは顔を伏せた。
「漏れていたとして、どうなるんだ?」
「追っ手が来て、おそらく処刑だろうな。おそらく俺も」
処刑、という言葉に二人は顔を見合わせた。ルキシルでは一介の外交官と後見人で通していたが、二人には処刑されるだけの理由が備わっていた。
「処刑か……オルドとして死ぬのは嫌だな」
「誰がむざむざ殺させるものか。俺の父方の実家がクライオにある。そこに逃げるぞ」
逃げる、という言葉を聞いてそれまでしゅんとしていたシェールの目がいきなり輝きだした。
「どうやって? オルドは通っていけないぞ」
半島の付け根に当たるオルド国を抑えられている今、シェールたちがオルド国の向こう側にあるクライオ国へ向かうことは難しかった。
「船しかない。エディアまで行けばクライオまでは何とかなるだろう」
「エディアからどうやってクライオに入る?」
「……そこは外交官様特権で何とかしてくれ」
セリオンの言いたいことを察して、更にシェールの目が輝いた。暗にルキシルからの旅券を偽名で作れということをセリオンは言わんとしていた。
「最初からそう言えばいいのに。わかった、明日までに用意する。それと……シーシャは連れて行っていいか?」
シーシャという名前を聞いて、セリオンは内心頭を抱えた。シーシャはシェールがルキシルに来てから知り合った女性で、やたらとシェールが入れ込んでいることにセリオンは不安しか感じていなかった。
「連れて行くって、お前、責任とれるのか?」
セリオンの不安を余所にシェールは勝手に話を進めていた。
「そんなん、当人同士で話し合えばいいだけの話だろ。危険な旅になるかもしれないけどな、それでも彼女は一緒に来てくれると思う」
「そりゃあ、彼女が良ければ、構わないが……」
逃げる、という言葉やいろんなものに浮かれているシェールに正論は通らないとセリオンは考えた。何を言っても無駄なのであれば、何か起こってから対処するしかない。これはセリオンがシェールの後見人になってから得た経験則であった。
「わかった、大丈夫だって。この前は広い世界を見てみたい、なんて言ってたからな」
「さて、それはどうだろう……」
シェールが急いで退出して行ったのを見計らったように、セリオンの瞳から涙が流れた。
「しかし、覚悟していたとはいえやはりキツいな……」
以前から旗色が悪いという知らせは届いていたが、オルド陥落の一報はセリオンに予想以上の悲しみをもたらした。
「絶対見せられないからな、あいつにこんなところは……」
シェールが帰ってくるまでこの感情を抑えなければ、とセリオンは顔を覆った。
った。
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