第7小隊
苛烈を極めたトリアス山の攻防であったが、謎の死神によってオルド軍の士気が下がったことは確実であった。それでも愛国心溢れるオルド兵たちによってリィア軍も痛手を被っていた。
「報告します。伝令からの情報によると第7小隊が山中にて孤立、応援と救助の要請です」
リィア司令本部に入った情報にシンダー・ハンネス第二連隊長は頭を抱えた。
「第7小隊? 小隊長はゾステロ・フィルムか。深追いしすぎたか?」
「場所はトリアス山西部ラディニ峡谷北西部です。岩場に逃れたところで一人が隊を離脱して救助を求めてきました」
「そいつはどうした?」
「現在会話できる状態ではないとのことです」
伝令ははっきりと伝えなかったが、シンダーは既にその隊員に興味はないようだった。
「わかった。救援部隊を編成しろ。その辺にいるオルド兵も一緒に蹴散らしていけ」
シンダーの命により、急遽救援部隊が編成された。ラディニ渓谷はトリアス山の中でも難所と呼ばれている場所であり、山岳進行に特化した人員を配置するのに本部は手間取ることになった。
***
岩場に逃れていた第7小隊は救援を待っていた。救援を待つ間に力尽きた者も何人かいて、生存者も深手を負い一人で歩けるような者はいなかった。
「頑張れ、直に救援部隊が来るはずだ」
小隊長のゾステロ・フィルムが生き残った隊員に励ましの声を送る。岩場に逃げ込む前に何とか一人を伝令として送り出すことは出来ていたが、賭けのようなものであった。
「途中でオルド兵に見つかっていたら……」
「余計なことを考えるな。どうせなら最後まで希望を持ち続けるんだ」
しかし隊員たちの精神状態は限界を超えていた。手負いの状態で力尽きた者たちが横にいる脇で希望を持ち続けることも難しく、ゾステロの励ましも虚しく響くだけだった。
しばらく絶望の時間を過ごしていると、誰かがやってくる音がした。救援隊かオルド兵かと身構えたが、やってきたリィア軍の隊服を着た青年に一同はほっとした。
「ゾステロ隊長、大丈夫ですか!?」
前髪の長い青年はゾステロの身を案じているようだった。
「……お前は?」
「今救助隊がこちらに向かっています。僕が先発としてやってきました」
「そうか、申し訳ない」
生存者たちが助かったと涙を流す中、青年は真っ直ぐ怪我をしているゾステロの腕を取った。
「それでは隊長を先に救助隊までご案内します。残りの方は救助隊を待ってください」
「それは出来ない、部下の命の方が優先される」
ゾステロはその場から動こうとしなかった。しかし、その様子を見て他の生存者は口々に言う。
「いや、一番深手を負っているのは隊長じゃないですか」
「僕らはまだ大丈夫です、救援隊だってすぐ来るじゃないですか」
「この戦いが終わったら隊長は顧問部に昇進するんでしょう?」
実際、一番手当が必要なのはゾステロであった。
「……すまない」
説得の末、ゾステロが青年に連れられて山を下ることになった。しかし、ゾステロは自分だけが救出されることに納得したわけではなかった。
「しかし、部下を残して先に助け出されるのは隊長として申し訳がない」
「それなら僕の痛み止めを残りの方に分けてきますので、ここで待っていてください」
青年はゾステロを座らせると、再び岩場に残してきた生存者たちの元へ向かっていった。戦場へ赴く兵士にはいざという時のために、それぞれ多量の痛み止めを支給されていた。
「お待たせしました、それでは参りましょうか」
しばらくの間の後戻ってきた青年はゾステロを立たせると、再び山を下り始めた。
***
ゾステロは救援に来た一般兵の青年とトリアス山を下っていた。青年はしきりに話しかけてきた。怪我の痛みから気を紛らわすためかとゾステロは青年の世間話に同調していた。話す中でゾステロの旧友と青年に関係があることがわかり、こんなところで世間は案外狭いものだとゾステロは失っていた希望を再び持ち始めた。
「ところで、エディア攻略のときのことなんですけど」
急に青年が10年も前の話を持ち出してきた。
「なんだお前は、そんな昔のことを気にするんだな」
「そりゃあ気になりますよ、覚えていませんか?」
青年はいきなりゾステロを放り投げ、地面に叩きつけた。
「き、貴様、一体……がぁっ!?」
更にゾステロの上にのしかかると、左腕を捻り上げて体重をかける。嫌な音を立ててゾステロの左肩はあり得ない方向に曲がった。
「こんなことしたでしょう? いいですよね、利き腕じゃなければ」
エディア攻略と『利き腕じゃない』という言葉、更に左腕を折られたということでゾステロの脳裏に嫌な思い出が過った。
「お前、まさか、あの時のガキか!?」
満身創痍で動けないゾステロの顔を掴むと、青年が嬉しそうな声を出した。
「思い出したか? そうだ、てめえが腕を折ったあのガキだよ。あの時は世話になったな」
その声色とは正反対の表情にゾステロは恐怖した。
「な、お前は、確かに埋めたはずだ!」
「残念ながら、生き返っちまったんだよ。痛かったぜ、まったく」
ゾステロは抵抗を試みたが、深手を負っている上に左腕を折られた衝撃と青年から放たれる憎悪と悪意に恐怖したことで身体中が麻痺したように動かなかった。
「しかし、何故リィア軍に!?」
「そっちで勝手に拾ったんだよ。たまたまあんたの名前を聞いて、それでもしかしてと思って来てみたら、久しぶりの再会というわけだ」
ゾステロは彼の名前を思い出そうとした。彼の左腕を折った時、確かに彼の名前を聞いたような気がしていた。しかし、古い記憶はなかなか引き出すことができなかった。
「き、救助隊はどうした!? 救助隊が来たら貴様も命はないぞ!?」
「そんなもん来ねえよ。今ごろ編成が終わって一生懸命山登ってるんじゃないか?」
「しかし、残して来た部下たちがお前のことを証言するぞ!」
「ああ、もう二度と喋れないから安心しろ」
ゾステロの全身に冷たいものが走った。先ほど岩場へ戻った青年は決して痛み止めなんかを分けに行ったわけではないのだとわかり、今度こそゾステロの希望は完全に打ち砕かれた。
「貴様、よくも……!」
「てめぇの立場がわかってないみたいだな」
青年はゾステロを蹴り飛ばした。わざと怪我をしている下半身を強く踏まれ、ゾステロは呻いた。
「やめろ、来るな、やめろ!」
「『やめてください、お願いします』ってあの時俺と姉さんは何度も何度も言ったな。それでお前たちやめたか? どうだった?」
執拗に怪我をしている部分を蹴られ続け、ゾステロの意識が遠のき始めた。
「悪かった、お願いだ、どうか命は助けてくれ」
「この後に及んで命乞いか。未来の顧問部が聞いて呆れるぜ」
青年が動けないゾステロの頭を強く踏みつける。
「頼む、何でも言うことを聞いてやる、お願いだ、許してくれ」
「許す? 誰を?」
青年の声に嘲りが増した。
「面白いこと言うなあ、許してくれだって?」
青年は半死半生のゾステロの体を崖の端まで掴んでいった。
「じゃあここから落ちて生きてたら許してやるよ、じゃあな」
ゾステロの体は急斜面の岩肌を滑り降りていった。途中で何度か大きな岩に身体がぶつかっては跳ねを繰り返し、その姿は見えなくなった。
「簡単に死ねるんだ、せいぜい有り難く思えよ」
第二連隊17小隊所属、一般部十一等ティロ・キアンは崖の下を覗き込んで任務へと戻っていった。
***
その後たどり着いた本物の救援隊が岩場で見たものは、全員絶命した第7小隊の惨状だった。小隊長だったゾステロ・フィルムの行方はその場では知れず、後日近くの岩場の下でズタズタになった状態で発見された。後に救援隊として現場に向かった執行部の青年は「僕たちがもう少し早く辿り着いていたら、全員とは言わなくても何人かの同胞が助かったかも知れないのに」と悔しそうに語っていた。
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