第3話 オルド攻略

死神

 リィア軍が正式にオルド国に開戦宣言を出して、二国は完全な戦争状態に陥った。内乱で国内が荒れていたビスキや災禍で一夜にして首都を落とすことができたエディアと違い、オルド国はリィア軍の動きを察して十分な備えをしていたところからも苦戦が窺えた。


 特にオルド国へは首都へ攻め入るためには途中の山岳地帯を越えていかなければならない。天然の要塞と呼ばれるトリアス山がオルド国の自信であり、強固なリィア軍もこのトリアス山を攻略しないことにはオルド落城はあり得ないと考えていた。


 それだけ、このトリアス山にリィア軍は戦力を集中させた。第一連隊の出撃では地形の利も相まって、リィア軍はなかなか進軍をすることができなかった。このことにオルド軍は気を良くした。砦を死守しながら迫り来るリィア兵を蹴散らしていけばよかった。


「山慣れしてない奴らを相手にするのは楽だな」

「ああ、雪が降るまで持ちこたえればこっちの勝ちだ」


 オルド軍第一連隊第15小隊は山岳道を巡回していた。彼らからすれば一山いくらという感じのリィア兵に比べてオルド軍の方が全体的な兵士の練度は高く、リィア兵に出くわして白兵戦になったとしても圧勝する自信はあった。このときに備えて冬までの軍備も十分であったし、来年になれば家族の元へ帰れるだろうとオルド軍の大部分が思っていた。それだけトリアス山への絶対的な信頼があった。


 山を守り、延いては国と家族を守る。元は山岳の遊牧民族だったオルド民族が主となって築いた商工の国が、半島の一介にすぎないリィア国に負けるはずはない。ビスキやエディアはリィアの運が良かっただけだ、オルドは違う。リィアの思い上がりを止めなければならない。


 第15小隊に所属する4人もそのように考えていた。特に数日前にリィアの小隊と出くわした際に簡単に撃破することができたことも相まって、彼らの気分も大きくなっていた。


***


 4人が獣道を歩いていると、巡回路から外れたところでどこからから「助けてくれ」という声が聞こえた気がした。


「どうする?」

「しかし、罠かもしれないぞ」


 もう一度「助けてくれ」という声がはっきり聞こえた。しかしそれは弱々しく、今にも倒れそうな声であった。


「敵でもこれだけの人数がいれば、まず負けることはないだろう」

「よし、救出に向かうぞ」


 小隊の一番若くて腕に自信のある若者が先頭に立ち、声のする方へ歩を進めた。


「いたぞ」

「あれは、自軍か?」


 見ると、深緑色の隊服を着た人物が手を上げていた。オルド軍の隊服を着ている数人が座り込んで、救助を待っているようだった。


「今そっちに向かうからな」

「気をしっかり持て!」


 救出に4人全員で向かった。ところが、遠目で座っている一人が既に息絶えているのが見えた。


「やはり罠かもしれない」

「しかし、同胞を放っておく訳にも……」


 4人はためらいながら救助を待つ者のところへ駆けつけた。


「おーい、生きてる者はいるか?」

「生きているなら返事をしろ!」


 しかし、先ほど手を上げていた者も動きを止めていた。間近まで行き、彼らは全員が既に息絶えていたことを知った。


「ではさっきのは……」


 驚愕の言葉を残そうとした彼は最後まで話すことが出来なかった。背後から強烈な剣撃を受け、倒れ伏したところを襲撃者によって地面に刺し貫かれていた。


「な、何だ!?」

「敵襲か!?」


 一同が混乱している間に、青鼠色のリィアの隊服を着た青年が倒れたオルド兵の方から飛び出してきた。飛び出すついでに正確に一人の喉を突いて完全に動きを封じた後、返す剣でもう一人の胸を帷子の上から叩き潰した。叩かれて仰向けに倒れたところで彼の真剣が正確に首を貫いていた。


「な、何だ!? お前は?」


 急に一人になったオルド兵は気が動転していた。瞬きする間に絶対に有利だと思っていた状況が一気に不利になり、目の前のリィア兵に闇雲に剣を突きつけた。その瞬間、オルド兵の視界からリィア兵がいなくなった。


「き、消えた!?」


 次の瞬間、足に激痛が走った。低い姿勢からリィア兵が足を剣で薙ぎ払ったようだった。うつ伏せで地面に叩きつけられたオルド兵が最期に見たのは、既に息絶えた仲間の姿だった。


(何故、こんな一瞬で、何故!?)


 頭に何かが叩き込まれた。既に考えることができなくなっているオルド兵にはどうでもよいことであった。


***


「これで4人、そっちで5人、合わせて9人か……ああ疲れた」


 青鼠色の隊服の青年は肩を回しながら、動かなくなったオルド軍の兵士たちを長い前髪の中から一瞥した。


「悪く思わないでくれよ、これは戦争なんだから」


 すると、最初に地面に刺し貫いたオルド兵ががくがくと動き出した。


「お、それは悪かったな。今楽にしてやるよ」


 青年は剣を引き抜くと、確実にオルド兵の心臓にあたる部分をナイフで刺し貫いた。光を失った瞳の瞼を降ろして、オルド兵の真新しい剣を奪うと青年はその場を立ち去った


***


 しばらくして、オルド軍に小隊ごと全滅したという報告がいくつも上がってきた。不思議なことに遺体は争った跡がわずかで一方的に惨殺されているものが多く、名誉の戦死と呼ぶには不可解な点があった。更に何とか生き残った者から「敵は一人であった」という証言が飛び出し、それがオルド軍全体に広がると途端に士気が下がった。


「死神に目をつけられたら生きて帰れない」


 正体不明のリィア兵はいつしか「死神」と呼ばれ、兵士たちは戦場へ出ることを怖がった。これに困ったオルド軍の幹部も「死神を召し捕った者には好待遇を約束する」と触れ回ったが効果はなく、じわじわとリィアの戦線はトリアス山を進行していった。

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