第2話 特務予備隊

選別

 リィア国では政変の際に警察を廃止し、軍隊直轄の警備隊が導入された。その際同時に新設されたのが特殊任務部、通称特務であった。特務予備隊は各地から身寄りの無い子供たちを集めて、特務として徹底的に教育して訓練を施すことを目的に創設されていた。


 シャスタは首から下げる29という認識票が好きではなかった。予備隊では教官からは基本的に番号で呼ばれることになっていたが、子供同士ではその限りではなかった。また、訓練の場以外では教官も名前で呼ぶことが多かった。


(でもまあ、仕方ないんだよな)


 予備隊が番号制を取っている理由は管理のしやすさや必要以上の尊厳を与えないためというものもあったが、名前がわからないものや名乗ることができないものへのための配慮というのが大きかった。とにかく孤児は素性がわからない者が多く、また自分の本当の名前を忘れていたり、何度も名前を変えてきたために毎日名乗る名前を変えるという子供もいた。そう言った子供のために番号制はあるようなものでもあった。


(そう言えばこいつもそうだったしな)


 シャスタは隣で剣を振るう少年を見た。シャスタよりも数ヶ月遅れて予備隊にやってきた少年は、最初は口をきかずに誰とも馴染もうとしなかった。ふとしたことがきっかけでシャスタが名前を尋ねると、彼はティロと名乗ってそれから二人でいることが多くなった。同じく9歳であることや剣技が好きなこと、そして触れたくもない過去を持つらしいという点でシャスタはティロに対して居心地の良さを感じていた。


「どうかしたか?」

「いや、お前また剣技上手になったな、って」

「そうかな、こんなもんじゃないかな」


 ティロは予備隊に入れられるまで剣技の経験は少し剣を持ったことがあるというくらいだと言っていた。ところが半年を過ぎたあたりから頭角を現し始め、予備隊に入れられてから3年目には上級生も含めて並ぶ者がないほどに剣技の腕を上げていた。


「こんなもん、で済むようなものじゃないと思うけど」

「じゃあ、試しに真面目に手合わせでもするか?」

「しない。絶対勝てないから」


 まともに試合をしてもティロに勝てないことはシャスタにはわかっていた。そしてそれは他の子供たちも同様で、最近では教官以外は相手をしてくれなくなっていた。


「わかった、何でもありでいいから」

「言ったな?」


 シャスタは模擬刀を構えてティロの前に立った。すぐさまティロはシャスタに斬り込んだが、シャスタは何とか模擬刀でティロの攻撃を防いだ。


(何でもあり、と言ったけど)


 シャスタはティロの攻撃を受けながらどうすればこの攻撃を掻い潜れるのかを必死で考えた。「何でもあり」とは、剣技以外でも何でもいいので相手を倒せば勝ち、という取り決めであった。剣技では絶対使わない足払いや試合では禁じられている急所への攻撃など、試合ではなく純粋な殺し合いの技術が予備隊では大事にされていた。


(やっぱりまともに剣で勝ちたいじゃないか!)


 ティロの剣技は何よりも素早さが際立っていた。どんなに攻撃を仕掛けても先回りして全ての剣を止められ、焦っている間に僅かな隙を的確に突いてくる。シャスタが意地で剣を振っている間にティロはどんどん間合いを詰めてきて、最終的にシャスタは鋭い横薙ぎを叩きつけられて膝をついた。


「何でもあり、って言ったくせに結局剣しか使わないじゃないか!」

「そっちこそ、別に剣以外でもよかったのに」


 シャスタが睨むと、ティロは何事もなかったかのように言ってのけた。


「お前の攻撃が速すぎて剣以外を出す暇なんかないんだよ、もっと隙を作れ」

「そんなん無理だよ」


 二人が再び鍛錬に励もうとすると、見慣れない人物が近づいてきた。


(特務の査察官だ!)


 シャスタの心臓は急に縮み上がった。それはティロも同じだったようで、非常に緊張した面持ちで査察官に向かい合った。


「29番。先ほどの試合を見せてもらったが、なんて様だ」


 途端にシャスタの全身から冷や汗が吹き出した。査察官から良くない声を掛けられるということは、適性がないと告げられたに等しかった。


(どうしよう、やっぱり本気で倒すべきだったんだ。どうしよう)


 適性がないと見なされた子供はどこかへ連れて行かれて、その行方は知れない。既に4つの孤児院で受け入れてもらえなかったシャスタにとって、予備隊は最後通告の場であった。ここから追い出されてしまえば、後はどんな目に合うかわかったものではない。


「……しかし、相手が32番か。善戦していたぞ」


 その言葉にシャスタは心底安堵した。横目でティロを見ると、彼も同じ表情をしているようだった。


「君たち二人は特に期待されているからな。これからも訓練に励むように」

「はい!」


 査察官は満足げにその場を立ち去ろうとして、何かを思い出したかのように振り向いた。


「そう言えば君たち、ところでもし相手がリィアを裏切るなんてことになったら、お互いを斬れるかい?」


(どうして俺たちがリィアを裏切らなきゃいけないんだ!?)


 不安をかき立てるようなことを言われて、シャスタは査察官に怒りが沸いた。しかしティロはその言葉に大きく動揺しているようだった。


「そんな恐れはないだろうが、特務に上がればそういう任務もある。今日の友は明日の敵だからな」


 査察官はそのまま立ち去った。ティロはまだ呆然としているようだった。


「お前、あんな奴の言うこと真に受けるなよ。どうして俺たちが本当に殺し合わなきゃいけないんだ!?」

「そうだ、そうだね……うん。そんなわけあるもんか」


 ティロは自分に言い聞かせるように言うと、再び模擬刀を構えた。


「よし、さっきの続きをするぞ」


 その声には先ほどの不安げな感情は見当たらなかった。


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