辻強盗

「疲れているなら眠っていてもいいんだぞ」


 テレス監察官は少年に声をかけたが、少年はベッドに座り込んでテレスをじっと見上げた。それからどこか落ち着きなく辺りを見渡したり身体を揺らしたりし始めた。


(見たところ相当疲れ切っているはずだ、腹が一杯になれば眠ると思ったんだがな)


 見るからに少年は憔悴しきっていた。目は真っ赤に充血して瞼は腫れ、頬はこけて色をなくしていた。何か話をするにしても一眠りさせてからとテレスは考えていたが、少年が瞼を閉じることはなかった。


 昼過ぎになり、テレスの元に少年についての新たな情報が入ってきた。この辺りで最近頻発している強盗事件の犯人像と少年の特徴が一致するというものだった。全てが鞄の紐をナイフで切り落として奪うというもので、更に同様の手口はここ半年ほどの間に様々な場所で起こっていたという報告もあり、全ての件に置いて目撃された犯人はやはり10歳前後の少年だった。


 詳細な取り調べを行うべきだとテレスは思ったが、少年の今の状態を考えると無理な取り調べは逆効果だと悟った。まずは大枠で話をしてみて、その反応で取り調べを行うか否かを決めることにした。テレスは少年に再び手錠をかけ、医務室から取調室に移した。少年の顔に表情はなく、決して解かれることのない警戒心からテレスは野生の動物を相手にしているような気分になった。


「いいか、答えたくないことには無理に答える必要はないから、ゆっくり考えて返答してくれ。最近鞄の紐を切って持って行く強盗が出ているという話だが、それはお前で間違いないか?」


 少年は少し考え込んだ様子を見せ、その後大きく一回頷いた。


「この辺りだけじゃなくて半年前くらいから同じ手口の強盗がいるんだが、それもお前が全部やったのか?」


 少年はその事実も認めた。テレスは難航するかと思った取り調べがあっさりと進むのに拍子抜けしたが、そのまま取り調べを進めた。最終的に少年は20件以上の強盗と、警備隊員二名に対する傷害、それと強盗時に被害者に怪我を負わせた分などを全て認めた。


(これだけのことをこんな状態で全部覚えているだろうか?)


 テレスは気になったが、深く追求することはできなかった。様々なことを問いただしてみたかったが、疲弊しきっている少年から全てを聞き出すことは不可能と判断した。取り調べの最後に少年がテレスに渡した紙には「どうせ殺すくせに」と書かれていた。


「殺しはしない。盗みはいけないことだが、殺すまでのことじゃない」


 テレスは少年が極度に怯えている理由を、すぐにでも殺されてしまうのではないかと警戒し続けているからだと推測した。おそらく警備隊員を刺した理由とも一致するだろう。


(何かに命を脅かされるようなことがあったんだろう、それで声を失うようなことになったんだろうか?)


「ここでは誰もお前を傷つけるようなことはしない。だから安心して何でも話せるようになることが立ち直りの第一歩だ。何か欲しいものはあるか?」


 少年は少し考えた後、欲しいものを紙に書き付けてテレスに渡した。それを見て流石にテレスも頭を抱えてしまった。その紙には「睡眠薬」とだけ書かれていた。


***


 その日の夕方には少年は拘置所から病院へ身柄を移された。心身共に激しく衰弱していることと足の怪我などの治療のためだった。その後は経過を見てリィアの特務予備隊に所属させられるだろうとテレスは聞いた。普通の孤児院へ行くにはあまりにも攻撃的であるというテレスの判断からの措置であった。


「やっぱり予備隊か……噂には聞いているが厳しいだろうな」

「どうしてですか?」


 警備隊の一人がテレスに尋ねた。


「かなりの数の強盗をこなして警官とやりあったんだ、それなりの腕はあるんだろうが、ああも話せないと意思疎通が出来なくなって精神がダメになるんだ」

「話せないとダメになるんですか?」

「あんな感じで声の出せない子供を相手にしたことはあったが……皆自分の殻に閉じこもっていた。集団生活でそれは致命的だし、子供の世界では苛烈ないじめに繋がる。そうでなくても精神的に相当やられているからな。このままで行くと、もって半年だろう」


 テレスは悲観的な将来を口にする。予備隊に預けられた子供が全員特務になれるわけではない。その中の多くは途中で適性なしと判断されて弾かれるか、訓練中に命を落とすという噂である。弾かれた者たちがどうなるかはテレスの知るところではなかった。


「半年か、可哀想だな。捕まらずにいたほうが長生きできるのかな」

「いや、それもないな。現にあんなに衰弱していたんだ、こっちももって半年だっただろう」

「どの道生き残るのは難しそうですね」

「まあ、いちいち考えていては私の仕事は成り立たないからね。また何かあったら呼んでくれ」


 テレスは帰り支度を始めた。


「それで結局、あの子は何なんですかね?」

「わからない。親に捨てられたか、過激派組織に攫われて逃げてきたか……災禍孤児なんてエディアでは問題になってるって聞いたな。いずれにしても、気の毒なことがあったんだろう。それにあいつは……いや、ただの憶測を言うのはやめよう」


 テレスは何かを言いかけたが、それ以上言及することは無かった。


「そうだ……あいつの調書だ。大したことは書いてないけどな」

「十分ですよ、お疲れ様です」


 その調書には強盗事件と傷害事件の他に備考として「極度の心身摩耗状態」「地下及び閉所恐怖症の疑い」「発声困難により筆記で取り調べを行う」と記入され、更に彼の書いたメモも添付された。そしてその調書は読み返されることもなく、長い間資料室で眠り続けることになった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る