第3話 残党軍

10人抜き

 亡命に成功したティロが小屋の前で待っていると、セイフが何人かの男を伴って戻ってきた。帯刀している者たちに加えて、一人帯刀していない者がいた。


「お前がライラの言っていたリィアの上級騎士か?」


 第一声を発したのは、帯刀していない男だった。長身の男は、オルドでよくある黒い髪の面立ちをしていた。


「そうだ」


 ティロが手を出し、二人は互いに手を取ったが互いに名乗り出ようとはしなかった。しばらくの沈黙の後、ティロが先に口を開いた。


「……ティロ・キアンだ」

「……シェール・オルド・アルフェッカだ。出会ったばかりで何なのだが、なんだこの荷物は?」

「ああ、これか。一応無事に着いたし、そろそろ出してやるか」


 ティロは箱を蹴り倒すと、蓋が外れて中から意識を失っているレリミアが現れた。それを見て一同は驚愕し、セイフは嫌な予感が当たったと頭を抱えた。


「おい、貴様! 一体何の真似だ!?」

「何って、俺は人質を連れて来るって」

「人質? 訳ありの令嬢じゃないのか?」


 ティロの顔にはっきりと焦りが浮かんだ。


「ちょっと待て。俺はライラに『亡命ついでに女を人質にしていく』と伝えろと言ったはずなんだが」

「こっちはライラから『ちょっと訳ありの上級騎士が訳ありの令嬢を連れて亡命してくる』と聞いていたんだが」


 両者の間に気まずい空気が流れる。


「俺はてっきり国家の陰謀を知った令嬢と騎士が命からがら逃げてくるというものを想像したんだが……見込み違いだったようだな」


 シェールの言葉を待たずに、帯刀している者たちが一気に警戒心を顕わにした。


「待て待て! 確かに俺はものすごく見た目怪しいかもしれないけど、ちゃんと志と腕はあるんだ! 信じてくれ!」

「見た目と所業からしてどうにも信用しにくいんだが……」


 慌てるティロを前に、シェールはこの事態をどう納めるか考えているようだった。


「わかった、じゃあお前らの強い奴全部倒せば少なくとも剣技の実力だけは証明できるだろ!?」

「随分大きく出たな、後悔しても知らないぞ」


 セイフが前に進み出た。そこには大きな自信が見て取れた。


「それはこっちの台詞だ。形式は好きに選べ」

「それなら試合形式で、こっちの代表10人と連続で試合してもらう。それでいいか?」


 その言葉を聞いて、ティロは先ほどの動揺から打って変わって自信を顔にみなぎらせた。


「異論はない。はやくやろうぜ……とは言いたいところなんだけど」

「何だ?」


 ティロはレリミアを箱に収め直すと尋ねた。


「この女をとりあえず繋いでおきたい。どこかちょうどいい場所はないか?」

「知らん。もう好きにしろ」


 シェールの呆れる声だけが響いた。


***


 シェールはティロの処遇を決めかねていた。ライラからの依頼で彼を引き受けてくれと言われている以上、無下に追い返すこともできない。しかし何もかもが理解の範疇を超えていた。とりあえず、彼の剣技の腕前を見てからでも処遇については遅くないと判断した。


「残党とはいえ、ここにいるのは元上級騎士相当の精鋭だ。更にクライオからも有志で腕の立つ連中が揃っている。並の剣士はいないぞ」


 試合用の模擬刀をそれぞれ持った一同が修練場へ移動した。この小屋は見た目こそ農作業用の器具をしまうような場所であったが、内部は改装されていて剣技の修練場になっていた。


「30分だ」


 自信たっぷりにティロが告げる。


「何だって?」

「入れ替えも含めて30分で全部片付けてやるよ」


 精鋭の中心にあたるセイフはティロの発言を強気か挑発と受け取った。


「とりあえず始めようぜ。最初はどいつだ?」

「自分が行きます」


 残党軍の若い剣士がティロと対峙した。


「よし、時間測ってろよ」

「始め!」


 試合開始の合図と共に剣士が動く前に、ティロはその懐へ潜り込むと強烈な一撃を叩き込んだ。剣士は何が起こったのかわからないと言った顔で膝を着いた。


「ほら、早く来いよ。時間が勿体ない」


 残党軍側の剣士たちに衝撃が走った。今倒された剣士もオルド国では優秀な剣士であった。続けて二人目、三人目とティロに挑戦したが同じく一撃で倒されてしまった。


(なんだ、あんな動き見たことがないぞ)


 セイフは焦った。「剣技の腕だけはすごい」という情報は得ていたが、ここまで簡単に精鋭たちが破れていくと思っていなかった。


 4人目と5人目は剣を交わしてもらえたが、返す剣であっさりと破れてしまった。続く6人目も例の強烈な一撃が決まり、悔しそうに退いた。


「6人目……どうした? もう降参か?」

「まさか!」


 声だけは何とか張り上げたが、セイフの内心は穏やかでは無かった。


(こんな一方的な試合、今まで一度も見たことがない。何だあいつは。化け物か何かなのか?)


「良ければ次は実戦形式で3人同時でもいいぜ」

「何だって?」


 実戦形式とは、剣技の試合の種類であった。「試合形式」と言えば基本的に相手の正面から撃ち合いをすることが求められ、「実戦形式」になると正面に限らず全方向に移動しての打撃も可能になる。そのため複数人同士や一人対多数の形式ではよく用いられた。


「時間の節約だ、ほら来いよ」

「馬鹿にしやがって……それなら望み通り、3人で行かせてもらう」


 控えの3人がティロを取り囲んだ。連携攻撃もしっかり訓練している手練れのはずであった。


(なんだあいつ、後ろに目があるのか!?)


 連係攻撃も、攻撃を繰り出す前に相手にやられてしまえば意味がない。ティロは攻撃する順番を知っていたかのように次々と精鋭たちを薙ぎ倒した。


「さて、残りはあんた一人か……どうする? 降参するか?」

「そんなわけないだろ!」


 セイフが進み出て剣を構える。


「アルゲイオ家の代表として、お前みたいな不審者に負けるわけにはいかない!」

「不審者だって剣くらい持ってもいいだろう!」

「よくない!」


 セイフはティロと剣を交えるが、これまで9人と試合をしてきたと思えない機敏さでティロはセイフを追い詰める。


「それで、どうする?」

「どうするって……お前を倒すだけだ!」

「やれるものならやってみろよ」


 威勢を張ってみたが、やはりセイフはティロには敵わなかった。時間にして20分と少しで残党軍の揃えた精鋭がティロの前に敗北したことになった。


「……さて、これで10人。どうする?」


 ティロは模擬刀を手ににやりと笑った。


「畜生、やっぱりあいつか……」


 精鋭たちは顔を見合わせていた。


「なんだ、まだ強い奴いるのか?」

「強いことは強いが、多少規格外だ」


 セイフが悔しそうな顔で呟くと、修練場の扉が開いた。


「そいつは面白い、呼んで来いよ」

「もう来ているぞ」


 いつの間にかティロの背面に銀髪の若い女性が立っていた。帯刀しているところから、この残党軍の一員らしかった。


「え、女じゃないか。こいつが規格外なのか?」

「こいつとは失礼だな。貴様がリィアの上級騎士か」


 女性剣士がティロの目の前に進み出る。


「あぁ、今のところはな。何だか知らねえが、遊んでやるぜ」

「舐めた真似を……6年前の仕打ち、忘れたとは言わせないぞ。同胞の仇だ」


 女性剣士は剣を抜くと、ティロと対峙した。


「何だよ、そんなこと……!」


 ティロは咄嗟に防御姿勢をとった。先ほどまで自身が繰り出していた必殺の初撃と同じ攻撃を受けて驚愕が隠しきれなかった。


「待て、今のは何だ?」

「遊んでやるのではなかったか?」


 女性剣士がにやりと笑った。続けての連撃にティロは初めて防御に徹することになった。


「さすがアルゲイオ家の隠し玉だ、思いっきり遊んでやれ、セラス」


 セイフの声に余裕が戻った。アルゲイオ家の末子にして長女、セラス・アルゲイオがオルド残党軍最後の精鋭としてティロの前に立ちはだかった。


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