オルド残党軍

 クライオに亡命したティロがレリミアをしまった箱を昨夜即席で作った台車に乗せて待っていると、銀髪の若い男がやってきた。帯剣しているところを見ると、例のオルドの残党軍の一員で間違いなさそうだ。


「火を貸してもらえるか?」

「あいにく着火器がないもんで、余所に行ってもらえるか?」


 合い言葉を聞いて、青年がティロに手を差し出した。


「よく来たな。俺はセイフ・アルゲイオ。一応ここの剣士たちのまとめ役になっている」


 ティロはその手を取った。


「へえ、その割には随分若く見えるが?」

「ここの連中は基本的に若い。それに、オルドではアルゲイオ家といえば名門中の名門だ、見た目で判断されても困る。さて、ここからは俺が案内することになるんだが……なんだその大荷物は。それに女が同行していると聞いていたが」


 セイフはティロの風体を見て率直に気になった点を尋ねる。


「その件ならさっきも聞かれたんだが、どうも食い違いがあったみたいだな。女をもう一人連れていくとは言っていないんだ」


 レリミアを入れた箱を手にティロはしらを切った。


「そうか……? それなら、本当にあんたがそのリィアの上級騎士かって確認させてもらって構わないか?」

「いいぜ。とりあえずリィアの認識票だ。上級騎士三等、ティロ・キアン。間違いないだろ?」


 ティロは懐から金属製の認識票を取り出してセイフに見せた。リィア軍ではこの認識票と隊服が一種の身分証明になっていた。認識票は一応携帯義務があったが、現場仕事のない階級になると一種の記念品のような扱いになりがちであった。


「あぁ……いろいろ気になる点しかないが、道中聞かせてもらおうか」


 セイフはティロを伴って歩き始めた。クライオ国内でもこの地域は農地が多く土地の割に人口が少ないせいか道を歩いている者は他にはなく、時折農作業用の馬車が通りかかる程度だった。


「そうだな、その隠れ家ってのは近いのか?」

「それほど遠くは無いが、まずその荷物だ。中身は何だ?」


 まさしく人間が一人入りそうな大きさの箱に即席の台車。そして「女性がもう一人同行している」という情報に反して姿の見えない女性。セイフからしてみると何があったのか嫌な想像ばかりしてしまう。


「これか? 出来ればそこに着いてから開けたいと思ってる。起きちまうからな」

「……まあいい。そもそも、何故上級騎士で亡命など企てたんだ? 家に不満でもあるのか?」


 セイフは荷物より気になることを尋ねた。かつて革命主義者を徹底的に取り締まったリィアにおいて、首都警護にあたる上級騎士が亡命までして反リィア勢力に寝返る動機がセイフには理解できなかった。


「家……? あぁ、上級騎士なんてリィアだと特にほぼ上流階級だからな……俺に家はない。ガキの頃リィア軍に拾われた身だ」

「そんな奴がリィアを裏切るのか?」

「その辺は……ちょっと込み入った事情があるんだが、かなり個人的な事情だから説明は省かせてもらいたい」


 ティロは徹底的に自分の話をしようとはしなかった。


「それじゃあ別の質問だ。あのライラとどう知り合ったんだ? そして彼女は今どこにいる?」


 再びライラの名前を出されて、ティロは空を見上げる。


「あいつね……今頃ビスキで呑気に海水浴でもしているはずだ。その後こっちに来るって言ってたな」

「何でこんな大事な時にそんなことになってるんだ? 大体一斉蜂起まであと2ヶ月を切っているんだぞ。そもそも貴様は彼女の紹介のはずだ。俺なんか迎えに寄越さないでも彼女が連れてくるのが筋だろう?」


 荷物より、セイフが気になっていたのはティロが亡命してきた時期であった。もしライラと密接な繋がりがあるなら、各地の組織間で一斉蜂起の計画がありその決行予定日までそれほど期間がないことは知らないはずがなかった。その中で急に海水浴などと言い始めたティロがライラをどうにかしていると考えてもおかしくはなかった。


「そ、その辺は……明確に答えるのは難しいな……」


 ティロの曖昧な返事にセイフが詰め寄った。


「やっぱり怪しい。そもそも彼女とどういう関係なんだ?」

「そう言われると何なんだろうな……恋人、という感じでもないし友人? いやそれよりも深い気もするし……」


 それまで何かとしらを切り通していたティロだったが、ついに言い訳が思い浮かばなくなったのか返事が淀み始めた。


「つまり、ライラについても明確に答えられないのか」

「で、でも彼女から信頼は受けてるはず、だ……多分」


 何一つはっきりしたことを言わないティロに、セイフの疑念の視線が突き刺さる。


「初対面で言うことでもないんだが……貴様、相当怪しい奴だな」

「あ、怪しかったら亡命しちゃいけないってことないだろ!」


 開き直ったようなティロにセイフは呆れた。


「怪しい奴を受け入れる地下組織がどこにいる? リィアの特務という可能性もある以上、案内も難しくなるぞ」

「困ったな。ライラの奴、どう説明してたんだよ」


 ティロの声に焦りが混じり始める。


「少なくとも俺は『訳ありの凄腕剣士』とだけは聞いてるんだが、貴様は訳ありというよりただの不審者だな」


 セイフは思ったままを告げた。


「悪かったな不審者で……でも『凄腕剣士』ってのは信用していいぜ。リィアで俺に適う奴はほとんどいないはずだ」

「ほとんど?」

「少なくとも上級騎士なら俺が一番だ。それ以外の奴は知らないが、大体には勝つ自信がある」


 急に断言し始めたティロにセイフは疑念を深めた。


「随分な自信だな……ますます、何故そんな奴が亡命を企てる?」

「いろいろあるんだよ、いろいろ。とりあえず、俺はリィアを裏切るったら裏切る! 国内の反リィア勢力に入るより完全に国外に出た方が出国時以外リスクは低い! ついでにクライオの剣技も経験したい! 以上だ!」


 セイフは力説するティロを観察した。剣士というには多少足りない身長に、服装こそしっかりしているがどこか埃っぽい印象を受ける外見。愛国心なくして務めることなどできない上級騎士というより、裏通りで怪しげな詐欺を持ちかけてくる不審者というのがセイフの出した結論だった。


「まずそんな成りで本当に剣なんか持てるのか?」

「見た目と剣は関係ないだろ!」


 しばらく歩いて行くと広い農場にたどり着いた。セイフは農場を横切る道を真っ直ぐ進むと、農作業用の小屋の前で足を止めた。


「さて着いた。少しでも怪しい真似をしてみろ、すぐに追い出すからな」


 予定ではここで当の組織と合流することになっていた。


「全く信用がないな……ま、仕方ないか」

「ここで待ってろ」


 セイフは小屋の中に入っていった。

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