セラス・アルゲイオ
残党軍の精鋭たちに対して圧倒的な強さを見せつけたティロだったが、突如現れた女性剣士セラスに圧倒されていた。
「何だお前、めちゃくちゃ速いじゃねえか!」
女性であるため力はそれほどではないものの、その剣捌きはティロが対峙してきた相手の中でも一、二を争う速さであった。
「どうした? 威勢は最初だけか?」
「そんなわけねえだろ」
更にセラスはティロに対して剣撃を畳みかける。その素早い動作にティロは翻弄されつつも、しっかり剣を受けていく。
「明らかにお前、他の奴らとは違うな」
「勝手に見くびっておいて」
先ほどまで余裕たっぷりだったティロの言葉から少しずつ焦りが見え始めた。
「流石セラスだ、奴に俺たちの底力をわからせてやれ」
セイフがティロを圧倒するセラスに声援を送る。
「でも、セラスにメンツを守ってもらってそれでうちはいいんですか?」
セイフの隣で精鋭の一人が呟く。
「そういうのは一度でもセラスに圧勝してから言うべきだな」
アルゲイオ家はオルド国で名だたる剣士を何人も輩出している名門で、長兄ビュートと次男エレグも並外れた剣技の腕の持ち主であった。三男レグと四男セイフもそれに続こうと日々鍛錬に励んでいたが、可愛がっていたはずの妹にあっさりと剣技で負けてからセイフは全てをあるがままに受け入れるということを学んだ。
セラスの攻撃を凌いでいたティロが一度距離を置いた。セラスは深追いせず、ティロの次の動きを待っているようだった。
「わかった、本気出してやるよ。実戦形式だ」
ティロから実戦形式の変更を申し出た。試合の際は暗黙の了解として相手の正面から打ち合う「試合形式」が選択される。「実戦形式」を一対一で使用することは希であった。
「勝てないから血迷ったか? 私は構わないが」
「だから本気で来い、行くぞ」
言うが早いかティロが飛び出した。セラスも負けじと対峙するが、実戦形式になったことで全方位から仕掛けられる剣撃と隙を見せれば後ろに回り込もうとするティロの動きに今度はセラスが翻弄されることになった。
「セラスが、押されてる!?」
「まさか、あのスピードを完全に見切っているのか!?」
「あんなに防戦一方のセラスを見るのは初めてだ」
精鋭たちはティロとセラスの試合についての見解を口々に呟いた。
「あぁ……あんなに慌てているセラスを見るのも初めてだ」
セイフが呆然と呟く。二十年近くセラスの兄をやってきたが、セラスが全力を出しているところもそれに対応している相手に押されているのも見たことがなかった。常に相手の二手三手先を読んで攻撃を繰り出すセラスだったが、ティロはその攻撃すら全て読んで剣を交えていた。
「何だ、一体何なんだお前は!?」
かつてこれほどまでに追い込まれたことのないセラスはティロに叫んでいた。
「何って……一体何だろうな」
その瞬間、セラスは背筋がぞくりとする何かを感じた。心臓を氷漬けにされるような圧に怯んだ一瞬、ティロがセラスの懐に潜り込んだ。
「な!」
次の瞬間、セラスが見ていたのは修練場の天井だった。
「悪い、ちょっと本気出したから手加減出来てないんだが……大丈夫か?」
「いや、私の方こそ……その、舐めていた。すまなかった」
セラスが何とか身体を起こす。薙ぎ払われた胴体がズキズキと痛んだ。
「いや、こちらこそ悪かったな。最初から全力で行くべきだった」
ティロは呆然としているセラスの手をとり、立ち上がるのを手伝った。それからまた呆然としている精鋭たちに向き直った。
「安心しろ、リィアの上級騎士でもあんたら十分通用するぜ。俺が特殊なだけだ……あとついでに言っておくと、これは試合用だからな。真面目に何かするって言うなら、もう少し頑張れるぞ」
ティロはそう言うと、外に置いてきたレリミアの様子を見てくると修練場から出て行ってしまった。
「待て、そう言えば何であいつオルドの型を知っていたんだ?」
精鋭の一人が気がついたことに一同は戦慄した。剣技は地域や流派で型が決まっていて、剣を合わせるだけでどこの地域で剣技を習得したかがある程度わかるようになっていた。リィアの上級騎士であるなら、リィアの型を極めているはずであった。余所の型まで完璧に習得しているのは余程の剣技通であり、かなりの技量がないと出来ないことであった。鋭い初撃はどこの型かは判別できなかったが、ティロが精鋭たちと対峙した時には主にオルドの型を用いていた。
「ますます何で亡命してきたんだろうな……」
セイフはいろんなことが面倒になり、考えるのをやめることにした。
***
組織内の手練れ10人に加えて隠し玉のセラスにまで圧勝したティロにシェールは驚愕を隠さなかった。
「わかった、お前が特別強いことは認めてやる」
「これで俺が怪しい者じゃないのはわかっただろう?」
自信満々で笑顔を見せたティロにシェールは言い放った。
「それとこれとは話が別だ。お前が怪しい奴であることには変わりないからな」
「何だよそれ! さっきは10人倒したら信用するって言ったじゃないか!」
「そんなことは誰も言ってない!」
きっぱりと言い切られて、ティロはがっかりした顔を見せた。シェールはこの亡命者をどう扱うか今だ決めかねていた。少女を箱に入れて連れてきたのは驚いたが、ライラから事前に聞いていた情報と一致しないとは言い切れず、決定的に追い出す理由も思いつかなかった。
「……しかし、ライラの頼みだからな。一度引き受けた以上、怪しいからと外に放り出すわけにもいかないか」
「よし、じゃあ決まりだ。改めてよろしくな」
再びティロは手を差し出した。シェールは半信半疑で彼の手を取った。
***
シェールとアルゲイオ兄妹が世話になっている屋敷へ当面の滞在を許されたティロは、レリミア入りの箱を抱えてシェールの後を付いて歩いていた。
「それで、ここはどういう組織なんだ?」
「主に元オルドの上級騎士、またはそれに相当する剣技の腕を持った者たちの組織だ。他にクライオにいる反リィア集団にも声をかけてある。元オルドが約30、クライオが40くらい。大体半々と言ったところだ」
人数としては多くないが、一人一人の剣技の練度は優れていると先ほどの試合でティロは感じていた。
「そもそも、どうしてオルドの残党兵がクライオにいるんだ?」
「さあ……どうしてだろうな。俺にもよくわからない」
シェールの意外な答えにティロは拍子抜けしてしまった。
「わからないって……お前が中心の組織なんじゃないのか?」
「一応そういうことになっているが……成り行きというか、なんというか」
「成り行きで反乱軍ってのは成り立ってるのか?」
「いろいろあるんだ。その辺は長くなるから後でじっくり教えてやる、機会があればな」
「何だか腑に落ちないけど、人のこと言えた義理じゃないな……」
やがてシェールは農場の真ん中にある屋敷へ入っていった。田舎の屋敷ということで庭が広く、手入れされた庭木がこの屋敷の主人の性格を物語っているようだった。玄関の前では温和そうな中年の女性が花の種を並べているところだった。
「お帰り、お客さんは来たのかい?」
「はい、こちらに」
シェールは女性にティロを紹介した。女性は立ち上がるとにこやかに挨拶をする。
「この家の主人のアルデア・アイルーロスよ。困ったことがあったら何でも言って頂戴」
「あ、あの……ティロ・キアンです。お世話に、なります……」
「せっかくだからお茶の準備でもしましょうか、好みはあるかしら?」
「あの、そういうの、大丈夫なんで……」
急に下を向いて口ごもるようになったティロにシェールは違和感を覚えた。
(さっきまでの自信はどこに行ったんだ? そもそも、この娘は一体何なんだ?)
多くの疑問はあったが、先ほどティロからの質問に答えられなかったことが後ろめたく、それ以上の追求をしばらくシェールは諦めることにした。
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