<18・考察>

「現時点で分かったことをまとめておく」


 焔に事務所まで引っ張ってこられた閃は、現在接客用ソファーに座って彼と向かい合っている。ちなみに、お茶は自分で入れた。――それを入れてくれるはずの美園が、事務机で完全にゾンビ状態で死亡していたからである。机の周りは何かの資料やらファイルやらですっかり埋もれていた。事務仕事苦手なのに、というのは嘘ではなかったらしい。だから何故事務員をやっているんだとツッコみたい。


「八辻高校には、元々七不思議と呼ばれている怪談があった。音楽室、裏門、屋上、家庭科室、理科準備室、花壇、階段だ」


 一、音楽室の増えるメトロノーム。

 二、裏門で見える白い人影。

 三、屋上で待つミミコさん。

 四、家庭科室のケーキ。

 五、理科準備室から目が覗く。

 六、花壇に埋まる顔。

 七、無限に増える階段。


「その上で古市閃、お前と俺が調べたおまじないは、以下の七つ。見ての通り、場所が全て元の七不思議と被っている」


 おまじないその一。

 好きな人と結ばれるおまじない。制約は、“誰にもおまじないについて教えないこと”と“夜七時以降に実行する”こと。必要な道具は鋏。七時以降に、西棟三階の家庭科室の前の廊下に立って、目をつむって呪文を唱える。


 おまじないその二。

 金運アップのおまじない。制約は、“午前零時から朝の七時までの間に実行する”こと。必要な道具は針。それを持って、東棟一階の理科準備室の前に立って呪文を唱える。


 おまじないその三。

 なくした物が見つかるおまじない。制約は、“おまじないをするところを誰にも見られない”こと。必要な道具は安全ピン。東棟裏の旧花壇に安全ピンを埋めて、呪文を唱える。


 おまじないその四。

 成績アップのおまじない。制約は、“午後七時以降に実行する”ことと、“火曜日か金曜日に実行する”こと。必要な道具は特にないが、できれば金属製の何かがあると効果がアップする。西棟一階、西端の階段。呪文を唱えながら二階まで上がる、一階まで降りる、再び二階まで上がるという行為をする。


 おまじないその五。

 合格率アップのおまじない。制約は、“午後四時から午後六時までの間に実行する”ことと。必要な道具はなんらかの針。これは後で回収できないので、なくなってもいいものを使用するべし。屋上の給水塔の裏に針を捨てて、両手を二回叩く。そのあとに屋上のフェンスごしにぐるりと時計回りで一周して呪文と唱えて終わり。


 おまじないその六。

 友情がうまくいくおまじない。制約は“●●時丁度の前後十分以内に行う”こと。必要な道具は特にないが、できれば金属製の何かがあると効果がアップする。第一音楽室のピアノを触り、全ての“ド”の音を左端から順番に鳴らしながら、呪文を一度だけ唱える。


 おまじないその七。

 嫌いな奴と縁を切るおまじない。制約は“いつ行ってもいいから埋めるところを誰にも見られない”こと。必要な道具はヘアピン。赤い色だとなお良し。裏門の前の土にヘアピンを埋めた後正門から出る。正門から出るまでに呪文を心の中で唱え続ける。正門から出るまでに後ろを振り返ってしまうと失敗する。


「古市閃。この時点で、お前が気づいたことを言ってみろ」

「え、えっと……何で七不思議の怪談に上書きするみたいにおまじないができたんだろう?ってこと?あとなんかどれもこれも金属使うのはなんでだろうって……」

「その通りだ」


 閃の言葉に、焔は頷いた。


「かつての怪談があった場所が、そのままおまじないになった。これはけして偶然じゃないだろう。……一つ訊くが。お前は怪談があるような場所に関して、どんなイメージを持つ?」

「そりゃ、怖そうだなあとは思う、けど。あと、オカルトに興味を持ってる奴なら面白そうって思うんじゃないですかね」


 ああそうか、と閃は納得する。つまり、学校に通っている生徒の恐怖の感情、あるいは興味本位の感情がその場所には溜まりやすいということだろう。

 恐怖はまだわかりやすいが、恐らく興味本位というのが存外厄介に違いない。それはつまり、“こっくりさんで怖い幽霊が降りてきて、自分以外の誰かが憑りつかれたりするような面白い事が起きたら楽しい”と考えることと同じだからだ。安全圏から、刺激的なイベントを見て面白がりたい感情。それは、いわば無意識の悪意と言っていい。SNSで、面白半分で人の恥や黒歴史、秘密を拡散してその人物を破滅に追い込んでしまうのと同じだ。軽い気持ちで、小さな悪意に近い物を巻き散らし、しかも本人にその自覚はない。そういうものが集まる場所は、空気が淀みやすいのかもしれなかった。


「……だから、昔の七不思議……怪談だった頃にも、ちょっとした事件は起きてたのか。今回のおまじないみたいに、露骨に神隠しがーっていうレベルの被害じゃないみたいだけど」

「そうだ。この間も話したが、そもそもあの学校は立地が悪い。環境も悪い。そういうものが溜まりやすくできている……意図してそう作ったかは知らないがな。そこに、怪談ができて、生徒や教師の恐怖や悪意が少しずつ溜まるスポットになる。その結果、異界の影響を受けて実際に幽霊っぽいものが出るような怪異が発生していたということだと考えられる。これは、個人や組織が意図して作ったものではないだろうから鬼と呼ばれる存在ではない。ここまではいいな?」

「ああ。……でもその後にできたおまじないは別、ってことでしょ?」

「そうだ。その七不思議に上書きしておまじないが出来たのは、どう考えても偶然じゃない。誰かが、その淀んだ空間をそのままおまじないに書き換えて流用したんだろう」


 それが鬼を作って使役している者――鬼使い、であるというわけらしい。そこまでは閃にもどうにか理解できた。

 問題は、いつ、誰が、なんのために鬼を作って災厄をまき散らしているのかということ。しかも焔の見立てによれば、このままではおまじないを行った人間が消えるだけでは済まず、学校関係者全員が神隠しされる、あるいは殺される結果になりかねないというではないか。

 その“結果”は果たして鬼使いが望んだことなのか、それとも鬼使いの手を離れてそういった事態になってしまうのか。

 もし鬼使いが望んだことであるのなら、この学校そのものを滅ぼしたい可能性が高いということになる。ストレートに考えれば、学校という組織や存在そのもの怨恨。まあ、教頭や校長に恨みがあるから学校ごと潰してしまえ、の可能性もあるが。


「誰かが学校を恨んで、学校を壊したくてこういうことをしてるのかな……」


 ぼそり、と呟いた。もし本当にそうならば、あまり気持ちの良い理由でないことは明白である。それこそ学校でいじめられて不登校になったとか、あるいは先生同士でパワハラを受けた恨みとか。なんにせよ、あまり想像したくないヒミツが埋まっていそうな感じだ。


「そうとも限らない」


 が。焔はあっさりとそれを否定してきた。正確には完全否定ではないのだが。


「先ほどお前が、“どのおまじないにも金属を使っている”と言っていただろう?」

「え?あ、うん。まあ、一部のおまじないは“絶対必要じゃない”ってされてるけど、成功率が上がるって言われて使い捨てアイテムじゃないなら、普通の人は金属を用意して臨むよなあって思うかな」

「その通りだ。……実際、俺が一番最初に八辻高校に行った時、“おまじないの場所はこのへんだろう”といくつか当たりをつけただろう?あれは、屋上などの該当の場所に、針金に絡んだ疵のようなものが見えていたからだ。金属、がおまじないの要であるのは間違いないだろう。そして全てのおまじないでそこが共通しているのは……多分それが“礎”だからだ。これらのおまじないは全て、何かの儀式的意味合いが強い……いわば、さらなる召喚を行うための準備であるように思う」


 さらなる召喚。思わず閃が想像したのは、学校の上に降ってくる巨大な魔王のようなものだ。それから、人気のTRPGゲーム。人間が何かの望みを叶えるために邪神を呼び出して痛い目を見たり、そこから必死こいて探索者が逃げたりするというアレ。――何を召喚しようとしているとしてもろくなことにならないのは目に見えている。


「……何かもう、嫌な予感しかしねえ」


 思わずぼやくと、焔も渋い顔で“同感だな”と頷いた。


「そういうものを召喚して、なんらかの願いを叶えて貰おうとしている……のかもしれない。呼び出そうとしているのが神や悪魔ではなく、“現象”を呼び込もうとしている可能性もある。その儀式を行うのにふさわしい場として、八辻高校が選ばれた可能性が高い。そしてこれは、少なくとも十年も前から準備されていたものだ」

「七不思議の怪談がおまじないから書き代わり、でもって最初に行方不明者が出たっぽいのがその時期……なんだよな?」

「ああ、証拠らしいものも見つけた。十年前の、この学校の裏掲示板だ。むしろ当時の方が、今より大型掲示板の類も流行していただろうからな」


 彼はテーブルの上に準備していたノートパソコンを開けると、画面を表示させてくるりとこちらに向けてくれた。


「この掲示板の書き込みが最初ではなさそうだが、恐らくこの書き込みがあった頃におまじないが始まったんだろう。この頃なら、スマートフォンはともかくガラケーを持っている高校生は少なくなかっただろうしな」




369:えぶちゃんねるにて、楽しい学園生活@エンジョイ勢の名無し

うちの学校の生徒なんでしょ?だったら、普通に“キズニ”様のおまじない試してみたらどうかな。


370:えぶちゃんねるにて、楽しい学園生活@エンジョイ勢の名無し

キズニ様ってなんぞ?


371:えぶちゃんねるにて、楽しい学園生活@エンジョイ勢の名無し

きずな、が訛ったみたいな名前だね。


372:えぶちゃんねるにて、楽しい学園生活@エンジョイ勢の名無し

あれ?意外と知られてないの?

キズニ様はうちの学校の守り神様なんだよ。生徒のことが大好きだから、何でも叶えてくれるんだってさ。

きちんとお祈りした生徒は、それに応じてお願いを叶えてくれるんだよ。金運が上がるおまじないとか、受験で成功するおまじないとかいろいろあるっぽい。

ちゃんと恋愛のおいまじないもあるんだよ。


373:えぶちゃんねるにて、楽しい学園生活@エンジョイ勢の名無し

何か学園七不思議のおまじないバージョンっぽい。

ていうか、うちの学校って怪談じゃなくておまじないなのかな?

興味あるし、教えてよ。




 確かに、この掲示板の>>369以外のモブ生徒達はまだ、キズニ様のおまじないとやらをよく知らない様子だ。学校の裏掲示板なのだから、書き込むのも読むのもほぼ学校関係者であるはずにも関わらず。

 なるほど、誰かに教えるという体でおまじないをそれとなく書き込み、流行させようとした人間がいたのだろう。この>>369の人物が黒幕本人かどうかはわからないが。




376:えぶちゃんねるにて、楽しい学園生活@エンジョイ勢の名無し

時間とか場所とか、細かく決まってるから気を付けてね。

恋のおまじないは特に、他の人におまじないをするって教えちゃだめだよ。あ、掲示板で匿名でおまじないやりましたーって言うのはOKだと思うけど。顔見知りにおまじないするって予め教えちゃうと、成功率下がっちゃうみたいだから。

場所は、夜の学校。七時以降に、学校に侵入しないといけないからそこのハードルは高いけど、その分他のおまじないより用意する道具は少ないし、成功率も高いんだって。

必要なのは、ハサミだけ。

小さな裁縫のハサミでもいいんだって。

それを持って、家庭科室の前の廊下に立って、目を瞑って心の中で唱えるの。


「キズニさま。キズニさま。ここで捧げます。ここで捧げます。私の名前は●●です。××への想いを遂げさせてください」





 見たところ、ここで書かれている“恋が叶うおまじない”は、現在の“好きな人と結ばれるおまじない”とほぼ同じ内容であるようだ。十年間内容が変わることなく、現在に受け継がれているということらしい。


「そしてこの書き込みがあってすぐに、小城真理奈は行方不明になっている。このおまじないは“人に教えてはならない”という前提条件があった。小城真理奈も、誰にも教えずおまじないを実行したはずだ。が、調べてみると彼女が行方不明になってすぐ、彼女が消えたのはおまじないに失敗したせいだという噂が流れたらしい」

「それって……」

「誰も消えたところを見てない、おまじないをしたことも言ってない。それなのに、彼女がおまじないで消えたと知っているとしたら、それは黒幕以外にはありえないだろう。黒幕は、十年前の段階で学校にいたんだ。そして、彼女がおまじないで消えたことにいろいろと尾ひれをつけて噂を流した。……生徒達がより、恐怖と興味を持つように。そうしなければいけない理由があったんだろう。……恐らくこのおまじないは、誰がやっても成功するものではなかったからだ」


 言われてみればその通りだ。実際、秀春や累矢は成績アップのおまじないをやったのに何事もなく生還している。一定の霊感やら素質やら、はたまた見えない条件に合致する人間でないと“キズニ様”は呼び出せないということなのかもしれなかった。

 そして、黒幕はその“キズニ様”を呼び出して。呼び出した人間が神隠しに遭うことを狙っているなら。そこにランダム性がある以上、母数を増やして対応するしかないということになるだろう。つまり、一人でも多くの人間がおまじないを試すように仕向ける、ということ。


「……その黒幕は、間違いなく今も学校にいて鬼を、その物語をコントロールしている」


 パソコンの位置を戻しながら、焔は告げた。


「この数日で一気に噂がさらに広まった。しかも、二日連続でその“ランダム”にひっかかって生徒が消えたんだ。まだ鬼使いの正体と、その目的ははっきりしないが……どうやら鬼使いは、ここで一気に仕掛けてくるつもりだぞ。お前も気を付けておけ」


 彼の危惧は、すぐに現実のものとなる。

 翌日、閃の耳に新たな噂が飛び込んできたからだ。――田中眞音が消えた、あの世から戻ってきた浅井るみなに連れ去られた、と。

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