<14・文集>
此処は図書室だぞ、と少々焔は呆れ果てた。昼休みの時間帯に、学校の図書室に来るような生徒は真面目で大人しいものだとばかり思っていたが、そういうわけでもないらしい。さっきから視線が痛い。自分が黒ずくめの格好をしているので不審がられているのかと思いきや、そういう理由ではなさそうなのがまた頭の痛いところである。
会話から明白なのだ。何故ならば。
「やだ、ちょっと目があった!」
二人組の女子が、小さく黄色い声を上げる。
「やっばいよね!?ジェニーズかな?」
「そっちよりも、なんか舞台役者っぽくない?すっごいイケメン……!」
「クールそう。どこの人かな?先生と一緒にいるから卒業生だったりする?」
「かもかも。新しい先生とかだったらラッキーだよねえ!」
悲しいかな、この手の会話を間近で交わされることは少なくない。どうにも、自分の容姿は一部の女子にとっては相当な“ストライク”に入るものであるらしい。
見た目を好ましいと思って貰うのは大変結構なことであるし、そういう感情に至るのは自由と言えば自由なのだが。焔は、自分の“見た目だけ”で過剰に態度を変えられるのが嫌いだった。やや童顔なので実年齢より下に見られる、それで馬鹿にされるのも嫌だが。それとは別に、顔だけで“素敵ですう!”なんて態度を取られるのは別方向に苦手なのである。
理由は単純明快。一目惚れ、というものをまったく信じていないから。
人の見た目だけで判断して、やれ惚れた腫れただの。人間、中身の相性が良くなければ友人としても恋人としてもやっていけないものである。第一印象というものを否定はしないが、そんなもの文字通り“印象”程度に留めておくのが一番ではないのか。
実際に接してみて、思った通りのキャラクターでなかったら“見た目通りじゃなかった!”と怒り出して八つ当たりしてくる奴なんぞ最悪だ。そっちが期待するのは勝手かもしれないが、それに応えるかどうかだってこっちの勝手である。そっちの期待を無理やり押しつけてきたくせに、やれ思った通りでなかったからお前が悪いと言わんばかりの態度はなんだ、腹立たしい。
ゆえに、見た目だけで人を判断しようとする輩が焔は基本的に好きではない。それが例え、焔の見かけで好意的に見る視線であっても――一目惚れと呼ばれるものであっても。
「腹が立つ」
「……お前昔からそうだよな」
図書室の、やや奥まった棚の前。焔の隣に立つ大柄な男はやや呆れたように言った。八辻高校、一年一組担任、そして一年生の英語教科担任でもある
「しょうがないじゃん、お前イケメンなんだから。外見でキャーキャー言われるくらい慣れろって……まあ図書室だからもうちょい静かに、っていうのはわかるけどさ」
やや小声気味で言う彼。向こうの女子達に聞こえないようにという、一応の配慮もあるだろう。
「俺の外見が美形だろうが不細工だろうがそんなことはどうだっていい。それで向こうが抱いたイメージを勝手に押しつけて美化した挙句、勝手に失望されて攻撃されるのが嫌いなだけだ。もっと言うと、見た目だけに囚われて肝心の中身を見ない輩が俺は大嫌いだ」
「……お前よっぽど、中身の評価低いのね。その毒舌と歯に衣着せない言動なんとかすればもっとモテるんじゃないの?」
「興味ないし、そんなくだらない理由で自分を変える理由もない」
「……ソウデスカ」
実際、大石の方が一般的には“モテる男性”なのだろうということはわかっている。本人にどこまで自覚があるかどうかわからないが、充分爽やか系イケメンに該当する容姿である上、コミュニケーション能力も高い。きっと授業も面白くこなせるし、生徒達にも男女問わず人気があるのだろう。まあ、オカルトサークルにおいては、その超のつく零感ぶりをいかんなく発揮して、まともなレポートが仕上がってくることはなかったわけだが。
そう、彼は自殺の名所らしき場所に行っても、どこかの荘厳な寺や神社や遺跡に行っても、まったく何も見ないことで有名だったのである。それだけなら普通に聞こえるかもしれないが、同行した別のサークルメンバーが口を揃えて“なんか白いの見たぁ!”と騒いだ旅館でさえ彼は何も見えず、何も感じずぐーすかぴーと寝ていたなんてこともあったのだ。ある意味、非常に幸せな人間といえる。根本的に怪異に巻き込まれにくいタイプと言えるのだから。
しかし裏を返すなら。そんな彼にさえ危険が迫っているサインが出ているともなると――相当状況が深刻であるとも言えるのである。今のところ大石本人に異変はないが、相変わらず彼から送られてくるメールには“疵”が浮かびあがっている。それも、日増しに色を濃くしている印象だ。本人もまったく気づかないところで、大きな怪異が進行している可能性は極めて高いということだろう。
「そんなどうでもいい話をしに来たんじゃない。何で俺が図書室に入れろとお前に交渉したかはわかってるだろう?」
無駄話をするつもりはない。暗にそう伝えると、彼はハイハイ!と両手を挙げて降参ポーズを取った。
「俺だって地雷に踏み込むほど暇じゃないし。ていうか、あの気の強い美園ちゃんが大人しーくお前の下で秘書やってる時点で、俺がお前に勝てる要素ゼロなんですわ。……とまあ冗談はそこまでにして。おまじないの話だけど、俺はそういうの興味なかったから……あんまり他の生徒から聴いたことなくてさ。お前がまだ知らない三つのうち、知らないのはあと一つだけなんだよな」
言いながら大石が教えてくれたのは、屋上で行うおまじないである。
おまじないその五。
合格率アップのおまじない。制約は、“午後四時から午後六時までの間に実行する”ことと。必要な道具はなんらかの針。これは後で回収できないので、なくなってもいいものを使用するべし。屋上の給水塔の裏に針を捨てて、両手を二回叩く。そのあとに屋上のフェンスごしにぐるりと時計回りで一周して呪文と唱えて終わり。
この呪文を唱えた後で、屋上から下に続くドアの向こうから物音がしたり、勝手にドアが開いたりするようなことがあるとキズニ様が現れた証拠となり、願いが叶う確率がアップするのだという。
ちなみにこの合格率アップ、というのは受験のみならず、それ以外の資格でも適用されるらしい。単純な“成績アップのおまじない”とそこで差別化しているということらしかった。
「悪いけど、残り二つは俺もちょっと知らない。それとなく最近生徒に聴いて回ってはいるんだけど……そもそも生徒間でも、おまじないを全部知ってるって人は少ないみたいでさ。自分が使いそうなおまじないとか、興味のあるおままじないだけ知ってるって子が多くて、お前から聴いてた前四つのどれか一つか二つだけ、って子が少なくなかったんだよ」
「まあ、学園七不思議とはそこが違うんだろう。七つ怪談を知ると不思議なことが起きる……というものでもないからな。自分の興味のある一つ二つで満足するのは珍しくない」
そう思うと、むしろ四つも知っていた古市閃の妹は詳しい方だったと言えるだろう。友人の多い、恋も悩みも多い少女だったと聞く。友達同士でそういった話題で盛り上がることも少なくなかったに違いない――それが、己を殺しかねない危険物などと知る由もなく。
「おまじないがいつから?なのかも俺にはちょっとわかんない。俺はまだ、この学校に来て二年も過ぎてないしな」
申し訳ないそうに大石は告げた。
「ただ……他の先生達も結構気になってはいるみたいだ。昔は七つの怪談だったのが、いつの間にかおまじないになって。おまじないになってから、生徒が不自然に失踪することがちらほらあるようになった、って思ってる先生は他にもいるっぽい。で、俺が職員室で“いつおまじないになったんですかねー”ってそれとなく話を振ったら、すっごく昔からここで教師やってて、今は教頭やってる先生がこんなこと言ったんだよな」
『そういえば、一時期話題になったことがあったような。確かあれも秋頃……十年くらい前。女子生徒が一人行方不明になったんですよね。その頃くらいじゃないでしょうか、この学校でおまじないが流行し始めたのは』
「すごくぼんやりしてるし、本当かどうかわからないんだけどな。……お前なら、この情報だけでも“使える”んじゃないのか?そのために、わざわざ俺に連絡してまで学校の図書館に入ったんだろ?」
大学時代から、焔の能力がどういったものなのかよく知っている大石だからこその発言。焔は頷く。
「恩に着る、大石」
焔は、この高校の卒業アルバムと文集がずらりと並んだ棚を睨んだ。そう、昔ならともかく、今はセキュリティーががっちがちになった時代。外部に、卒業生や在校生一覧の情報が流出することは滅多にない、というかあってはならない。生徒達の情報を調べたいなら、その学校に直接足を運んで、それこそ図書館で貸出禁止となっている書庫のアルバムや文集をその場で引っ張り出して見るしかないのだ。
――十年くらい前、がぴったり十年とは限らない。とりあえず、十一年前、十年前、九年前の三年間で絞る。それで“無い”ならさらに前後一年……!
いなくなった、該当の生徒が何年生だったのかもわからない。文集にその名前があるとは限らない。ただ、大石いわくこの学校では、授業の一環で全学年二回ずつ、生徒達に作文を書かせて文集を作るということをしているという。秋頃、というのなら一年生であっても一回目の文集にまず作品を載せているはず、とのこと。ならば。
「わわわ、わ!おま、もっと丁寧に扱えって!図書館の本だからな!」
「煩い」
本棚から、その三年間分の文集を取り出してぽいぽいぽい、と大石の方に投げる。高校まではテニス部であり、今でもそこそこ屈強な体格を維持している男は慌てながらも器用に全ての本をキャッチした。そしてそのまま彼に近くのテーブルまで本を運ばせると、一冊ずつ手渡すように指示を出す。
俺完全に使われてるう!とかなんとか言っているが無視である。
「……十一年前、前期文集……違う。後期……これも違う」
目次に人物の名前が書いてあったら一発なのに、残念ながらこの文集には一人一人の目次がない。仕方なく、全文集をパラパラと捲って、生徒の名前をチェックしていくことになる。
そう、焔が見たいのは、名前だ。
なんらかの事情で死んでいる生徒、の名前なら、自分は“視てわかる”。ついでに、どうして死んだのか、その背景もうっすらと透かせる。焔の能力はそういう類のものだった。閃に語った通り、文字を通してその人物に関わる情報が見えることが多いのだ。
もし、あのおまじないによって死んだ生徒がその中にいるのなら。必ずその“名前”にも異変が起きているはずである。十一年前の文集の生徒名には、誰も彼も特に異変はなかった。今すぐ死にそうな危機に陥っている者もいなければ、既に死んでいる者もいないようだ。
しかし。
「十年前、前期……」
今回の作業は楽だったな。それを見つけた途端、焔はそう結論を出した。文集の、それも比較的早いページでその名前を見つけることができたからである。
死者特有の影。そして、名前に刻まれた、真っ赤な疵――。
「見つけた」
そして、女子。ほぼ間違いないと言っていいだろう。
「2011年、一年二組。……小城真理奈」
恋愛に関する考察ともとれる、そんな作文を載せている少女。
教頭の話が正しいのなら――彼女が恐らく、一番最初の“おまじない”の犠牲者だろう。
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