<11・疑問>
――おまじないをやったことが、トリガーってわけじゃないのか?
翌日。朝練前のロッカールームで着替えをしながら、閃は悶々と昨日のことを考えていた。
焔に半ば強引に引っ張り出されて、休んでいるはずの学校に行った昼。秀晴から話を聴いたことで、ますます今回の事件のことがわからなくなってしまった。
妹は、おまじないを行ったせいで神隠しに遭ったとばかり思っていた。しかし、同じおまじないをやったにも関わらず秀晴とその友人達には何も起きなかったという証言がある。
それは、彼等がおまじないをやったのが中間テスト前――ようや数か月ほど前だったのが原因なのか。それとも彼等には、鬼に浚われるような条件に該当するものがなかったのか。逆に、彼等の中にそういうものを弾く能力者がいた、なんてことも考えられなくはないが。
――もしくは、複数人で立ち会ったから駄目だったとか、やり方が違ってた?いや、昨日聴いた限りでやり方に違いはなかったような。
人数がトリガーになった可能性はある。二人よりも多くの人間で行ったから異変が起きなかったとか。あるいは単純に、ランダム要素のあるおまじないということも――。
――駄目だ、考えても全く答えが出ねえ。
とにかく早く着替えてしまわなければ、とユニフォームを上から被ったところで、閃は肩を叩かれる。
「閃、ちょっといいか?」
「あ?」
後ろに立っていたのは、たった今記憶に上らせていた一年生ポイントガードの降幡秀晴と、閃と同様一年生ながらにしてレギュラーを勝ち取ったセンターの米倉累矢である。こうして見ると、なんとも体格差が歴然だ。バスケをやるにしては小柄な降幡と、一年生離れした立派な体格の累矢。累矢に至っては、長身の閃よりもさらに縦も横もデカい。だからこそセンターなんて大事なポジションを任されているわけであったが。
「昨日のな。あの新倉さんって探偵と話してたことなんだけど」
秀晴がそう切り出してきたので、つい閃は警戒してしまう。
「え、お前まじであの人狙ってんの?雇っておいてなんだけど滅茶苦茶エラそうで神経質っぽいけどいいの?」
「酷い評価だな!?って確かに俺の好みの直球ストライクってかんじだけどそうじゃなくて!」
「ストライクなのかよ」
「お前の妹ちゃんがやったっていうおまじない話だよ。俺がやった時はマジで何も起きなかったって言っただろ?累矢と、あと他にも参加してた奴らに一応話聞いてみたけど、今に至るまでやっぱおかしなことは起きてないっていうんだよ」
ちゃんと真面目な話だったらしい。閃は真正面から秀春に向き直る。
昨日の段階で聴いていたことだ。秀晴が面白がっておまじないを一緒に実行したメンバーには、今横にいる累矢もいたということを。さらに、バスケ部の一年生がもう一人、秀晴のクラスメートが二人で合計五人で階段に突撃したのだそうだ。でかい男達がわいわいしている図はなかなかシュールなものである。呪文や手順を間違えたつもりはないが、ふざけていたので多少呪文の数が多かったり台詞を間違えた可能性もゼロではないとは聞いていた。
有りがたいことに。秀晴や累矢は、閃の“おまじないをやったら妹が消えた”話を信じてくれているらしい。さすがに、妹が血まみれにされた場面を事細かに語ってはいないが、突飛すぎる話を疑わないでいてくれるだけで有りがたいことではあった。正直、実際に自分の目で見た閃本人でさえ今だに半信半疑なのである。何も見てない他人が疑っても仕方ないことではあっただろう。
「俺のおふくろ、八辻高校の卒業生でさ」
累矢がためらいがちに口を開く。
「昨日の夕飯の時、おふくろにそれとなく話振ってみたんだよ。七不思議ならぬ七つのおまじないのこと。そしたら、そんなもん知らねえって言うんだ」
「え」
どういうことだ。閃は目を見開いた。このおまじないは、学校の守護霊であるキズニ様の力を借りるもの、だとされている。そのエピソードが本当なら、キズニ様に関するおまじないも創立当初からないと違和感があるではないか。
それが、たかだか数十年前には存在していなかったというのか?たまたま彼の母親が、そういうものに興味が疎くて知らなかったというのなら話は別だが――。
「おふくろ、今四十八歳。特に留年とかしてねえから、卒業したのは三十年前……になるか?興味がなかったから知らなかったってことはないはずだ、おふくろはオカルト研究会に入ってて七不思議とか調べてたっていうし。あ、学校の七不思議ってのは当時もあったみたいだけど、今のおまじないとは全然違うらしいぞ」
偶然知らなかった、パターンではないらしい。オカルト研究会に入るほど興味のある人間が取りこぼしたということはないだろう。というか、おまじない以外にも七不思議があったなんて完全に初耳だ。それこそ、今の学校の生徒で知っている人間などいるかどうか。
「……俺も、おまじないじゃない七不思議なんか知らないんだよな」
困惑したように頭を掻く秀晴。
「なんかおかしくねー?キズニ様はこの学校の守り神様のはずなのに」
「そうなんだよ。おふくろに訊いたら、“キズニ様?なにそれ?”って言われたんだよ」
「……ってことは」
この時、閃の脳裏に蘇ったのは焔と事務所で交わした会話だ。
『害のある異界と契約を結び、あるいはその力を借りる方法を知った上で……悪意ある物語を作って顕現するもの。俺はその顕現されたものを“鬼”と呼び、そいつらの創作者や使役者を“鬼使い”と呼ぶ。一般の怪談や幽霊との最大の違いは、人が無意識に作ったり呼んだものか、あるいは悪意ある個人や組織が作って使役しようとしたものかどうかの違いだ。最終的には作ったはいいが使役に失敗して、鬼使いもろともみんな死ぬケースもあるんだがな』
鬼。
それがどういうものなのか、なんとなく察してしまった瞬間だった。
誰かが異界の“やばいもの”を呼び込むために、それに相応しい“物語”を作って流している。そういうことをした鬼使い、犯人は。少なくとも、三十年なんて昔の人間ではない、ということだ。
「なんかキナ臭いんだよ。単なる神隠しな事件ってだけじゃないかもしれねえ」
あのさ、と真剣そのものの表情で秀晴が告げた。
「俺は、鈴ちゃんのことは確かに心配だけど、友達としてお前のことも心配してるんだ。犯人がニンゲンだろうがそうじゃないオバケの類なんだろうが、どっちにしてもヤバイ臭いがプンプンするのは確かだ。退き際は誤るなよ。鈴ちゃんだけじゃなくて、ちゃんとお前の身の安全も確保しろよな。俺らも、また新しく何かわかったら教えるからさ」
「秀晴の言う通りだ。鈴ちゃんには戻ってきてほしいけど、お前はうちの部のホープだし、みんなにとっても大事な存在だって忘れるなよな」
「……二人とも……」
持つべきものは友人である。ちょっとだけ感激して、閃は目を潤ませた。
次の瞬間。
「そこの一年ボウズどもおおお!何いつまでもくっちゃべってんだ、あぁ!?」
「ひいいいいいいいいい!?」
すぱあああん!という勢いで開かれるロッカー。か細い男子高校生達の悲鳴が上がる。突撃してきたのは、鬼の女子マネージャーこと三年生の
「いつまでもサボってると、全員全裸でひん剥いて外に放り出すぞ!?」
「わああああすみませんすみませんすみません!!」
ユニフォームまで着替えてから雑談しててまだ良かった。慌ててズボンを履き替えている友人達を横目で見ながら、慌ててロッカールームを飛び出した閃であった。
***
このバスケ部にいる唯一の女子がアレである。癒しが欲しい!なんて思ってしまう累矢の気持ちもわからないではない(まあ、あの鈴に癒し要素を求めるのは大きな間違いと言わざるをえないが)。おまじないの類は女子の方が基本的に詳しいと相場が決まっているが、サボっていた男子達への諒子の目は非常に冷たく、とてもじゃないが朝練後に話が訊ける空気ではなかった。
とりあえず練習が終わって教室に急いで戻ったところで、教わった焔のメールアドレスにメールを送信。秀晴、累矢の二人から聴いた情報を彼に送っておくことにする。本人もいろいろと調べてみるとは言っていたが、具体的には何をするつもりなのか。部外者である以上、学校に簡単には入れないのは確かなはず。勿論、この学校にいるという彼の友人・大石教諭の手を借りれば可能かもしれないが。
――おまじないは、三十年くらい前にはなかったっぽい。最初は別の七不思議があったっぽい。でもって、その七不思議の内容は以下の通り。
累矢も、母から詳しく七不思議について聴けたわけではないと言っていた。それでも、大まかな表題くらいは教えて貰えたそうだ。昔も今も都市伝説や七不思議が大好きで趣味で調べているという彼の母は、矢辻高校の七不思議についてもばっちり暗記していたというのである。
七不思議は、以下の通り。
一、音楽室の増えるメトロノーム。
二、裏門で見える白い人影。
三、屋上で待つミミコさん。
四、家庭科室のケーキ。
五、理科準備室から目が覗く。
六、花壇に埋まる顔。
七、無限に増える階段。
――偶然、じゃ、ないよな、これ……。
まだ、全てが判明しているわけではないが。閃が現時点で知っているおまじないは、以下の四つだ。
おまじないその一。
好きな人と結ばれるおまじない。制約は、“誰にもおまじないについて教えないこと”と“夜七時以降に実行する”こと。必要な道具は鋏。七時以降に、西棟三階の家庭科室の前の廊下に立って、目をつむって呪文を唱える。
おまじないその二。
金運アップのおまじない。制約は、“午前零時から朝の七時までの間に実行する”こと。必要な道具は針。それを持って、東棟一階の理科準備室の前に立って呪文を唱える。
おまじないその三。
なくした物が見つかるおまじない。制約は、“おまじないをするところを誰にも見られない”こと。必要な道具は安全ピン。東棟裏の旧花壇に安全ピンを埋めて、呪文を唱える。
おまじないその四。
成績アップのおまじない。制約は、“午後七時以降に実行する”ことと、“火曜日か金曜日に実行する”こと。必要な道具は特にないが、できれば金属製の何かがあると効果がアップする。西棟一階、西端の階段。呪文を唱えながら二階まで上がる、一階まで降りる、再び二階まで上がるという行為をする。
そして、焔が察知したのが正しいというのなら、既に残る三つのおまじないの場所も当たりがついてはいる。
『音楽室、裏門、屋上。多分その三つだろう。知ってそうな人間に訊いて調べておけ』
見事なまでに、旧七不思議と場所が丸被りしている。
まるで元の七つの怪談の上から、七つのおまじないの話で上書きを書けたかのように。
――おまじないは、いつからおまじないとしてそこにあるんだ?……俺らより年上の人に、なんとか話が訊けないものか……。
「みんな、席についてー!」
そこまで考えたところで、教室の前の引き戸が開いて先生が顔を出した。
「みんな、ホームルームの前にちょっとお話があるから聴いて頂戴ね。大事なことだから」
彼女はやや声を潜めて言ったのである。
「一昨日、古市閃君の妹さんである、古市鈴さんが行方不明になったことは話したと思うんだけど。実は昨日も一人、女の子がいなくなったことがわかって、みんなで行方を捜しています。三年生の浅井るみなさん……どなたかご存知ないかしら?昨日の夜こっそり、お友達と遊びに出ていたみたいで、学校の付近で目撃されたのが最後なのよね」
教室が、大きくざわついた。
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