<9・探偵>
自分一応、依頼人なのでは?あれ、おかしいな全然お客様扱いされてなくないか?閃はものすごく恨めしい気持ちで、出かける準備をする焔の背中を見ていた。
確かに、依頼料はこれくらいになるがいいか?と言われて払いきれない金額を提示されてひっくり返ったのは事実だ。このぼったくりめ!とつい叫んでしまって機嫌を損ねたことは自分の落ち度だったと言えなくもない。それなら相談料だけ払って帰るか、バイトして払えと言われてしまい、結局状況的に後者を選ばざるをえなかったのは確かだろう。
だが、しかし。
何もここで働くとは言ってない段階から、“今から行くから準備しろ下僕”呼ばわりはないのではなかろうか!
「……えっと、マジでごめんね、うちの所長あんなんで」
唖然とするしかない閃に、こそっと美園が囁いた。
「能力的にはちゃんと優秀なんだけど、人格には結構問題あるというか。毒舌家というか、空気読まないでずけずけ突っ込んでくるというか、それでいて言うべき言葉も足らないというか。何考えてるのか、私にもよく分からないこと多くて……」
「堂島さん、長いお付き合いってわけではないんですか?」
「大学時代からの付き合いだけど、事務所開くって言い出してここで仕事始めてから、実はまだ一年経ってないんだよね。卒業してからは暫く会ってなかったし……」
まあ、と彼女は続ける。
「……妹さんが亡くなってから余計、鬼に執着するようになったんだろうけど。だからまあ、閃君を助けてあげたいと思ってるのは本当だと思うよ。実際この依頼のために、今日の予定開けてたくらいなんだから」
それはまあ、感謝するべきことなのかもしれないが。と、閃は再び焔の方へ視線をやって思う。
――この人、妹がいたのか。
しかも、亡くなっているときた。彼なりに思うところがあるというのは本当なのかもしれない。しかもこの流れから言って、何か鬼絡みの案件で亡くなっていそうだ。
何があったんですか、と尋ねかけたところで。
「お前ら、何をこそこそ話してるんだ。行くぞ」
「あ、ハイ……」
「それと堂島、メールチェックして本物の可能性がまったくなさそうな案件はお前で断っておけ。それと報告書。あとホームページ制作の依頼の件はどうなってる?」
「はいはいはいはい。全部やっときますからお気になさらず!ほれさっさと行ってきてくださいよ、どうせすぐ帰ってくるんでしょーが」
しっし、とまるで犬でも追い払うような仕草をする美園である。所長も所長だが、秘書も秘書でまるっきり敬意がなさそうなのがアレである。一応雇い主になるのではないのか。なんでこの人この事務所で働くことにしたんだろう、と美園を見て疑問に思う閃である。
人には人の事情があるし、それは例の“妹さんが亡くなった件”と関わりがあるのかもしれない。赤の他人である以上、深く詮索するのもどうかとは思うけれど。
「あーあー……私事務仕事とか苦手なのになー。ファイルすぐどっかに行っちゃうしー」
事務所を出るところで、後ろからそんな美園の声がした。
いやだから、なんで事務職員やってるんですか、アナタ。
***
そもそもの問題。
「あんた、部外者っすよね?」
段々丁寧に対応するのがバカらしくなってきた閃は、焔に告げる。
「そろそろ昼休みの時間つっても。部外者は学校に入れないと思うんですけど?ていうか、俺も今日学校休んでるのにここに来るの気まずいんですが?」
「お前の事情なんか知らない」
「ストレートにどうも!」
「それに今日は校舎の中に入るつもりもない。ぐるっと見て回るだけだ。それに、この場所に来た時点で俺の目的はある程度達成されているからな」
「はあ?」
新倉心霊相談所がある場所は、学校の最寄駅のすぐ近く。つまり、相談所から学校までは徒歩ですぐの距離である。正門の前に到着したところでこんな会話が交わされているわけだが、閃はさっぱり意味がわからない。
この男が、人の事情を顧みてくれるタイプでないのはもう充分お察しなわけだが。それはそれとして、この場所に来るだけでいいというのはどういうことか。
「……こうして校舎見上げてるだけでも、何か見えるものがあるってこと?」
タイミング良く、チャイムが鳴った。そろそろお昼の争奪戦――一部の生徒が購買ダッシュに走るタイミングだろう。と、思っていたら西校舎と東校舎の渡り廊下を突っ走っていく男子の集団が。東校舎の一階の購買部には、数量限定の激ウマな焼きそパンとウインナードッグ、卵入りカレーパンがあるのだ。好きなやつは一度に大量に買い込むので
「見えなくもないが、それ以前にも意味がある。……元気だなあいつら」
「うちの購買部のパン美味しいんで。ただし買うには命賭ける必要があるし、複数買うならブッコロされる覚悟が要求される」
「物騒過ぎるだろ」
血眼でダッシュを決める生徒たちの姿を彼も見たようで、呆れ半分に言われてしまった。なんとも正論なツッコミどうも、である。まあ、血気盛んで食べざかり育ち盛りな運動部の男子高校生にとって、お昼のご飯の時間の重要性は言うまでもないことなのだ。きちんと食べないとあっという間に体力ゲージが尽きて倒れる。時々HPが赤く点滅してるであろうクラスメートが机に突っ伏して死んでいるのを目撃するから尚更だ。
ちなみに、時々屈強な男子たちに負けずに購買に走り、パンを勝ち取ってくる猛者な女子もいるから侮れない。うちのバカ妹もその一人である。まあ、彼女は実際女子としてはマッチョな方なのも確かだが。
「俺の体質のようなのだ。例えば、今の段階で“この校舎に入ったら即座に死ぬ”状況にある場合。俺はこの学校に近づけない」
「結界とかに阻まれるとかいう?」
「違う。物理的に近づけない状況に追い込まれる。例えば途中の道が全部工事中で通れなくなったり、車で移動してたら不自然にバッテリーが上がって立ち往生したりする。この学校を写真などで見るだけでヤバい場合は、その写真を誰かから送り付けられてもエラーが起きて写真だけ表示されない事態に陥る。……だから俺自身は、俺を標的にしてくる可能性のある怪異からは嫌でも遠ざけられるんだ。この学校に俺が近づける、入れる、見れるということは。現段階で、この場所に入ること自体にはそこまでの危険性がないことを意味している」
「へえ……」
なんていうか、と閃は素直な感想を抱いた。そしてつい呟いてしまった。
「いつも安全圏から対処できるってことか。便利な能力だな、ソレ」
その時、彼は何を思ったのだろうか。ほんの少し、本当に少したけれど――焔の細い肩が揺れたような気がしたから。
「本当に便利だと思うなら、気楽な奴だな」
「あ?」
「……助けに行けないんだぞ。たとえ、命より大事な奴が、怪異で死にかかっていても……自分に危険があるなら自分の意志とは関係なく近付けない。お前はそんな能力がお望みか?」
淡々とした口調だった。それだけに、閃は己の失言を悟ってしまう。
「……すんません」
言われてみればそのとおりだ。想像力があまりにも及んでいなかった。ひょっとしたら、彼の妹が死んだという件もそうだったのかもしれない。彼は妹を助けたかったのに、その体質とやらのせいで助けに行くこともできなくて――それで。
「くだらない話をした。さっさと行くぞ。敷地を一周する」
「あ、ちょっと!」
気まずい空気はあっさりと霧散した。閃が何かを尋ねるよりも先に、スタスタと焔は歩き出してしまう。
結局、詳しいことはまたしても訊きそびれてしまった形だった。それを尋ねるのが、果たして正しいことであったかは別として。
***
彼は本当に、校舎に入らずぐるりと敷地内を一周して正門まで帰ってきた。一体何がしたかったのかさっぱりわからない。閃が戸惑って質問を投げようとすると、彼は。
「判明してない七不思議はあと三つだったな?」
「へ?……まあ」
「音楽室、裏門、屋上。多分その三つだろう。知ってそうな人間に訊いて調べておけ」
「!」
呆気にとられて、まじまじと彼の顔を見てしまう。校舎の中にも入ってない。外から建物を見たり、門の前をちら見したりしただけだ(あまりにも堂々を歩いているせいか、すれ違った誰からも不審がられていないようだった。一部女子から黄色い声が飛んできたのがなんとも忌々しい)。
「……ちら見しただけなのに、わかるんです?」
もしそうなら、この人は文字通り“凄い霊能者”ってことになるのではないか。ざっと勿論現段階で真偽ははっきりしてないが――。
「せーん!」
「どわっ!」
完全な不意打ちタックルを食らって、閃は思わずつんのめりそうになった。この突発的すぎるスキンシップにデカい声は間違えようがない。
「コケるだろ
同じバスケ部の
「お前が俺のタックルごときでコケるものか!ていうかそれでコケるようなら修行が足りん!」
「修行じゃなくて練習な!」
「そんな細かなツッコミなんぞどうでもいいわ、閃。お前今日学校休んだんじゃねーの?なんで来てんの?ていうかそこのキラキラした眼鏡のイケメンのオニーサン誰?紹介して?」
「相変わらず節操ねーな!?」
そうだった、こいつ開き直ったバイセクシュアルだった、と思い出す。好みのイケメンや美少女は片っ端から口説くというプレイボーイ、そして超面食い。目の前の焔が機嫌を損ねていなければいいが、と思っていると。
「“探偵”の、新倉焔と言います」
愛想はない、が一応丁寧語で彼は喋りだした。あんたって敬語使えたの!?と心の中でつい突っ込んでしまう閃。
そしてどうやら、霊能者だなんて名乗るつもりはないらしい。こっちとしても、胡散臭いと思われるのはわかりきっているので有難いが。
「古市閃さんの妹である、古市鈴さんの行方不明事件について調査しています。古市鈴さんは、学校で有名なおまじないを試した後でいなくなっているらしいのですが……そのおまじないや、おまじないを行う場所に関して何かご存知のことはありませんか?昨夜の七時頃から八時にかけて、奇妙な音や現象を目撃していないかどうかについても」
「探偵さん?……へえ、閃、お前探偵雇う金とかあったんだ?」
「……ほっとけ」
実質あとでバイトで返す=借金みたいなもんですけど、とは言えない。秀晴はさほど気にした様子もなく、うーん?と首を傾げる。
「おまじないかぁ。あんまり俺はよく知らねーんだよな。階段でやる成績上がるおまじないだけ、友達と面白半分で試したことあったんすけどねー。それだけ」
「!?」
成績が上がるおまじない。閃はぎょっとして、思わず秀晴を見る。焔の目が鋭く光るのが見えた、気がした。
「あれ効果あったのかな。中間テスト前にやって、ちょっと点数が良くなった気がしたけど……まあ普通に勉強したしなあ。でもって昨日の七時とか八時に関しては、練習終わってからすぐ帰ったからあんまり詳しいことは……って、お二人さんなんで固まってんの?」
「…………」
そりゃ、固まりもするというものだ。閃は困惑するしかない。彼が試したおまじないは、高い確率で鈴がやったものと同じものだろう。
しかし、秀晴は消えていない。中間テスト前ならば、もう何ヶ月も過ぎているにも関わらず。
――どういうこと、だ?
おまじないをやった人間が、全て消えるわけではないのだろうか。
新たに増えた情報は、ますます閃を困惑させるに十分なものであったのである。
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