<7・予見>

 話をひとしきり聴いて貰ったところで、閃はどうしても気になっていたことを尋ねた。


「……その、新倉さん、は。今日、俺が此処に来ることが分かってたんですか?」


 彼は初手で、自分が名乗る前に名前を当てて来た。それだけではない、ひょっとしたらさっきの女性を早々に追い返そうとした理由も、自分が来ると分かっていたからではなかろうか。


「新倉先輩は“鬼殺し”ですから。悪霊とかも対応しますけど、本業は鬼の対処ですからねー」


 答えたのは、秘書っぽいことをしているらしい堂島美園とかいう女性だ。お茶を入れてくれた時のお盆を、器用にくるくると回している。先輩、という呼び方をしているところからして元々同じ学校に通っていたとかそういうオチだろうか。焔がやや童顔なこともあり、彼女の方が若干年上に見えてしまう。茶髪でしっかり化粧をしているせいもあるだろう。どうしても、男性以上に女性の外見年齢はメイクや服装に左右されがちである。


「鬼が出たら、基本的にそれ以外の仕事全部後回しになるので。今日は古市クンが来るのが分かってたから、朝から全部仕事断ってたんだよね。さっきみたいに断ったのにこっちの許可なく押しかけてきた迷惑な人を除けば」

「おい堂島。いつまでも先輩呼びはやめろと言っただろ。俺とお前はもう大学の先輩後輩じゃないんだ」

「あ、すみません、つい。なんか癖になちゃってまして」

「ったく」


 あ、やっぱりそういう関係なのね、と納得する。生真面目で潔癖そうな焔と、明朗快活なお姉さんといった印象の美園。対人交渉とかは全部美園がやってそう、となんとなく思ってしまう。いかんせん、焔が人と楽しく話すようなキャラには到底見えないからだ。


「……さっきの話で多少想像はついただろうが。俺は、メールとか、文字とかから何かを読み取ることが多い。正確には、視覚情報で何かを訴えかけられることが多いと言うべきか」

「なんか、相手から貰ったメールの文字が歪んだりする、んでしたっけ?」

「ああ。これは相手が依頼者でなくても適用される。知り合いや友達に人あらざるものの危険が迫っていると、文字が滲んだり妙な影が見えたり、場合によってはくっきりとビジョンとして投影されることもあるな。ただ、俺の能力は異界のものに限定されるから、人の悪意によるものや自然災害のものは予知できない。俺自身に関する危険も察知“は”難しい。俺が見えるのは他人や、モノに憑いたものだけだからな」


 その上で、と彼は話を続ける。


「お前の名前が最初から見えていたわけじゃない。……八辻高校の教員に俺の知り合いがいて、そいつとは頻繁にメールやLANEのやり取りをしてたんだが。一週間ほど前から、そいつの送ってくる文章の上に妙なものが見えるようになった。爪で引っ掻いたような、引き裂いたような……妙な“疵”だ」

「!」


 きず。

 思わず肩が撥ねた。閃が反応した理由など、さきほど事情を聴いた焔には語るまでもないだろう。閃は見ている――自分と鈴を追いかけてきた、奇妙な疵を。どこまでも追いかけてきて、追い詰めてきた、疵そのものかそれを引き起こす目に見えないナニカの姿を。


「元より、あの八辻高校は場所が悪い。邪気が溜まりやすいのか、立地が良くないのか、あそこでは小規模な霊的トラブルが頻発している。だから、今までも多少異変が見えたくらいでは放置していた。一つ一つ対処していてもキリがなかったし、言っちゃなんだが何かが憑りついているわけでもない“環境が悪いもの”は、単純に祓って解決するようなものでもないからな。一辺学校を壊して土地そのものを更地にしてリセットして、どうにか根本的解決が図れるかどうかって話だ。人命に直接的危険が及ぶ域でないならほっとくしかないと思った。……が、今回は流石に別だ。あれは確実に、大勢の人間を死に至らしめる部類。それも、鬼の仕業だと判断した」

「鬼……」

「その友人は今のところ大きな被害を受けた様子もなく、普通にあの高校で教師をやっている。……一年生のどこかのクラスの担任だというから、お前も知ってるんじゃないか?大石勲平おおいしくんぺいという英語教師だが」

「ああ、その先生なら担任じゃないけど、英語の教科担任して貰ってます。って……」


 ん?とそこまで聴いて閃は首を傾げる。

 大石教諭は焔と同年代くらいの先生だ。大学時代の友人なのかもしれない。彼が教えてくれるようになってから、英語の時間が苦ではなくなったという生徒は少なくないだろう。海外で放送されている日本のアニメの英訳版を見せてくれたり、英語の面白い歌を流してくれたりするのでなかなか授業が面白いのだ。あと、本人のトーク力も高い。ジョークを飛ばしつつ、生徒を退屈させない授業を展開してくれる。

 で、その先生だが。面白い人である反面、男性であるし、正直あの生徒達に人気の“七不思議のおまじない”を実行しそうなタイプには見えないのだ。というか、あれを積極的に試すのはどちらかというと学校に通っている女生徒達だろう。少なくとも既婚者の先生が、恋のおまじないや成績アップのおまじないをする意義は見えない。内容的に見ても全般的に、生徒が実行することを想定して作られたおまじないだろうから尚更に。

 それに加えて、自分と鈴の場合はおまじないをしたその瞬間からもう怪異に襲われて、即座に鈴は浚われてしまっているわけで。

 先生がまだ無事で、普通に授業をしているということは、直接怪異に襲われたわけではないということ。それなのに、その先生のメールから、危険を知らせるサインが出たということは――。


「ひょっとして……学校全体が、危ないってこと?鈴がいなくなった、だけじゃなくて?」


 閃の言葉に、焔は頷いた。


「理解が早いようで助かるな。……大石は俺と同じ大学で、オカルト研究会に入っていた。でもって、俺の傍にいて“そういうもの”の危険性は間近で見ている。幽霊だか悪霊だか悪魔だか異世界人だか異星人だか知らないが、とにかく“人が触れたらその時点でアウトなもの”がこの世には溢れていることを理解しているんだ。積極的に、得体の知れないおまじないに手を出すはずがない。にも拘らず、奴からその兆候が出ているということは、奴個人がどうというものではない可能性があると判断した。ゆえに、俺は奴と会って、奴が学校関係者らと交わしたメールの多くを見せてもらった。表題だけでも充分だ、それだけで俺には“視える”からな」

「ってことは、もしかして……」

「八辻高校に通っている生徒、教員、事務員、警備員。……奴がメールを見せてきた関係者の“全員”に同じ兆候があった。学校に出入りしたことがあるだけの外部の人間のメールにサインはなし。ということは、学校関係者全員を巻き込むような何かが起きている、ということだな」

「ま、マジで……?」


 なんだろう。単に鈴だけを助けてくれればOK、という話ではなくなっているような。

 というか、ひょっとしたら自分は、想像していたよりも危ないことに巻き込まれているのだろうか。いや、それどころか鈴がおまじないをしなくても、危険な目に遭っていた可能性があるということか?


「学校関係者が全員死ぬかもしれないような怪異、しかも大石が巻き込まれる可能性が高いとなれば見過ごすわけにもいかない。しかも、“疵”からはうっすらと鬼の気配がしたからな。それで、俺の方でも矢辻高校に関することをいろいろと調べている最中だった。そうしたら、カレンダーの今日の日付にお前の名前が浮かぶ現象が発生したのが三日前。お前が此処に来るとわかって、慌ててそれ以外の仕事を全部片づけるなりキャンセルするなりしていたわけだ。具体的に名前が見えるのは珍しい。よほどお前とは妙な縁があるようだな」


 もう、ぽかんと口を開けるしかない。さっきから、寝耳に水な話ばかりである。もしも自分が目の前で“キズニ様”の怪異を見ていなかったら、焔のこんな話も荒唐無稽だと一笑に付していたかもしれなかった。――いや、確かに今までにもそういうオカルトな現象を見たことがなかったわけではないが。それが本当に“オカルト”だと確信を持っていたわけではないし、というかあまり信じたくもなかったというのが正しい。

 ただ、実際に鈴は血まみれになってあちら側に浚われ、焔にはその霊能力とやらの片鱗を見せられている。どっちみち、鈴を助けるために出来ることは全部するつもりでいたのだ――彼が本物であると信じて、ここは頼ってみるしかないだろう。


「その、新倉焔、さん」


 残念ながら頭の中がぐっちゃぐちゃで、情報の整理が追い付いていないけれど。とりあえず、これは真っ先に訊いておくべきことだろう。


「さっきから言ってる、鬼って……なんなんですか?妹は、鈴は……助かるんですか?」


 閃の言葉に、焔は一言“鬼とお前の妹の気力次第だな”と答えた。


「それを説明するにはまず、俺やお前が幽霊や悪霊と呼んでいるものに関して多少解説を入れる必要がある。……先に結論を言っておくか。俺は他に呼びようがないから“霊能者”を名乗っているだけで、実際自分が霊能者かどうかなんて自分でもよくわかっていない。自分に見えているものがどこ世界のどういう類で、自分の見ているただの幻である可能性も充分あると思っている」

「え、えええ……?」

「そもそもの話、幽霊も妖怪も天使も悪魔も神も、何一つ科学的に解明などされていないだろう?実在するかどうか、機械で数値化できるものでもなし。何故そんな話があるかと言えば単純明快、“視たと言う誰かが、それをそういう名前で呼んだ”に過ぎない。つまり、同じものを見ても“それは幽霊だ”と考える人間もいれば、“科学現象だ”という人間も“神様だ”という人間もいる。同じ事実を見ているはずなのに、観測者の数によっていかようにも真実が変わってしまうという具体例だ。だから不思議なものが見えたからといって、それを幽霊と断じることは極めて難しい」


 その上で俺は今のところこう考えている、とかれは告げる。


「奴らの正体は総じて、人が作り出した魔物である、と」

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