<2・兄妹>
「というわけだから付き合って!」
「……どういうわけで?」
場所は学校の校舎裏。目の前には同じ高校に通う美少女。恥ずかしそうにやや頬を染めながら、付き合って!という真摯な言葉。それだけ見ればまさに理想的な告白のシチュエーションに違いない。――閃の目の前にいるのが、双子の妹でさえなかったのなら。
「話がまったく繋がらねーんだけども?」
まるで恋人にするように手を握ってきた彼女をやんわり振り払って閃は返した。これが本当の彼女だったなら、もっと優しく接してやったに違いない。が、双子として、一番間近で彼女の成長を見守ってきた側としてはよーく知っているのである。
ここで絆されて甘やかしたらろくなことにならない。今までの何度彼女の“一生のお願い”に騙されて、危ない話に付き合わされてきたか知れないのだ。そもそも。
「おまじないなら一人でやれよ。……俺そういうの、一番相性良くないんだよ、知ってるだろ
そう言いたくなるのも無理はない。今日の彼女のお願いは、“学校でおまじないがやりたいから一緒に付き合って”だ。おまじないの概要もろくに説明されていない。そんでもって、閃にはどうしてもオカルトなことに関わりたくない理由があった。
バスケ部所属。背もそこそこ高いし運動神経にも自信がある、体格も悪くなければ喧嘩もわりと強い方(あんまり数をこなしたこともあるわけではないが)。そんな閃にとって、数少ない“苦手”なもののひとつが、オバケ絡みなのだっだった。
ただし、それはホラーが怖くて駄目とか、お化け屋敷に入れないという方向ではない。むしろ遊園地に行ったら、日頃の仕返しと言わんばかりに鈴を引っ張ってお化け屋敷に引きずり込むくらいはする方だ。ホラー映画だってわりと平気な顔で最後まで見られる方、だとは思う。そう、怖い物が苦手なのは昔から鈴の方で、そういう場所で頼られなかった試しがないのである。彼女だって、陸上部で足は速いし背は高いし、運動神経なら自分に負けない筈だというのにだ。
鈴いわく、“殴って倒せそうなゾンビならそんなに怖くないけど、日本の幽霊とかマジでダメ!”ということらしい。なまじ物理に自信があるからこそ、見えない脅威が迫ってくるとかすり抜ける体とか、そういうものに恐怖心を抱くだそうだ。
それはさておき。
閃がオカルトを極力遠ざける理由は一つ。自分が、妙にそういうものを“引き寄せる”性質らしいと分かっているからだ。
「小学校の時、こっくりさんしててマジでヤバイの寄って来たの忘れたか?自殺の名所って言われるところで足引っ張られてギャン泣きしたのはどこの誰?……俺がそういうところ行くと、マジでろくなことにならねーんだよ」
本当に、悪さをしてくるのが幽霊の類なのかは分からない。ひょっとしたら、解明されていないだけで何かの科学現象ということもあるのかもしれない。
ただ、とにかく自分がそういう儀式に参加したり、名所に近づくと悪いことが起きるのがテンプレなのだ。閃が被害に遭うこともあるし、鈴や家族、友人が巻き込まれたこともある。幽霊そのものをはっきり見たかというとそれも怪しいので(うっすらそれっぽい影が見えたことがあったくらい)、多分自分には霊感があるわけでもないのだろう。
ただ、そういうものがやたら寄ってくる。そういう事をすると、面白がってついてくる。
もう中学生にもなる頃には嫌というほど学んでいたので、その手の誘いは全て避けて通ることにしていた。それでも、強引に連れ込んでくる友人が何人かいたり、はたまた目の前の妹に引っ張り込まれたりするのが問題なのだけれど。
「今回は大丈夫だよ!たぶん!めいびー!」
にこにこしながら、自分そっくりの美少女は笑う。今でこそ男女の差もでてきて間違われることなどないが、小学生くらいの時は彼女がボーイッシュな髪型と服装を好んだこともあり、自分が声変わりをしてなかったこともあり、親戚にさえ二人を間違えられることが頻発したものである。二卵性の双子は似ていないことが多いというが、必ずしもその法則が当てはまるわけではないらしい。
「今回は浮遊霊とか、妖怪とかを呼ぶものじゃなくて、神様を呼ぶものだから!」
「こっくりさんの時も神様を呼ぶから安心ですとか言ってたんですけどそれは」
「あの時は妖怪を呼ぶ儀式なのに神様だと勘違いしてただけだから!今回こそは大丈夫、なはず!」
「はず、とかたぶん、とか言われても説得力ねーよ……」
そもそもこっくりさん、というのは基本的にキツネを指すものというイメージだ。ストレートに妖怪に近い印象なのだが。
そもそも、あれは本当にこっくりさんを呼ぶものではなくて、儀式によってそのへんの浮遊霊を引っかける代物なんだろうなということくらい、知識のさほどない閃にも想像がつくことである。だから何も起きないことも多い反面、時々めちゃくちゃやばいものが引っかかってくるんだろうなということも。
「人にものを頼むなら、せめてもう少し丁寧に説明しろ。まずはそれからだろうが」
「で、ですよねー……」
しょうがないなあ、と言って頭を掻く鈴。何もしょうがなくねえわ、と心の中で突っ込む自分。きちんと説明もせずに約束事をしようなんざ、どこの悪徳商法だと言いたいところである。
「……この学校には、守り神様がいるんだってさ。キズニ様、っていうらしいんだけど」
そうして、鈴が話し始めたのはこういうことだ。自分達が半年ほど通ってきたこの高校には、いわゆるキズニ様、という名前の守り神様がいて、その神様のおかげで安全が保たれているらしい。キズニ様はこの学校の建設にも関わった偉い神様で、学校に通う生徒のことが大好きだからいつも見守ってくれているのだそうだ。
で、そのキズニ様の力を借りられるおまじないというのがこの学校には七つあって、それがいわゆる学園七不思議の代わりみたいになっているらしいのである。ものによっては道具が必要だったり、おまじないができる日が限られていたりという制約もあるらしいが、結構効果があるらしくて女子の間では話題になっているらしい。ものによっては男子も試してみた奴がいるのだとか。
「学校の裏掲示板とかでも結構有名らしいよ。金運アップのおまじないとか、恋愛が叶うおまじないとかいろいろあるみたい」
「……ありがちだなあ」
初耳だった。キズニ様、という守り神様の名前くらいはどこかで聞いたことがあってもいいものなのだが。
が、よくよく考えてみれば自分がオカルト嫌いなのは友人達に公言しているし(正確には嫌いなのではなくて避けているだけなのだけれど)、彼等が配慮して耳に入れないようにしてくれていただけかもしれないと思い至る。――まあ、一部の連中はそれがわかった上で、自分を廃墟探検とかに連れ出そうとしてくるわけだが。
「で、お前は何を叶えたいんだよ」
どうせろくなもんじゃないんだろう。暗にそう告げると、鈴は露骨に目を逸らした。そして。
「き、期末テストが、やばそうなもんで……」
「勉強しろ」
「正論かつ救われないお答えどうも!勉強して成績が上がるならとっくにそうしてるんだよ、普通に勉強すれば普通に成績が上がる兄貴と一緒にしないでくんない!?あたしはね、この学校に入るために真剣に裏口入学の為のコネかカンニングの方法を探さなきゃいけないかと必死こいて考えたくらい頭が悪いの、お分かり!?」
「胸張って言うことかそれ!?」
ああ、そんなことだろうと思った。閃は遠い目をしたくなる。昔から鈴は大の勉強嫌いで有名だった。公立だった小学校中学校はまだいいが、高校受験と高校生活はそういうわけにもいかない。閃と一緒の学校に行きたいからあ!と散々泣きついて、それでもちっとも成績が伸びず、やむなく閃の方が志望校のランクをワンランク下に落としたという経緯があるのである。
それでも鈴にとっては相当高いハードルだったようで、受験日当日の彼女はまったく眠れず、真っ赤に充血した目で会場に足を運んでいたことを知っている。この世の受験を滅ぼす方法ってないかな、と死んだ目で相談されたことも何回あったか知れない。それでもギリギリのギリギリとはいえ合格できた時は、嬉しさのあまり熱を出して寝込んだほどだ。どんだけのストレスだったんだとツッコみたくなったほどである。
馬鹿は風邪を引かないが、知恵熱は出すものらしい。
「中間テストが壊滅的だったのはあんただって知ってんでしょ……!」
おいおいと泣き真似をする鈴。長いポニーテールの髪が、まるでしょんぼりした犬の尻尾のように垂れる。
「あたし知ってるんだよ。高校は中学と違って義務教育じゃないの。つまり留年という魔物が潜んでるの……!うちの学校の場合、成績表でどれかの科目で1ついたら留年しちゃうんだよおお!」
「補習でちゃんと取り返せばいいだろうが」
「補習漬けなんて嫌に決まってるじゃん!でもって補習受けるだけで成績上がるわけじゃないんだよ!?追加認定試験なんて恐ろしいもんうけなくちゃいけないわけ!あたしそんなの絶対やだ、部活やる暇なくなるじゃん!!」
「そういうのを自業自得って言うんだよ、普段からちゃんと勉強しておかないから……」
「やだよせっかく受験終わったんだから遊びたいよ陸上したいよやだやだやだー!」
「子供か!」
ああ言えばこう言う。高校生にもなってしょうもない妹様である。
「もう十一月だよ?今月末には始まっちゃうんだよ、期末試験!はっきり言って一カ月足らずでどうにかなる自信ないし、というか一カ月みっちり勉強とかあたしはとっても嫌なわけで!そうなったらもう方法なんて、学校に爆弾予告でも出して試験を中止にさせるか、おまじないに頼るくらいしかなくない?」
「選択肢がおかしいだろ!?」
そこで普通に“お兄ちゃん勉強教えて”にならないのはどう考えてもおかしい。兄として頭を抱えるしかない閃である。唯一の幸いは、この場に自分と彼女しかいないということだろうか。このどうしようもない残念な話を、自分以外の誰かに聴かれなくて良かったと思わざるをえない。
校舎裏の、現在使われていない花壇のあるあたりは告白スポットとしても有名だそうだ。川に面している上、向こう側は学校のお隣さんの畑があり、ようするに人気がまったくない見られる心配もない場所だからである。
自分も妹の悲しい相談ではなく、可愛い女の子に呼び出されるシチュエーションが良かった、なんてことを思っても詮無きことである。
「……言っておくけど、あたしだって全く勉強しないって言ってんじゃないんだからね?」
唇を尖らせて鈴が言う。
「でも、そういうおまじないすると、気持ちの上だけでもうまくいくような気がするというか。そういう幽霊っぽいのを引き寄せやすい兄貴と一緒にやったら、うまくいく確率上がりそうだというか。というか一人で夜の学校に来るのも怖いし」
「夜の学校?」
「うん。なんか、七時以降くらいにやらないといけないんだって」
あのね、と彼女は人差し指を立てて続けた。
「西棟の、一番西端の階段の前でやるんだよね。道具は特に要らないんだけど、火曜日か金曜日じゃないといけなくて。……だから明日、兄貴に一緒に来て欲しくてさ。どうせ兄貴のバスケ部、ウィンターカップに向けて結構遅くまで学校に残って練習してるんでしょ?」
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