23話 再び。

「ふぁ…。」


朝起きると、福沢さんはもう居なかった。

彼は朝が早い。よくそんな早く起きれるなと思う。しかしこれは彼の仕事に必要なもの。福沢さんにとって当たり前の事なのだろう。


さて、今日はまた1人だ。

源一郎さんも最近忙しそうだから、道場には行かない事にした。私が居る事で忙しさが増したり、迷惑になっても困る。


福沢さんが過去に使っていたという竹刀を振るか。昨日軌道が曲がっていると云われたが、どう曲がってるのかは矢張り、見えないからどうしようもない。


足の動きだけでも定着させようか。

基本すり足の形で、相手に飛び込む時は大きく踏み込む。足の力が少ない私はどうしても強く踏み込むというのが出来ない。


「…源一郎さんはもっと大きな音出せるのに。」


私はぺちぺちという音しか出ない。

音は関係ないというが、やっぱり勢いづける為にも欲しいもの。ちょっとずつ頑張っていこう。


_____________________


「はぁ…はぁ…。」


すり足するだけでも相当な体力を使う。

どれくらいやったのだろう。

今日は雨で日も出ていないから時刻が判らない。


「そろそろ…お昼食べないと…。」


そう思って移動した時だった。


(逃げなきゃ。)


直感だった。

直感だが、確実にそうしなければ、此処に居られないと感じた。


目隠しを取ってしまおうか。

視界に入れて、殺してしまおうか。

私の、私達の幸せな日々を壊す者を、この場所に入れたくない。


何の音もしなかったが、確かに人の気配が迫っている。目隠しに手をかけた。その時


「今日は、信夫ちゃん。久し振りだね。」


この声は


「森…医師…?」


「当たり。」


目隠しを降ろして仕舞えば良かった。

しかし、出来なかった。


この家を、私の意思で殺した人の血で濡らしたくなかったから。

この場所に、血なんて、残したくなかったから。


「何しに…来たんですか…。」


「んー?簡単に云うとねぇ…君を連れ去りに来たんだよ。」


「…何故。」


「何故信夫ちゃんが必要かって?そりゃあ…自分でもわかっているんじゃないかい?」


「はっきり云ってください。」


「はぁ仕方ないね。余り云いたく無かったのだけど…。君を常闇島の戦争に連れて行く為だよ。」


声が一気に低くなった。


「私は…行きたくない。」


「でもこれが最適解。我が国が勝つ為の最適解なのだよ信夫ちゃん。」


「知らない。そんな最適解なんて、有り得ない。森医師。私を救ってくれた事には感謝してます。ですが、私は貴方の最適解には着いて行けない。」


「…君1人が居るだけで死んでいく兵士がどれだけ減るか判るかい?」


「…え?」


「君1人が居るだけで、敵を何千と殺せる。それだけの敵の兵力を削げば、我が国の兵士も存分に戦える。違うかい?」


「私が居るだけで…?」


「嗚呼その通り。信夫ちゃん。行こうじゃあないか、常闇島へ。」


私1人が居れば、数え切れない人を救うことが出来る。私が欲をかいて、行かなければ、救えるはずの命を救えずに終わる。


「………やだ…。やだよ…。此処を、離れたくない…。福沢さんとっ…離れたくない…!」


「あーあー…こんな綺麗な顔なのに、そんなぐちゃぐちゃにして…。この手は使いたく無かったんだけど…。ごめんね、信夫ちゃん。」


「っ!」


首に何か刺された。

その瞬間私は意識を手放した。

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