AIのボディーガード

「今日から娘のことを頼んだぞ」


「お任せください。レイカ様のお命は私の命に代えてもお守りいたします」


「頼もしいな。まあ、お前に命があるかと言われるとよくわからんが」


 最新型のヒト型ロボットは主人の前で恭しくお辞儀をした。


「パパ、私、前のボディーガードの方がよかったわ」


 可愛らしいドレスに身を包んだ少女が言った。このロボットの購入に際して、数日前、大企業の令嬢である少女の面倒を、幼少期から見てくれていたボディーガードが解雇された。


「やっぱりロボットだから、彼に比べれば、人の温もりとか安心感が足りないように感じるかもしれないけれど、最新のロボットは自ら考えて、お前の命を守る最善の行動を選ぶことができる。人間には予測不可能だった未来の危険も察知して、それも計算に入れて行動してくれるんだ」


「ほんとかしら」


 少女は憂鬱そうに言った。以前のボディーガードは、街に出ることすら一般人のように気軽にはできない少女を、こっそりと連れ出してくれることがあり、少女はそこが好きだったのだ。


△ △ △


 最初は不満げだった少女も、数日が経つと、ロボットの性能を認めざるを得なくなってきた。


 少女は身の安全のために学校に通うことが許されなかったが、ロボットが完璧に守ってくれるため、学校に行くことができるようになった。友達や趣味も増え、毎日が充実した。憧れだった街の散歩すらでき、少女は生まれて初めて自由というものを実感した。


「パパ、すごくいいボディーガードをありがとう。私、やりたいことがなんでもできるようになったわ」


 生き生きとした表情で、家の外で起きた楽しい出来事を話す少女に、主人は、これまで自分が制限してきたせいで失われていた、少女の自由な子供時代を思った。


「ロボットを買ってみて良かった。今まではお前を失いたくないあまりに、お前を縛り付けすぎていた。お前を失うリスクがなくなった今、全力で好きなことに打ち込んでくれ」


△ △ △


「3、2、1、バンジー!」


 少女は橋の真ん中から空中に向かって飛び出した。すぐさまその後をロボットが追う。


 内臓が宙に放り出されるような不気味な感覚の後、ゴムによって身体が再びはねあがる。少女は無邪気な顔でケラケラ笑った。少女は今までの絶対安全な家の中に閉じ込められていた反動か、スリリングな行為にハマっていた。スリルに飛び込んでいる時、最も自由を感じることができた。


「あー、面白かったわ。次はスカイダイビングに挑戦したいわね」


 ロボットは少女の身体をスキャンした。


「レイカ様、心拍数、血圧、アドレナリンの数値が異常です。これは命を危険にさらしているのと同じことです。危険な行為はどうかおやめくださいませ」


「私が危険を冒してもそれを守るのがあなたの役目でしょ。大丈夫、死にやしないわよ」


 少女は缶ジュースをカシュッと小気味よい音を立てて開ける。


「その糖液の摂取もお控えください。死のリスクが高まります」


 少女はうるさそうに耳を塞ぎ、エナジードリンクを傾けた。


△ △ △


「ちょっと!私のエナドリが無いんだけど!あと、私のタバコも隠したのあなたよね」


「糖分、カフェインの過剰摂取は命を縮めます。喫煙は肺がんリスクを高めます」


「私は私のやりたいことをやるの。融通が利かないわね。前のボディーガードなら食生活や趣味に関しては何も言わなかったのに」


「私は将来リスクを正しく算出しています。それを最小限にする行動を選択しているのです」


「リスクこそが人生を面白くしてるのよ」


「リスクを楽しめるのは、保証された安全の上だけです。今のレイカ様は、スリルに依存し、保証される安全の外にいます」


 少女はため息をついてポケットから新たな煙草を取り出して火を点ける。ストレスが溜まっていた。少女が悪友を作ってしまったため、最近はまた、学校に行くことも制限されていた。その時ロボットが素早く動いて、少女の手から煙草を叩き落とした。


「痛っ。何なのよ。最近は制限ばっかり。以前のパパと同じだわ。こんなに不自由ならリスカしようかしら。それとも思い切って自殺しちゃおうかな」


「やめてください」


「煙草を返して。あと、学校に行かせてちょうだい。そうじゃなきゃ、今ここで手首切るから」


 少女はカッターナイフの刃を繰り出して自らの手首に当てた。ロボットは静止する。命を守るべき対象が、自らの命をダシにして脅迫をしてくる状況に、どうしたらいいか必死に計算しているようだった。


 しばらく動かずにいたロボットはやがて、少女の腕をつかんだ。


「近づかないで。制限を緩めるって約束してよ」


 ロボットはそのまま少女の手からカッターナイフを取り上げると、少女の胸に突き立てた。


「は?」


 赤い血が少女の服を染めていく。


「レイカ様の命を守るためにはこうするしかありません。レイカ様はもはや、生きていることがそもそも一番死ぬリスクが高いのです。そのリスクを排除します」


 少女の死のリスクは無くなった。

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