昨今のYouTuberを見て
昔昔ある所に、大きな古い屋敷があった。人里離れたその屋敷には老いた男が一人住んでいた。金は余生ではとても使い切れないほどあったが、家族は無く、屋敷には召使いとたった二人で住んでいた。
男は退屈だった。屋敷の裏庭にはこじんまりとした劇場があったので、ある日、男はそこに道化師と観客を呼んでパーティーをしようと思い立った。
「誰をお呼びしましょう」
「誰でもいい。お前が知っている者の中に道化師がいればそいつを連れてこればよい」
召使いには道化師の友達がいなかったので、街の酒場に出かけた。酒場では赤と黒のボロ服を着た二人組の道化師が芸をしていたが、誰も興味を示してはいないようだった。召使いは店を転々として朝になったが、他に道化師が見つからなかったので、その二人に声をかけた。
「旦那様が道化をご所望です。給料ははずみますのでうちの屋敷で芸を披露しては下さらぬか」
道化師は喜んだ。
「なあに、給料なんて受け取れませんぜ。我々は、我々のことを見てくださる人がいるなら、例え火の中水の中、伺い申し上げます」
舞台は大成功に終わった。酒場のちゃちな舞台では見つからなかった新たな輝きが二人を成功へと導いたかのようだった。
「あれ、立派は舞台でこそ輝くだなんて器がすげえに違いねえや」
酒場の青年も二人を認めた。
「とても面白い道化だった。ぜひとも応援したい。この金は彼らに差し上げてください」
一人の紳士が男に金貨の入った袋を渡した。
男は道化師を正式に屋敷の道化師として雇った。二度、三度と舞台をする度に、観客は増え、ついには隣町からも人が訪れるほどであった。
「旦那様、連日の舞台で靴が擦り切れました」
道化師の一人が言うと、男は二人に金貨の入った袋を渡した。
「これはお前たちの芸が気に入った客が気持ちで置いていったものだ。好きに使い、さらに良い舞台を目指すがよい」
道化師はきらびやかな衣装で舞台に立った。人気は飛ぶ鳥を落とす勢いであった。
しかし、次第に客足も遠のいてきた。芸が一辺倒であることに客は飽きてしまっていた。
ある日の舞台で赤の道化師がお手玉の代わりにたいへん鋭いナイフを投げて見せた。観客は大いに沸いた。
「もうパントマイムやお手玉なぞ古い、古い。ナイフのジャグリングや綱渡りこそが我々道化の役目。人に喜んで貰えてこそ我々の喜び」
そうして数日経った日、赤の道化師は指を滑らせてナイフで自分の親指を落としてしまった。観客は驚いたが、黒の道化師はすかさず、その指を拾ってそれもお手玉といっしょに投げた。
「明日はもっと凄いものをお目にかけましょう」
観客はさらに増えて、劇場に入り切らない程になった。
道化師二人の指はしだいに数が減っていった。
「あれ、随分繁盛してるようだなあ。最近見ていなかったが調子はどうかな」
酒場の青年がひょいとやってきて召使いに聞いた。
「今では人気が出過ぎたので、会員の参加料を頂いた方しか舞台をご覧になれなくなったようです。しかし、今日はどうやら特別な舞台のようだ。あなたには特別にお見せしましょう」
会場の熱気は舞台が始まる前でもものすごいものであった。
「今日は、この首、宙を舞って見せましょう」
幕が上がるやいなや黒の道化師が赤の道化師の首を鎌ではねて投げあげた。観客は面白いと絶賛し、勇気と友情を褒めたたえた。
「こりゃあすげえや」
青年はたいへんびっくりし、二人の変わり果てた姿に軽蔑し、閉鎖された劇場での狂気に身震いした。
しかし、宙をリズミカルに首が舞うのを見ているうちに、青年の胸の内では侮蔑や恐怖よりも、呆れの方が勝り始めた。勝手にしたらよいと青年は思った。
「素晴らしい。なんていい舞台だ。もっとやれ」
青年も目を血走らせた観客に混じって叫び声を上げた。
観客たちに混じり、その様子を見ていたのは紳士であった。
「ああ彼も酔ってしまった」
紳士は頭を抱えて劇場から出て二度と戻って来なかった。
「いかがでしょう、旦那様」
バルコニー席から連日舞台を眺めていた男に召使いが聞いた。
「全員、まことに馬鹿である。客席で見なくて良かった。上から見ているのに限るな」
「お暇は潰れたでしょうか」
「ああ、それどころか余生を無駄にしてしまった気がするよ」
男は財産の半分を使って劇場を畳み、もう半分で自分の墓を掘った。
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