二人の美女と、一分差
*
挨拶をしながら神話伝承研究会の部室に入って来たのは、清楚さを絵に描いたような令嬢風の女性と、まだ幼さの残る顔立ちが愛らしいボーイッシュな少女という二人だった。
「他の方はまだなのね。ちょっと早過ぎました?」
「いや、そうでもないですよ。皆が遅いだけだと思います」
寮生長の言葉に黒髪の美女が微笑んだ。まるで大輪の花が咲いたかのような笑みだ。そして彼女はカラハの視線に気付くと、向き直り軽く頭を下げた。
「貴方がマシバさんね? 初めまして。二文のヒビキ・ヒトミです」
「ご丁寧にドーモさん。二神のマシバ・カラハだ。カラハでいい」
カラハは軽く口許を歪め、無遠慮にヒトミを見据える。艶のある黒髪は前下がりのボブに肩口で切り揃えられており、黒目がちの大きな瞳はひときわ美しい。レースの重ねられたワンピースは春らしく軽やかで、大きなフリルが波打つ淡い色のロングカーディガンが緩やかにそよいでいた。
学年で一番の美人と名高いヒトミを間近で見るのは初めてだった。噂には聞いていたが、これは噂以上ではなかろうか、カラハはそんな風な感想を持った。
ヒトミはカラハの視線に臆する事も無く桜色の唇でふわりと笑うと、今度は自分の後ろに隠れる少女を前に押し出す。背を押された少女の健康的な肌が見る見る紅く染まる。
「ほらツクモちゃん、御挨拶しないと、ね」
人見知りなのか照れ屋かはたまた上がり症なのか、ヒトミにツクモと呼ばれた少女はあわあわと挙動不審に陥っている。それでも何とか挨拶をしようと頑張る姿に、言いようのない愛らしさが滲んだ。
「あ、あの、えっと。いち、一神の、ツヅキ……ツヅキ・ツクモ、です」
明るい色の柔らかそうな茶髪をベリーショートにした少女は童顔で、髪同様澄んだ色の眼を色んな方向へと泳がせている。女子にしてはすらりと背が高めのヒトミとは真逆に、イズミ程ではないにしてもツクモは小柄な部類だった。少年のような身体に、重ね着のシャツやショートパンツなどのボーイッシュな服装がよく似合っている。
ヒトミはおどおどするツクモの腕を取ると自分の方へと引き寄せて、ふふふ、と楽しげに笑いながらカラハと寮生長に無邪気に視線を流した。
「ツクモちゃんは寮でわたくしと同室なのよ。ね、ツクモちゃん」
「は、はい。ヒトミねえさまには、その、良くしてもらって……」
そこでヒトミはメッ、という風にツクモの額を指で軽く弾いた。
「いけない子ねツクモちゃん、言ったじゃない。部屋以外ではわたくしの事は先輩って呼ばなきゃダメよ、って」
「あ、あ……! ご、ごめんなさいヒトミね、あ、ちが、……せんぱい」
「だーめ、言えてない。もう一回?」
「……ヒトミ先輩」
「はい、よくできました」
いかにも女子らしい一連の遣り取りに、寮生長は微笑ましい物を見る目で穏やかに、そしてカラハは頬杖を突いて牙を見せて笑っていた。
女子二人がようやく落ち着きを取り戻した頃を見計らって、寮生長とカラハはツクモと挨拶を交わし、取り敢えず二人をベンチに座らせる。
「どうです、ツクモちゃん。大學にはだいぶ慣れましたか? 部活には何か入りました?」
緊張をほぐそうとの意図で寮生長が話し掛けると、ややぎこちないものの、ツクモははにかみながら素直に答える。
「えっと、まだ覚える事がいっぱいで、毎日てんてこまいで……あ、でも念願のソフト部に入ったんです! ここのソフト部は強いから憧れてて!」
「ああ、女子軟に入ったんですね。確かにゆずぽんズは強いです、去年は全国にも行きましたし」
「その、あたし、小学校からずっとソフトやってて……この大學に決まった時に、それもあって、もう嬉しくて嬉しくて」
頬を紅潮させ瞳を輝かせて一所懸命に語る一回生が何とも初々しく可愛らしくて、部屋の皆が癒やされていた空気を、廊下から聞こえてきた騒がしい声と足音達が無遠慮にも引き裂いた。
「ほらイズミちゃん先輩も早く! もう集合時間来てるっしょ!」
「もう、ライジンは細かいな」
「カラハちゃんと来てるかな、一旦部屋に戻るって言ってたけど」
「んで部室って一番奥の左のトコやったっけ?」
口々に騒ぐ声はかしましく、顔を見ずとも誰が来たのかは明白だった。カラハと寮生長は苦笑しつつ席を移動し、直ぐに現れるであろう四人の座るスペースを確保する。
「ちぃっす」「ます」「失礼しまーす」「ごめんなしてー」
ライジン、イズミ、ナユタ、宮元の順で四人がどやどやと部室に入って来る。
「セーフ、っすかね?」
ライジンが振り向いて扉横の時計を見ると、長針は指定された時刻の一分前を示していた。ほっと安堵の息を吐く皆を前に、寮生長がさあさあと声を掛ける。
「ほら皆さん、いつまでも立ってないで座って下さい。席に着いてないと遅刻扱いにされかねませんよ」
苦笑混じりの声に四人は慌てて腰を下ろす。
──そして時計の針が指定の時刻を指した瞬間、その人物は現れた。
「よし、皆揃っているな? まあ集合時間を守るなんていうのは、学生として当然の行動だとは思うがね」
低く良い声で尊大さを感じさせる言葉が投げ掛けられる。すらりとした長身にきっちりとスーツを着込んだその人は、眼鏡越しの鋭い瞳でぐるり皆を見回す。
──オウズ・ヒロヒト教授、『神話伝承研究会』顧問。
彼は己の登場に緊張する学生達を嘲笑うかのように、くく、と喉を鳴らした。
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