会の開始と、部の秘密
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「さて私も忙しい身だ。さっさと始めようか──おいレイア君、頼む」
そう言いながら振り返るオウズ教授の背後には、影のように独りの女性が付き従っていた。すらり背が高くスタイルが抜群に良いその女性はドレープが優美なラインを描くデザインスーツに身を包み、赤みを帯びた髪をきっちりと結い上げた、理知的で大人びた雰囲気を纏う人物だ。
その秘書めいた彼女は神道科の大学院生でオウズ教授に師事するイイフシ・レイアであった。レイアは教授の声に軽く頭を下げると、部室のドアを閉め鍵を掛ける。次いで扉の内側に貼られた大きめの符に向かって何やら簡単な動作をすると、部室全体が一瞬淡く光り、そして結界に包まれた。
「防音と侵入防止の簡単な結界装置ですよ。後で使い方を教えますね」
初めてこの部室に来た三名──カラハ、宮元、ツクモの三人がその様子を凝視していた事に気づき、振り返ったレイアは言葉と共にその美麗な顔を綻ばせた。
ともすれば冷たさすら感じさせかねない日本人離れした美貌が途端にその印象を変える。笑うと形の良い唇の口角が上品に上がり、涼やかな目元に柔らかさが加わるさまは、誰の目から見てもとても魅力的なものだった。それを証拠にツクモは憧れめいた気持ちに目を輝かせ、宮元の顔は赤らみ心臓は大きく跳ね、カラハは自然と笑む口許を片手で隠した。
結界が張られた事を確認したオウズ教授は、当然のように部室の一番奥、上座に当たる窓際の席に移動すると悠然と腰を下ろした。失礼します、と言いながらレイアがその隣に座る。
そして教授は一つ大きく咳払いをすると、おもむろに口を開く。
「これから今年度の第一回神話伝承研究会部会を始める! 一同、礼!」
宜しくお願いします、という声の揃った挨拶と共に全員が頭を下げる。
こうして、部会は始まった。
「最初に私自身の紹介といこう。──と言っても新しい面子は神道学科の者ばかりか。詳しい説明は省かせて貰う。一応、この部の顧問を担当しているオウズ・ヒロヒトだ。二神のクラス担任であり寮監でもある。以後よしなに」
次いで新規入部生の三人の紹介などを軽く済ませ、そして教授は勿体をつけるようにゆっくりと皆を見渡した。その顔には、底の知れぬ威圧的な笑顔を貼り付かせながら。
「……さて。本題に、入らせて貰おうか」
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「まずは──新入りへの説明も兼ねて今一度、この部についての認識を確認することとしようか。そうだな、おいアラタ・ナユタ、『ヴァルハラ』について簡単に説明してみろ」
「は、はい。『ヴァルハラ』は全世界規模の対魔組織で、ええと、人に仇なすあらゆる『負』の存在を殲滅するのを目的とした超国家的機関です。世界中に支部があり、対魔を目的とする術士・能力者の殆どが属する団体です」
突然の指名にナユタは一瞬は取り乱したものの、直ぐに落ち着きを取り戻した。優等生然とした無難かつ適切な返答に、教授は軽く頷き唇の右端だけで笑う。
「教科書通りといった内容だが、まあいいだろう。よし、及第点をやろう。では次、そうだな……カラスマ・ライジン。この部について述べよ」
当てられませんように、との祈りも虚しく、指名に思わずライジンの肩がびくっと跳ねる。恐る恐ると語る口調は明らかに自信無さげで、せめて教授の機嫌を損ねずに済むように、と再び心の中で天に祈る様子が何とも情け無い。
「は、はいっす! えと、神話伝承研究会は表向きの顔で、その、実際は『ヴァルハラ』の真宮皇道館大學分所……て感じでいいんすかね」
「不充分極まりないな。せめて極東支部西支局東海地区伊勢支所ぐらいまでは言えんのか、三十点が精々だな。ヒビキ・ヒトミ、補足出来るか」
ヒトミは緊張に些か表情を固くしたものの、一瞬の黙考を経てその蕾の如き可憐な唇を開いた。いつもよりやや硬質な口調はしかし、凜とした声の気品を損ねるものでは決して無く、むしろ清廉さを増す結果となっていた。
「……『ヴァルハラ』には多くの人が属しております。実際に直接行動を行う術士や能力者以外にも、サポート役の開発・技術班、オペレーター、工作員、情報処理、医療班など、挙げればキリがありません。そういった人材を育成・スカウトする目的で多くの場所、主に学校に密かに分所が設置されております。ここはその中でも最も古く伝統があり、かつ有能な出身者を多く輩出しております」
ヒトミはそこで一息つくと、小首を傾げながらちらと教授を見る。教授はその視線を受けて、頷きを彼女に返した。ヒトミは少しだけ睫毛を伏せると、再び喋り始める。
「またご存じのように神社では、その神社で奉る神様の加護を受けた能力者が産まれる事は珍しくありません。彼らは大抵の者が神職資格を得る為に我が校か國神院かのどちらかに進学します。他にも、ここに来る前から術士・能力者と判明している者も仲間を求めて集まって来ます。ここは伊勢という重要な神域の防衛拠点をも兼ねておりますので、実践を通して経験を積めることで、即戦力となる人材が育てられるのも特徴です。そちらの意味でも特殊な、かつ重要な場所と言えるでしょう」
「そうだな、アラタ・ナユタやイサミ・イズミは社家出身能力者の代表的な例だろう。それ以外にも今回もマシバ・カラハのような奴が見付かった訳だし、ツヅキ・ツクモは伏見から頼まれた能力者だしな。──よし、答えとしては十二分だろう」
ヒトミの回答に教授は大きな頷きをもって返し、そこでようやくヒトミは緊張を解いた。その空気に居たたまれずライジンだけが少し涙目でうなだれている。教授はそんな彼らの様子を口の端だけで笑い、そして言葉を続けた。
「そう、お前達は卵、いや蕾だな。皇国の霊的防衛の要たるこの地にて、神風を受けてなお咲く花となって貰わねばならん」
教授は一旦言葉を切ると、それまで傲慢で皮肉げだった表情をふわりと緩めた。その瞳に少しだけ過ぎったのは、労るような、祈るような、そして何処か切なげな色彩。
「そう、お前達は──アインヘリアなのだから」
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