漏れる欠伸と、朝御飯
*
「ふァあァ……ねむゥェ」
カラハが大きな欠伸をしながら寮の食堂の机に突っ伏し何やら不明瞭な言葉をぼやいている。無理も無い。無理も無い、だがしかし。
「カラハ、ホラ起きて。朝ご飯だから。しゃんとして」
眠い目を擦りながらも、隣に座ったナユタは伝染した欠伸を噛み殺しつつカラハの背を叩く。うッへェ、と呻きつつも顔を上げた隣人の背を、ナユタはもう一度強く叩いた。
「今日は午前中だけだろ、授業あるの。それ乗り切ったら後はフリーなんだから」
「俺、二日続けてなんだけど、寝れてねェの」
「ぼやいたって仕方無いだろ。部屋戻ったら珈琲入れるから、それでも飲んで目覚まそうよ」
「珈琲より栄養ドリンクのが要る気がすンだけど」
「贅沢言わない。ホラ、ご飯だよ、いただきます」
「はァ……いただきまァす」
半分閉じたままのショボショボした目で質素な朝食をもそもそと食べ始めたカラハの横で、ナユタは自分も進まない食をこなしながらちらちらと周囲を眺めた。
ナユタの向かいに座る同室の猪尻も含め、誘拐されていた一回生の六人は普段と何ら変わりない朝を送っている。事件に関わった他の三人──寮生長と宮元、それに鳩座は、カラハ程ではないものの皆一様に眠そうな顔をしていた。
ナユタは改めてふう、と溜息をついた。普段なら物足りなく感じる質素な朝食も、寝不足で食欲の無い今日の身体には皮肉な事に丁度良い。カラハも同様なのだろう、半分寝ながらずるずると味噌汁を流し込み、はあ、と息を吐いて気怠そうに茶を啜っている。
「ごちそーさんでした!」
パン、と手を合わせる小気見よい音にナユタが視線を向けると、向かいに座っていた猪尻が食事を終えて立ち上がるところだった。目が合った同室の後輩は、人懐っこい笑顔で口を開く。
「二人共めっちゃ眠そうですけど、大丈夫ですのん?」
「ああ、うん。あのさ、悪いんだけど時間あったら珈琲の用意して貰っててもいい?」
「いっすよ。俺も貰ってもええです? そしたら三人分?」
「うん、それでお願い」
手早く食器を片付けて食堂を去る猪尻の姿を見送りながら、再びナユタは、はあ、と溜息をついた。隣ではカラハがまた盛大な欠伸をかましている。ぬるくて薄い茶を啜りながらナユタは何とか欠伸を噛み殺し、二時間程前の出来事をぼんやりと思い出していた。
*
あの後、男子寮に戻ったナユタとカラハが見た物は、玄関に転がされた六人の一回生を介抱する鳩座の姿だった。
「やあ、お帰り。その様子じゃ、ゲートは閉じられてしまったようだな」
いけしゃあしゃあと微笑む鳩座に苛立ちを覚えながら応接室を開くと、こちらには泡を噴いて気絶している宮元を放置したまま壊れたパソコンと格闘する寮生長が居た。
「ああ、無事でしたか。──実は扉が開いた直後にPCが壊れましてね。式神も音信不通になるし画面を見ていた宮元君は倒れるしで、何が何だかでしたよ」
ああ、と納得しつつナユタが事の顛末を説明すると、寮生長は大きく息を吐いてソファに深く身を預けた。
「では一応は全部丸く収まったんですね。……パソコンはまた明日にでも詳しい人に診て貰います、素人の私が回らない頭で弄ってみても無駄のようですし」
「頭が回らないのには僕も同意かな。取り敢えずやる事だけ片付けたら、みんな一旦休もうよ。起床まで後二時間程しか無いし」
そこへ不意に、何ら引け目の無い笑顔のまま鳩座が顔を覗かせた。普段着に戻ったカラハが睨むものの何処吹く風で、その芯のぶれなさに『地味で目立たない一般学生』という認識は改めた方が良さそうだ、とナユタは心の中で思った。
「どうも。借りていた一回生六人、全員無事返却完了した。ああ勿論、彼らは昨夜の事は何も覚えていない。普通に日常を送った認識しか無いし、体調も問題無い筈なのでご心配無く」
「……いけしゃあしゃあと」
ギリ、と奥歯を鳴らすカラハの敵意にも動じず、鳩座は飄々と肩をすくめた。寮生長はそんな鳩座の様子を値踏みするかのようにじっと見詰めてから、思案する風に一度目を閉じ、しかし眉間に軽く皺を寄せたまま再び鳩座を眺め遣る。
「……彼らに何も無いのなら、取り敢えず今はいいです。君については後日、改めて色々聴かせて貰う殊にしましょう」
今あれこれ考えたところで埓が明きませんから、と溜息を吐いた寮生長は気怠そうに右手で目元を覆った。
「ええと、あと他に何か、取り急ぎ必要な事ってありましたっけ」
「戸締まりはしといたし、術も解除しといたから、大丈夫じゃないかな」
ナユタの返答に寮生長は立ち上がると、ちらりと白み始めた窓の色を一瞬眺め、やれやれといった様子で静かに告げた。
「それでは現時点をもって今回の行動は完了、解散とします。皆様お疲れ様でした」
「「「お疲れ様でした」」」
何故か鳩座も一緒になって礼をしているが、もう突っ込む気力は三人には残ってはいなかった。とりあえず僅かな時間だけでも身体を休めようと、自室に戻ろうとしたナユタは、しかし忘れていた事を思い出した。
「あ」
「……どしたよ」
「宮元君、倒れたままなんだけど」
カラハは物凄く面倒臭そうな顔をした後、床に倒れていた宮元を担ぎ上げると、玄関ロビーのソファーにどさりと放り出した。
「ここに置いときゃ、そのうち目が醒めるか誰かが見付けるだろ」
そして平然と歩き去るカラハを追いながら、まあいいか、とナユタも考えるのをやめて自室へと向かったのだった。
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