第10話 彩花と昼休み前編
「はぁ……今日も疲れた……」
次の日の学校、昨日と同じように部室棟でうなだれていた。
理由は言うまでもなく朝の挨拶だ。
昨日とほぼ変わらなかったものの、たった一日で噂などが収まるでもなく、むしろ広がっていたため、昨日より余計に視線を感じていた。
「それに今日来るのは彩花さんだもんなぁ」
そのことで余計に憂鬱になってくる。昨日はまだ話せる鏡花だからよかったものの、彩花は何してくるかもわからない。
しかも今日は弁当を持ってこなくてもいいと言う意味不明なことまで言われた。
アニメのヒロインとかだったらここで「あなたのために作りました」なんて感じで手作り弁当を用意してくれてるのだろうが、彩花に限ってそんなことはないだろうなぁ。
はぁとため息をついて、ボーッとしながら彩花を待つ。
それから数分後走っているのであろう大きめの足音と、はぁはぁと言う息遣いが聞こえてきた。
「……遅くなっちゃってごめん!」
「全然大丈夫だ」
少し息が乱れつつもそうやって謝ってくる。
俺のことを嫌っている割には律儀なやつだなぁと少し感心しつつ、彩花を迎える。
「どうせ他の人を巻くのに手こずったんだろ?」
「そうなのよ。昨日は鏡花がいなくて、今日は私がいなくなっちゃったから、不思議に思っちゃったみたい」
はぁ、とめんどくさいわねと言わんばかりに大きなため息をついていた。これは相当苦労してたみたいだな。
「そんなに無理してこなくてもよかったんだぞ」
「そういうわけにはいかないわ。今の二人きりの状態はカプリスとして接するつもりだから、その状態で行かない選択肢はないわよ」
「葉山司だと分かっていてもか?」
「そうよ。最悪みんなに見られなければ大丈夫だから」
「そっか」
つまり二人きりの時や鏡花を加えた三人の時はゲームみたいに接してくるってことか。
「それに今日ご飯持ってきてないでしょ?」
「ああ、彩花さんに言われたからな」
「だから昼食抜きってことになったら可哀想でしょ」
そんなことを言いながら少し大きめの弁当袋から弁当箱を取り出した。
「はい。これあなたの分」
「えっ? ……あ、ありがとう……」
「別に葉山に対してじゃないからね。カプリスに対してあげてるんだから」
「……そうだな」
「何よ」
「別になんでもないよ……」
王道なツンデレセリフを吐いてきた彩花に対して、思わずにやけそうになるのを精一杯抑えながら返事をした。
「これ彩花が作ったのか?」
「そうよ。私が毎日弁当を作ってるからね」
「そうなのか! 鏡花さんじゃなくて?」
「イメージと違くて悪かったわね」
「わ、悪い」
少し睨むような目つきで文句を言ってくる彩花。さっきの発言は流石に失礼だよな、と素直に反省して謝る。
イメージ違うと思ったのは事実だったんだがな。
「それに……いや、なんでもないわ」
「なんだよそれ」
「気にしないでちょーだい。いずれわかることだから」
「ふーん」
なんだか含みのある物言いで気になったものの、口を割りそうもなかったのでスルーすることにした。
「さ、開けてみて。料理には自信があるから」
「ああ、ちょっと気になるな」
今になって考えてみると、昨日の鏡花の弁当も普通に美味しそうだったし、期待できるのかもしれないな。
「おお!」
弁当の蓋を開けると眩しいほど綺麗な光景が俺の目全体を覆っていた。彩りが考えられた盛り付け。普通に店で出てもおかしくないほど綺麗だった。
「今日のおすすめは豚の角煮よ」
「豚の角煮って……相当時間がかかるんじゃ?」
「まぁ、煮込む時間がほとんどだから、慣れれば楽よ」
「マジかよ……」
その発言で彩花がどれだけ料理ができるかが垣間見えた気がする。
「それじゃあ頂きます」
「どーぞ」
とりあえずおすすめされた豚の角煮を口に頬張る。ほろほろと口の中でとろけていく感触と、甘いタレが絶妙に合っている。
「うまっ!」
思わずそんな声が出てしまう。ご飯が何杯でもいけそうだ。
「やった!」
彩花は俺の反応にクラスでもみたことがないような、笑顔でガッツポーズをしていた。
(こうやって悪態をつかなければ本当に可愛いのになぁ)
そんなことを思いつつ、彩花のことを見ていると俺の視線に気づいたようで、すぐにいつも通りの顔へと戻った。
「ふん! 当たり前じゃない。誰が作ったと思ってるのよ」
「ああ。マジで見直したぞ。ガチで上手い」
いつものゲーム内ではこんな風なドヤ顔のマールに合わせる事はないのだが、今回は思ってた数倍美味すぎて思わず合わせてしまう。
「な、なによ! そんなに褒めなくても……」
彩花の性格上褒められることが少ないのだろう。俺の素直な感想を聞いた彩花は、少し居心地が悪そうにもじもじとしていた。
初めてみる彩花の反応と、美味しすぎる弁当の二つも楽しめる良い日だな思ってしまう。
「さ、いっぱい食べてね。足りなかったら私の分もあげるから」
「ああ。本当にありがとうな」
優しすぎる彩花に感謝を言いつつ箸を進めていった。
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