第8話 鏡花と昼食
「…………」
「……………………」
一度落ち着いてご飯を食べると隣に鏡花がいることを忘れてしまいそうなほど静かになった。
でも訊きたいことも山ほどあるためその静寂をかき消すことにした。
「なぁ、鏡花さん」
「は、はい!」
あからさまに緊張した様子で、声がうわずりながら返事を返してきた。こんな状態でちゃんとした返事が返ってくるのだろうか。
「これは一体どういうことなんだ?」
「これとは?」
「この状況だよ。一緒にご飯食べることなんて今まで一フレームも無かったぞ」
「それは、前にも言ったように私たちとその……結婚して欲しいんですよ」
やはり面と向かって言うのは恥ずかしいみたいで少し、俯きながらそう呟いていた。
「でもそれはゲームの中でリアルの話じゃないだろ?」
「それはそうですけど……。ゲームじゃわからない性格的なところもこれで知ってもらえるかなって。そしたら決め手になるかもじゃないですか」
「そんなもんかなぁ。でもそれでリアルでも俺がお前たちのことを好きになったらどうするんだよ?」
「そんな直結厨みたいことするんですか?」
「ちょ、直結厨じゃねーよ!」
直結厨とは下半身だけで行動しているような、歩く性器みたいな奴らのこと総称だ。今で言う出会い厨みたいなやつだ。
そんなゲームを冒涜している奴と一緒にされるのだけは断じて許さん。
「じょ、冗談ですよ。葉山さんでもカプリスさんでもそんなことはしない人って分かってますから」
「本当に洒落にならないって……」
「ふふっ」
「どうした?」
俺がグデーっと大袈裟に落ち込んで見せると、鏡花はそれに釣られて笑い出す。
「いえ、こんなゲームみたいな会話がリアルでもできるなんて嬉しいなって思ってしまって」
「まぁ確かに」
こうやって一緒に話している分には楽しいんだよな。なんだかんだで一年以上の仲だもんな。
「なぁ本当に今のままじゃいけないか?」
「結婚を諦めろって事ですか?」
「まあ簡単に言えばそうだな。友達としてならゲーム内では一番の親友だし、十分楽しいからな」
「それじゃダメなんです。私たちは本当に葉山さん——いえ、カプリスさんのことが好きなんです!」
言い終わった後に自分が何を言ったか、理解したみたいで急激に顔が赤く染まりながら、それを隠すように俯いていた。
「そ……そう言うことですから、私も、お姉ちゃんも諦めませんよ」
「そっか……」
ここまで好かれている理由はよく分からないけれど、悪い気はしない。どっちか一人だったら、即決だったんだけどなぁ……。
「…………」
「…‥なんか、こうやって聞いてたら鏡花さんの方が直結厨みたいだな」
「な、なななな、何てこと言うんですか! それは絶対有り得ません! ないですないです」
立ち上がりものすごい勢いで否定してくる鏡花。
「そこまで否定しなくても……」
「あっ……ごめんなさい!」
つい悪ふざけで言ってみたもののここまで否定されると、少し悲しい気持ちになるな。
勢いで否定していた鏡花もふっと我に戻り、俺に深々と頭を下げてきた。
「でも本当に今はそんなことはないと思います」
「今は?」
少し含みのある言い方だったので聞き返してみる。
「私たちゲーム内のカプリスさんの性格に惹かれたので、リアルでも同一人物である葉山さんの性格に惹かれないとは言い切れないなって」
「でもこんな容姿だぞ?」
「もっとビシッと決めればカッコ良くなると思いますよ。ほら、オフ会の時の感じで」
「あれは学校でしてくるのは無理だな」
夜遅くまでネトゲをしているため、朝にあんなに髪をセットしている暇は無い。
「それは少し残念ですね」
「ネトゲを辞めれば出来るけど?」
「カプリスさんがゲーム引退なんて考えられないですよ」
「それもそうだな。ルーナがそれを許すとは思わないし」
「当たり前です」
「……ふふっ」
「……ははっ」
ネトゲ内での呼び方をリアルで呼ぶのが少しおかしくて、ついお互い目を見合わせて笑ってしまう。
「それじゃあ葉山さん。私はそろそろ帰りますね」
「もうそんな時間か……」
それからも少しの間二人で話していて、あっという間に昼休みの終わりが近づいていた。
「このことは他言無用ですよ」
「わかってるよ。朝の誰かさんみたいにあからさまな真似はしないよ」
「私だって挨拶だけでここまでなると思ってませんでしたよ」
「日頃の行い的にそうなるだろうよ」
男とほとんど喋って無かった鏡花がいきなり女子に嫌われている俺に話しかけると言うシチュエーション。そんな都合のいい展開が起きたらこうなるだろうよ。
「それじゃあ、ノシ」
「ノシ」
とある掲示板のアスキーアートのように笑顔で手を振る鏡花に同じように手を振りかえした。
「はぁ、改めて思う。鏡花さん美人すぎんだろ!」
最後の去り際の微笑み、俺じゃなきゃ間違いなく勘違いしてたな。本当に惚れてしまいそうだが、向こうは葉山司のことな好きでは無いのだ。
「リアルとゲームは別。リアルとゲームは別」
念仏のように唱えながら、俺も教室へと戻っていった。
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