第6話 魔道具「なーすこーる」

 古の伝説は語る。魔道具「なーすこーる」のボタンを押せば、力の魔人「かんごし」を呼び出すことができる。だが人よ忘れるなかれ。確かに「なーすこーる」を押せば「かんごし」は現れるが、押したからといって必ず現れる訳ではないのだ。



◇ ◇ ◇



 入院患者の命綱、それは正しくナースコールである。入院をしたら誰でも初日にその使い方をレクチャーされる。そして看護師はこう言うのだ。


「何かあったらすぐボタンを押してくださいね」


 しかしその言葉を信じて何かあったときに押してみても、看護師が誰もこないケースは少なからず発生する。特に朝夕の勤務交代の時間帯には顕著である。あと夜の時間帯。ただし、これを看護師の怠慢であるかのように批判するのは正しくないと思う。何せ物理的に看護師の頭数が足りていないのだから。この辺は病院の運営・経営や、医療行政に対する政府の無策などが問題となってくる話であり、ここで書くことでもない。


 とりあえず、ナースコールがナースコールとしての役目を果たせるのは、一日のうちでも人数的に余裕のある昼間の時間帯だけだと言い切ってしまってよいのではないか。そこを過ぎればもう諦めるしかない場合が多々ある。


 喉に痰が溜まって窒息しそうになったとしても、あるいはオムツの中に大量の排便を行った場合でも、ナースコールの向こうから「はい、うかがいます」と声が聞こえるだけでも珍しいケースが毎日発生している。何度ボタンを押しても返事すらないことも少なくないのだ。そして看護師がやって来るのはボタンを押してから一時間を超えた頃。それまで患者は死ぬような思いをしなければならない。




 繰り返しになるが、これは看護師の人手不足から来るやむを得ない状況である。自分の都合だけで看護師を責める気にはなれない。ただ、初めて入院した人に、あるいはこれから入院する人に対して、病院側が「ナースコールを押せば看護師がすぐに駆けつけますので」みたいな説明をしているのなら、それは限りなく詐欺に近い言動であると言えよう。


 ちなみに虫けらはHCUについて、「常にたくさんの看護師が集中的に監視しているので、何か異変があればすぐ駆けつける」と説明されていたのだが、それが正しかったことも嘘であったこともあった。病院側の説明は、話半分に聞いておくのが肝要であろう。




 ついでにもう一つ書いておこう。病院は重病・重傷の人間が収容されるところというイメージを持っている方も多かろうと思う。それは事実なのだが、ならば病室の主役は重病・重症の患者なのかというと、それは間違いである。看護師も人間だからな、どうせ世話を焼くならコミュニケーションの取れる患者にしたいのだ。したがってコミュニケーションの取れない重篤な容体の患者は、医者に指示された決まり切ったことだけを世話してあとは放置というケースが多いように思う。


「自分が大きな病気やケガをしても、大病院なら万全の看護をしてもらえる」


 なんて思っている人がもし居るなら、その考えは改めた方がよいように思うところ。

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