♯20 Bonus episode 月と地球(ほし)が見守っている



「――とまあ、こんな感じでボクと結芽ゆめ……この学校の現在の理事長は出逢い、別れを経験したってワケさ」


 長い長い昔語りを終え、ボク、くぐい勇魚いさなは、ふうとひとつ溜め息をつく。

 途中、何度か休憩を挟んだとはいえ、やはり半日近くもしゃべり続けるのは大変だ。


「改めて振り返ってみると、なかなか感慨深いなぁ……。あのお転婆娘だった結芽が今はを持つお母さんで、しかも理事長なんて重職にまで就いているんだから」


 それは彼女の母親――希実のぞみに対してもかつて抱いた感慨だったけれど。

こうして振り返ってみると、やはり思わずにはいられない。


 出逢えてよかった。

 護れてよかった。


 幸せになってくれてよかった――と。


「どうだい、エル。これで満足できた?」


 胡坐あぐらをかいていたボクの両の脚にちょこんと腰を下ろしていた同年代の少女――エレオノーラ・サタキエリを見下ろし、何気なく訊ねて、同時に気付く。

 月の光を宿したかのようなふわりとした美しい金色の髪を腰まで伸ばしたその少女は、紫水晶アメジストのような輝きを宿した瞳を潤ませ、いつの間にかこちらをじっ……と見つめていた。


「エル? どうかしたの?」


 少女――エルはボクの膝の上から降り、正面から向き直ると、右手を静かに持ち上げ、ボクの頬をそっと撫でながらこう言った。




「……頑張りましたね、勇魚さん」




 ………………。

 頑張った――か。


「……別に……。そこまで何かを頑張ったつもりはないよ。ほとんど状況に流されるまま動いていただけだし。みんなを護れたのだって、テルルやレア、オーバーロードたちのチカラによるところが大きいし。ボク自身の力で何かを成したワケでもなし」

「それは違います」


 エルはこちらの頬の輪郭をなぞるように撫で続けながら、キッパリと、しかし優しい声音で否定する。


「理事長……結芽さんと、そのお友達、そしてみんなが救われ、今を笑顔で生きているのは、不思議なチカラを持つ者が偶々たまたまその場に居合わせたからではありません。その場に居合わせた不思議なチカラを揮える者が、鵠勇魚という気高い魂魄タマシイの持ち主だったからです」

「………………」

「この地球に流れ着いたのが、勇魚さんだったから――あなたがあなただったから、みんな救われたんです。。みんな――あなたに感謝してるんですよ」


 ――それはきっと、


 エルは、そう言った。




「………………エル。やっぱりキミ、狙って今日一日ずっとボクの傍にいたんだな? ……」




 ボクが今回、目覚めたときにはもう命を落としていた『妹』。

 死に目に会うことが叶わなかった『妹』の……。


「テルルちゃんとレアちゃんが言っていましたよね? 生を終え、肉体から離れた魂魄タマシイはお月様へと昇る。そして魂魄タマシイの半分は生前の記憶を保持したまま月の内部へ迎え入れられ、そこで安らかな眠りにつくって。――わたしが断言します。希実さんは結芽さんや叶恵かなえちゃんだけでなく、勇魚さんのことも見守ってくれていますよ。お月様から」


 そう言って、月色の髪の少女は微笑んだ。

 自分も瞳に涙を溜めながら……。


「エル……」

「今日は希実さんの一周忌ですから、残念ながら叶恵ちゃんはいませんけど。でも、わたしがいます。いっぱい頑張った勇魚さんが淋しくないように……希実さんを事故から救えなかった自分を責めてしまわないように、わたしがずっと一緒にいますから」

「……ありがとう」

「いえ、正確には『わたしが』ではなく『わたしたちが』ですね」

「えっ?」


 キョトンとし、エルの視線の先――部屋の隅を見遣る。

 すると、何も存在していなかったはずの空間が突然ぐにゃりと歪み、それまで光の屈折を操作して姿を見えなくしていたらしい地球の化身、分霊たちが姿を現した。


「……まさかこちらに気付いていたとは……」

「……相変わらず侮れない女なんだヨ」


「テルル! レア! キミたち、いつからそこに⁉」

「お二人とも最初からそこにいらっしゃいましたよ? わたしも最初は気付かなかったんですけど。でも、勇魚さんの膝の上に座った際に殺気のようなモノを感じたので、わかりました」


 ボクの疑問に答えたのは、ニコニコと笑顔のエルだ。

 すごいなこのコ。いろいろと。


「でも、なんで姿を消していたんだ?」

「だって……、せっかくおにーさんを元気づけようと、裸にリボンを巻き付けただけの格好でベッドインし、スタンバっていたのに……」

「おにーちゃん、いつもなら朝食後すぐに二度寝するくせに、今日に限ってエルとイチャイチャし始めちゃったんだヨ……」

「道理でトンデモナイ格好していると思った! ツッコむ気力すら湧かなかったケド! 何をたくらんでるんだよキミたちは! せめて幼女の姿じゃなく大人の姿でやれよ!」

「……大人の姿ならいいんですか……?」


 しまった。エルにツッコまれてしまった。


「聞かなかったことにします」


 サッと目を逸らすボクに小さく嘆息して、次いでエルは、拝むように胸元で両の掌を合わせ、


「それじゃあ、この四人でこのまま『お家デート』続行といきましょうか☆」


 と提案してきた。


「ぶーぶー、エルはお邪魔虫なのです! おにーさんと『お家デート』するのはあたしたちだけで充分なのですよ! おにーさんはあたしたちの手で元気づけてあげるのです☆」

「そーだヨそーだヨ! おにーちゃんを元気にする方法はわたしたちが一番よく知ってるんだからネ! そのためにこのリボンだって用意したんだし☆」


 ……うん、とりあえず、その方法だと元気になるのは下半身の一部だけって感じだし、落ち込んでいる男を元気づけるための手段としては力業ちからわざ極まりないからね?

 そもそも幼女の姿で吐いていいセリフじゃない。


「あーっもう! なんでもいいから、はよ服を着ろ!」


 ぎゃあぎゃあわめくテルルとレア、そして大人の態度で二人をあしらっているエルの間に割って入り、際どい格好の双子に服を着せながら、ボクはふとを自覚し、月で眠る『妹』へと囁きかける。


「――希実。昔、キミたちが言ってくれたとおりだったよ」


 ボクは独りぼっちじゃない。

 52ヘルツの鯨なんかじゃなかった。


『妹』たちがいてくれた当時あのころも――そしてこのコたちがいる現在いまも。


守人もりびとであるボクのほうがずっと護られていたんだな……。孤独から」


 見守っているつもりだった愛し子たちに。

 彼女たちから向けられる優しい眼差し、彼女たちがくれる温もりに。

 ずっと護られてきたんだ……。


 彼女たちはみなこの地球ほしに生まれた愛し子であり、ボクにとっては彼女たちこそが守人だったのだ。


 ボクが護るべき愛し子らであり、ずっとボクを見守ってくれていた守人たち。


 愛し子らにして守人。


 


「……ありがとう、みんな」


 呟いて、目の前にいたテルルとレアをぎゅっと抱き締める。


「お、おおおおおおにーさんっ⁉ ど、どうしたですか突然⁉ ついにあたしたちの魅力に気付いちゃったですか⁉」

「いいんだヨ、おにーちゃん! わたしたち、覚悟は出来えてる! どうする⁉ 何歳の姿になろっか⁉ それともまさか……このままの姿で⁉」

「……勇魚さん……?」

「うん。とりあえずキミたちはいったん落ち着こうか。エルもそんな見てはいけないモノを見てしまったような目でボクを見るのはヤメよう? ……あっ、こらっ、せっかく服を着せたのになんでまた脱ごうとしてるの⁉ ちょっ、エル、見てないでこのコたちを止めて!」




 ……そんな感じで。

 ボクは今日も、この模造された地球の上を生きていく。

 ときに愛し子らを見守り、ときに愛し子らに見守られながら。




                                    了

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