日常編 チビっ子? それともお姉さん?

 

 ある日の午後。


 ボク、くぐい勇魚いさなが自室のベッドに寝転がり、料理本を片手に「そろそろ夕ご飯の準備に取り掛からないとな……。そういえば貰い物のアンモナイトがあったっけ。あれ、どうしよう……」とぼんやり考えていると、昼食後から姿が見えなかった双子の女の子がほくほく顔で戻ってきた。


「ふぃ~。食った食ったぁ、なのです☆」

「ふわぁ~。余は満足じゃ、なんだヨ☆」


 ――<ガイア>であるテルルとレアは、遠慮も躊躇ためらいも一切無しにボクのベッドへ勢いよくダイブすると(この部屋にはこのコたちのベッドがちゃんと別にあるのに)、ボクの胸や腹を枕にしながら、ぽっこり膨らんだイカっ腹をスリスリとさする。


「キミたち、また散歩に行った先で何かご馳走になってきたの?」


 一見すると小学校低学年くらいに見えるこの人外の双子は、最近、自分たちだけで島のあちらこちらを歩き回っては、商店街のお婆ちゃんの世間話に付き合ってお菓子を貰ったり、漁港の出店を冷やかして店主のおっちゃんに試食させてもらったり、畑仕事中の農家を手伝って収穫したばかりの野菜をおすそ分けしてもらったりしているのだ。


 島の住民にマスコットかペットのような感覚で愛でられ、餌付けされているチビっ子姉妹。それがこのコたちの最近確立しつつあるポジションなのである。


 ……正直、「地球の分霊がそれでいいのか?」と思わないでもない。


 ていうか、あと二時間もしたら夕食の時間なんだけど。ボクが作るご飯、ちゃんとお腹に入るんだろうな?


「おにーさん、今日の夕食はなんですか? チーズの入ったハンバーグですか?」

「個人的にはカレーが食べたいんだよ。隠し味にチョコを入れたおもいっきり甘口のヤツ」


 ……食べられるらしい。

 意外と食欲旺盛なんだよな、このコたち……。

 でもって嗜好や味覚がお子ちゃま。


「んっ……ねむねむなのです……」

「ねんねしたくなってきたんだヨ……」

「寝るのならちゃんと自分のベッドで寝てほしいんだけど」


 ボクにいっそう寄り掛かり眠そうに目をこするテルルとレアの体重おもさ体温あつさは、本音を言えばそれほど苦でもないというか、むしろ心地よくすらあるのだけれど。

 でも、釘を刺すべきところはしっかり刺しておかないと、この双子の場合そのままエスカレートしていきかねないのだ。


 そう……いろいろと。


「ヤなのです……。こうしておにーさんにくっついて眠るのが一番安心できるのですよ……」

「おにーちゃん、ちょっと頭を撫でてほしいんだヨ……。そしたらすぐに眠れそう……」


 このコたち、自由すぎない?


「い・い・か・ら・退きなさい! ほーら、ブラウスの裾がめくれて、おヘソが見えちゃってるぞ」

「おにーさんの……えっち……」

「据え膳食わぬは……男の恥……」


 こっくりこっくり舟を漕ぎながら戯言たわごとをほざく双子に、ボクはちょっと考えてから、ポツリと、


「……言い忘れてたんだけどさ。さっきまで希実のぞみたちが遊びにきてたんだよ。なんか小学校の家庭科の授業でクッキーの作りかたを習ったらしくて。早速、材料持参で成果を披露しにきてくれたんだ」


 希実というのは、ボクと違って元からこの地球の住人である、小学生の女の子。

 ボクの妹分とも言える三人の女の子のうちの一人だ。


「ほうほう……、それはつまりあたしたちのぶんのクッキーもあるという話でしょうか……」

「じゃあ……、ひと眠りして、起きたら頂くんだヨ……」

「いや。クッキーはもう全部食べちゃったんだけどさ」

「「じゃあなんで教えた」」


 ……いきなり鋭いツッコミが飛んできた。

 食べ物の恨みは恐ろしい……。


「それがさー、これが結構美味しくてさ。あと、エプロンもわざわざ持参してくれてね。『見て見てー』って、はしゃぎながら着用した姿を見せてくれたワケなんだけど。馬子にも衣裳というか、これが思ったより似合ってて」

「………………」

「………………」

「なんか希実たち、『先生がね、男を落とすにはまず胃袋を掴みなさいって言ってた!』ってやたら張り切っててさ。実際ボクも、将来はいいお嫁さんになるだろうなーこの子たち、とか思っちゃったりなんかして」

「………………」

「………………」

「エプロン着けて台所で一生懸命料理しているあの子たちの後ろ姿を見ていたら、チビっ子のあの子たちが、ちょっとだけお姉さんに見えたなぁ。――食っちゃ寝の誰かさんたちとは違って」


「「ほほぅ……」」


 ゆらり、と全身から怒気のようなモノを漂わせて、テルルとレアがベッドの上で身を起こす。


 計算どおりだ。


 この双子はボクの妹分たちを妙に目の仇にしているから、きっと対抗心から「じゃああたしたちも料理するです!」「早速するヨ!」と言い出すことだろう。そしたら、今日の夕食作りを手伝ってもらえばいい。そして、そのためにはボクの上から退く必要があるワケで……。


 ――我ながら名案だ。


 そう思ったのだけれど。


「それはあれですか? 希実たちからさえ感じた『バブみ』をあたしたちからは全く感じないと、そう言いたいのですか?」

「その喧嘩、買ったんだヨおにーちゃん……! わたしたちのほうが希実たちよりもおにーちゃんを甘やかせられるんだってことを教えてあげる!」


「そこ⁉」


 あ、あれ? なんか話の流れが変な方向に……。

 いったい何をするつもりなんだ、このコたち。

 ていうか、バブみって何? ボクの知らない単語なんだけど。


 そもそもボク、誰かに甘えたいなんて一言も言ってないよね⁉

 こちとら十五歳の男だよ⁉


 そりゃあ、恋人を作って甘えたり甘えられたりすることに憧れはあるけれど……。でも、このコたちが言っているバブみ? とかいうのは、そういうのとは違う気がする! なんとなく!


「へ~ん!」

「し~ん!」


 ベッドの上に仁王立ちし、両の腕を水平に伸ばし、どこぞの特撮番組のヒーローみたいなポーズを取ったテルルとレアの全身が、蒼と紫、二色の閃光を放つ。


 その眩さに反射的に目を瞑ってしまったボクが再び瞼を持ち上げると、そこに立っていたのは、――姿テルルとレアだった。


 この双子が揮うは、こんな変身ことも可能にする。


「げ。」


 ヤバい。

 この展開、嫌な予感しかしない。


「ふふっ……覚悟はいいですか?」

「くすっ……逃がさないからね?」


 こちらを見下ろし、いつもの舌足らずな口調よりも少しだけアダルトな口調でそう言って、不敵に笑う『元』チビっ子たち。


 勝気そうな吊り目に紅玉ルビーのような煌めきを宿し、左の側頭部でサイドテールにした黒髪に紫水晶アメジストを塗したような菫色の艶を湛えたテルル。

 内気そうな垂れ目に瑠璃ラピスラズリのような煌めきを宿し、ツインテールにした黒髪に青瓊玉ブルーカルセドニーまぶしたような蒼い艶を湛えたレア。


 前者はどちかと言えば活発な印象を抱かせるスレンダーな体型で、しなやかな四肢が健康的な色香を放っているのに対し、後者はおしとやかな印象を抱かせつつもあちこちが凶悪なボリュームを誇っており、その黄金比はいっそ蠱惑的と言ってもいい色香を放っていた。

 どちらも、外見の特徴はそのままに、年頃の美女へ『成長』してしまったワケだ。

 チビっ子の時点で人間離れした美貌を誇っていた容姿を、男の理想形へとより近付け、具現化したと言ってもいい。


 これらは通常、ボクの魂魄タマシイに彼女たちのチカラを補充するため、接吻キスをするときしか変身してはならないことになっている姿だった(理由わけあって、魂魄タマシイだけでこの地球ほしに流れ着いてしまったボクは、彼女たちのチカラを分け与えてもらわなければこの肉体を維持できないのだ)。


 しかも、


「うわ、きっちりエプロンまで着けてる……!」


 それまで白いブラウスと黒いスカートを着ていた二人は、ポロシャツにチノパン、そしてエプロンという保母さんみたいな格好へと変わっていた。


 ………………いや。

 なんで保母さんの格好?

 さっき言ってた、バブみ? とやらが関係しているのだろうか?


「さあ……お見せしましょう☆ あたしたちのお姉さんらしいと・こ・ろ♪」

「たーっぷり可愛がってあげるから、いっぱいバブみを感じてね☆ 甘えてくれていいよ♪」


 潤んだ瞳でこちらをまっすぐに見つめ、艶を帯びた熱っぽい声音でそう言って、にじり寄ってくるテルルとレア。


 だからバブみって何⁉ この二人、ボクをどうするつもり⁉ よくわかんないけど怖いよぉ!


「ちょっ……ちょっと待って! 落ち着いて!」


 ボクはベッドの上で壁際へじりじりと追い詰められながら、なんとか二人を制止しようと試みる。


「「くすくすくす」」


 が、止まらない。止められない。


 テルルとレアは幼い我が子を抱き締める母親のような慈愛溢れる表情でボクの頭をがしっと掴むと、身を寄せ合った自分たちの胸――慎ましくも形のいいバストと、もうほとんど凶器と言ってもいい豊満なバストへと引き寄せ――


 とか言ってる場合じゃない!


「ご……ごめん! 挑発するようなこと言って悪かった! 謝るから! だから、ねっ! いったん落ち着こう⁉ とりあえずいつもの姿に戻ってほしいな! ほら、まだお天道様も出てるし! 夕ご飯の準備もしなくちゃだし! ねっ! って、こら、ちょっ、やめ――むぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」



 ………………そこからの小一時間、ボクがどんな目に遭ったかはご想像にお任せします。



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