日常編 どっちが好きなの?

 ボク、くぐい勇魚いさなには、この地球ほしの上で目覚めてからずっと気になっていることがある。

 それはボクの相棒とも言える双子の女の子、地球の化身にして分霊であるテルルとレアのことで、ボクは今日、思い切って当人たちに訊ねてみることにした。


「というワケで、教えてほしいことがあるんだけど」


「はあ」

「なぁに? おにーちゃん」


 こちらに生返事だけを返し、ボクが借用している部屋のテレビで偶々たまたまやっていた昼ドラ――冴えない男と、実は生き別れの実妹であることが判明した嫁と、昔から男と一緒に育った義妹のドロドロの愛憎劇だ――を真剣に観ながら、


「ああっもうっ! この女、何を考えているですか⁉ 夫を寝取られておいて、なんで大人しく身を引いているです⁉」

「もっと身体を張って男の心を繋ぎ留めないとダメなんだヨ! その無駄にっきなお〇ぱいはなんのためにあるの⁉」


 とかなんとか、ドラマの登場人物に一家言いっかげん申している見た目小学校低学年くらいのチビっ子たち。

 その背中を見下ろし、ずっと気になっていたことを口にする(余談だけどテレビは今度家主に返却しようと思う……このコたちの情操教育のためにも)。


「キミたちってさ、どっちもこの模造された地球の化身、分霊なワケじゃん? なのに名前とか、口調とか、容姿とか、結構違うトコあるよね」


 容姿、つまり見た目に関しては髪型とその艶色、瞳の色などが違うし、体型にしても、身長こそ全く同じだが、実はテルルよりもレアのほうが起伏が激しい。

 テルルは健康的、あるいは元気いっぱいな感じがするスレンダーかつしなやかな体型だが、レアはちょっとばかし早熟というか……この年頃にしては要所要所の肉付きが素晴らしく、特に胸部はなかなか立派なモノをお持ちだ(あくまでこの年頃にしては、だが)。


「なんで同じ地球の化身なのに、こんなにあちこち違うのかなーって。キミたちと出逢ってからこの四ヶ月、ずっと気になっててさ。〈ガイア〉特有の事情でもあるのかなって」


 そこまで言って、ようやくボクは自身の失態を悟った。

 テレビから目を離し、こちらへ振り返った双子が、俯いてプルプル肩を震わせていたのだ。


「……なんですか? それはつまり、あたしの身体がレアのそれよりも貧相だと言いたいのですか……?」

「……それとも、わたしがテルルよりも全体的に太ましいと、そう言いたいのカナ……?」


「! ち――違う違う!」


 ヤバいヤバいヤバい!

 意図せず地雷を踏んだっぽい!

 このままじゃ絶対面倒くさいことになる!


「他意は無い! 悪意があって言ってるワケじゃ無いんだ!」

「……どーせあたしはちっぱいなのですよ……」

「いやいやいや! 普通だから! 小学校低学年くらいの見た目なら、むしろテルルくらいが普通だから!」

「……いいヨいいヨ。どうせわたしは普通じゃないもん……おデブさんだもん……」

「ああっもうっ、あっちを立てるとこっちが立たない! どうしたらいいのこれ⁉ うんわかってる悪いのは迂闊な発言をしてしまうボクだって! ――キミはおデブさんじゃない! とぉっても可愛いぞレア! あ、もちろんキミもだよテルル!」


「本当ですか……?」

「嘘じゃない……?」


「ああ!」


 このコたちが美人さんなのは純然たる事実だ。


 勝気そうな吊り目に紅玉ルビーのような煌めきを宿し、左の側頭部でサイドテールにした黒髪に紫水晶アメジストまぶしたような菫色の艶を湛えたテルル。

 内気そうな垂れ目に瑠璃ラピスラズリのような煌めきを宿し、ツインテールにした黒髪に青瓊玉ブルーカルセドニーを塗したような蒼い艶を湛えたレア。


 どちらも人間離れした美貌の持ち主と言っていい。

 実のところ、その気になれば何歳いくつの姿にだろうとなれる(それこそボクと同い年くらいや、ちょっぴり年上のお姉さんとかにも)このコたちに、ボクが小学校低学年くらいの姿でいるようお願いしているのは、相手がロリだからこそボクが理性がっているというやむにやまれぬ事情があるからなのだ。


「それに、このコたちが普段から年頃の娘さんでいたりしたら、間違いなく余計な虫がこのコたちに寄ってくるだろうし……」


 ボクの肉体なんかを維持するのに必要なこのコたちのチカラは、この魂魄タマシイに定期的に補充してもらう必要があり、その際はこのコたちと接吻キスしなければならない。


 だからその際は(見た目小学校低学年くらいの女の子と長時間チュッチュしているのは絵面的にちょっと問題があるので)このコたちに大人の姿になってもらうことが多いのだけれど――


「あの姿は他の男には見せられない……!」


 なにしろ、接吻キスしていると、普段のこのコたちを知っているボクですら理性を失ってしまいそうになるレベルなのだ。

 他の男があれを目にしたら百発百中で惚れてしまうこと間違いなしである。


 このコたちに近付いてくる男がいたら、ボク、全力で排除しちゃうよ?

 たとえ相手がただの人間でだろうと、すべてのチカラをフル活用して「このコたちと付き合いたければまずボクをたおせ」って立ちはだかっちゃうよ?


 そう、このコたちの守人もりびととして!

 ………………。

 さっきから何に対して言いつくろってるんだろ、ボク……。


「「じゃあ――」」


 テルルとレアは、じとっ……とした眼差しでボクを見上げ(うん、全然信じてないなこれ)、そしてこう言った。


「あたしと――」

「わたしなら――」




「「どっちのほうが好き? 好みのタイプに近い?」」




 ………………!


「そっ――」


 そんな――訊くか⁉ それを⁉ 今の流れで⁉ いつか訊かれることがあった場合なんて答えるのが正解なんだとボクがずっと頭を悩ませてきたミレニアム問題レベルの難問! 言わば永遠の命題を!(大袈裟)


 どうする⁉ この場合、なんて答えるのが正解だ⁉ 大前提として、どっちかを選ぶのは論外だ――ボクにとってこの二人はどちらも等しく、かけがえのない存在だし!


 ていうか、この質問、どれほどの意味があるの⁉ どっちもこの地球の化身にして分霊――元々は同一の存在なのに! 


 だいたい、その気になれば簡単に容姿を変えられるのに、現在の容姿だとどっちのほうが好みかなんて、なんの意味があるというんだ⁉

 仮にどちらかを選んだ場合どうなるの⁉ 選ばれなかったほうが、自分の容姿を選ばれたほうに近付けちゃうとか⁉


 何それ勿体もったいない!


 ………………。いや、『勿体ない』ってなんだよボク……。


「「じーっ……」」


 だ……ダメだ! ありきたりな返答になってしまうけれど、やっぱりこれしか無い!




「ど……どっちも! 同じくらい好き!」




 ………………他にどう答えろと?


 いや、わかってるよ? 今の自分が、傍目はためには『小学校低学年くらいの女の子たちに真剣な面持ちで告白している高校生くらいの兄ちゃん』というヤバい奴だってことは。

 でもどうしようもないじゃん!


「どっちも……」

「同じくらい……」


 だ……ダメか⁉ やっぱこんな優柔不断な答えじゃ納得してくれないか⁉


「ゴクリ……」


 固唾を呑んでテルルとレアの反応を――審判の瞬間ときを待つ。

 いつの間にか二人の目の前で正座しているボク(無意識の行動である)。


「……まあ、いいでしょう」

「ちょっとスッキリしないケド、赦してあげるんだヨ」


 セェェェェェェェェェェェェェェフ!


 こうなったらもう『稀少地球レアアース』のチカラでこの二人が納得してくれる未来線ルートを掴み取ってくるしかないか? と真剣に検討し始めたそのとき、二人の沙汰さたが下り、安堵に胸を撫で下ろす。


「おにーさん、今回だけは特別に赦してあげるのです。……特別なのですよ?」

「おにーちゃん、今後はレディが相手のときは気を付けて発言するんだヨ? じゃないとデリカシーが無いと思われちゃうからネ」


 レディ(笑)

 なんて素振(そぶ)りを見せたら今度こそ取り返しのつかないことになるので、とりあえず殊勝に頷いておく。


「はい……」


 見た目小学校低学年くらいの女の子たちに仁王立ちで見下ろされ、これ以上怒られまいと必死に土下座する十五歳の男。

 それが今のボクだ。


 見よ、宇宙の邪悪よ! そして人類の敵〈太母〉グレートマザーよ! 

 これがいずれおまえたちと相見あいまみえであろうる宿敵〈ガイアセンチネル〉の、今現在の姿がこれだ!


 ………………情けない宿敵でゴメン………………。


「こんな姿、『妹』たちには見せられないな……」


 今日はまだ希実(のぞみ)たちが遊びに来てなくてよかった……。

 こんな場面を見られたら『兄』の威厳も何もあったもんじゃない。


 とか考えていると、


「……おにーさん? 今、誰のことを考えてました?」


 ………………え?


「まさかおにーちゃん、わたしたちに怒られてる最中に、わたしたち以外の女の子のことを考えていたワケじゃないよネ……?」


 ………………。

 もしかしてボク、また何か地雷踏んじゃいました?


「お・に・い・さ・ん?」

「お・に・い・ちゃ・ん?」


「………………ゴメンナサイ」



 今日の教訓。


 女の子に怒られたときは、余計なことは一切言わず、ひたすら謝り続けるのが一番です。


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