♯19 Reprologue 母が愛した宇宙人
センチネル【sentinel】〔名詞〕
1.見張り。監視員。
2.コンピュータ用語でデータの終わりを示す記号、またはループの終了条件が
複数ある場合の条件判定の数を削減するために配置するダミー・データ。
境界の印。
☆
その噂を彼女たちが耳にしたのは、今日より遡ること
その噂の発生源がどこなのか、今となっては確かめようがない。
だが、その噂は瞬く間に学院じゅうを駆け巡ると、気付いたときには
すなわち『毎夜、この
「アレはただの噂などではない! 現に、夜中トイレへ行こうと寮の廊下を歩いていたら窓の外にぼんやり光るブロントサウルスを目撃した生徒や、深夜の物音を不審に思って外へ出たら
「「「はあ……」」」
「だというのに! いったい何を考えているのだ、おまえたちは⁉ 『噂の真偽を確かめようと思った』⁉ そんな理由で、『夜間は自室待機』という学院の指示を無視して出歩いたというのか⁉ しかも小学生だけで⁉ 無鉄砲にもほどがある! おまえたちはコトの重大さを理解しているのか⁉ 今は学院の敷地内だろうと安全とは言い切れないのだぞ⁉」
「ごめんなさい……ママ。三人で夜中に寮の外をうろついたことは謝るよ。……でも」
「大袈裟だよぉリジチョー。キョーリューのオバケなんて本当に出るワケがないじゃん!」
「……あんな噂を真に受けるなんて、大人としてどうかと思う」
自分たち以外の
「甘い! 甘いぞ
「もしかしてママ、いいトシしてあの噂を信じてるの……?」
「叶恵。アンタのお母さんってさ、尊大な口調の割に子供っぽいトコあるよね」
「……あたしのママ曰く、理事長は子供のころからこの口調」
「――『いいトシして』とはなんだ! 私はまだ二十八だぞ! あと子供っぽくなどない!」
「もう二十八、の間違いじゃ……」
「てかさ、そーやってすぐムキになるトコが……」
「……しっ。これでも一応、理事長」
「うっさいわ! 初潮すらまだのくせに、母親の年齢をイジるとはいい度胸だ叶恵!」
「しょ……」
「穂乃果と天花も! 私から言わせれば、おまえたちの母親も充分ガキのままだからな⁉」
「「……それは否定しないケド」」
美女の大人げない反応に、やはり墨を流したような艶のある黒髪をショートのボブにした女の子と、上品な栗毛色の髪をストレートロングにした女の子、日本人離れした美しい
ちなみに三人の女の子は物言いこそマセているものの、見たところ全員が小学校低学年くらいだった。
「ていうかママ。例の噂が本当かもしれないのに、こんな校庭のど真ん中で呑気に説教なんかしていていいの?」
「今、キョーリューのオバケが出たら美味しく食べられちゃうんじゃない? ウチら」
「……オバケも食事する?」
「ふふん! 安心しろ! 私と一緒なら大丈夫だ! この身に危険が及ぶようなことがあれば、『
そう言って胸を張る美女を見て、童女たちは呆れたように顔を見合わせ、深々と溜め息をついた。
「出た……ママの『騎士神様』信仰」
「『騎士神様』……。確か、ウチらが生まれるずーっと前からこのガッコで実しやかに伝わってきた、七不思議のひとつだっけ? アホくさ」
「……きっとOGの作り話」
「何を言う! 『騎士神様』は実在するんだぞ! アイツはな、普段はこの島の奥地で眠りについているが、この
「はいはい。『昔、騎士神様に助けてもらったことがあるのだ』でしょ? 物心ついたころから毎日のように聞かされて、もう耳タコだよ」
「ウチもママからしょっちゅう話を聞かされたケドさー。正直、眉唾だよねぇ」
「……あたし、それと全く同じことをお母さんに言ったら、一週間くらい口をきいてもらえなかった」
「お~ま~え~ら~! ちょっとそこに正座しろ!」
「ええっ⁉」
「真夜中に校庭のど真ん中で正座とかウケる」
「……恐竜のオバケが出る前に戻ったほうがいい」
「いいか! 騎士神様はな、とーっても格好良いんだぞ!」
「「「無視……?」」」
「強くて、優しくて、すっごく頼りになるんだ! おまえたちもいつかアイツと出逢うことがあればわかる!」
「パパには聞かせられないな、これ……」
「この程度の
「……夫婦仲に亀裂が生じないのが不思議。どっちの家も」
「はっはー。うちの旦那は私にゾッコンだからな。私に頭が上がらないのだ! なので問題ない! そもそも夫婦の仲というのはその程度で揺らぐような
「? ママ?」
「どしたん、リジチョー?」
「……マヌケな顔」
口を金魚のようにパクパクさせて、真ん丸くした目で、自分たちの背後、虚空を見上げる美女を怪訝に思った三人の童女は、
「「「………………?」」」
眉を顰めて何気なく振り返り、
「「「ひっ――」」」
そこにあったモノを見て、空気が漏れるような小さな悲鳴を上げて、その場にペタンと腰を抜かした。
振り返った先では、いつからそこにいたのか、全長十五メートルはありそうなティラノサウルスが、口から涎をダラダラ垂らしながらこちらを見下ろしていたのだ!
その
「……うぅ~ん……」
「えっ⁉ ママ⁉」
「泡噴いて気絶した⁉」
「……頼りにならない」
恐怖のあまり失神してしまう美女。
それを見て、逆に冷静になる童女たち。
同時に、
――ごあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
天地を揺るがすような咆哮とともに、ティラノサウルスが
「「きゃああああああああああっっっ!」」
その迫力に穂乃果と天花もまた恐怖で失神し、
「………………っ」
叶恵は尻餅をついたまま、ただ一人、迫る顎を呆然と見上げ――
直後。
『――混沌を破壊(こわ)し!』
『――秩序を創造(つく)る!』
彼女たちを庇うように、一人の少年がティラノサウルスの眼前に立ちはだかった。
「………………!」
ピキィィィィ……ン
まるで流星のように夜天から降ってきた、頭と関節部以外の全身を
「――中途半端に受肉したことで生き霊化した恐竜たち……か。なるほどね。確かに、テルルやレアの言うとおりだ。スーパーブルーブラッドムーンの放つ光が、今もあの
夜の校庭のど真ん中で、一瞬で誕生した氷山を見上げつつ、何やらブツブツ
「あなたは誰? わたしたちを助けてくれたの……? というか、その姿……。もしかして、あなたがママの言っていた――」
その
「キミたちは……。それにこの
得心がいったというふうに頷き、
「大丈夫? 怪我はない?」
優しい微笑を浮かべ、そう言った。
そう。
とても優しく――それでいて、どこか切ない微笑を。
……それはまるで、旧い友人と思わぬところで再会したような。
……あるいは、遠い昔に失くしたと思っていた子供のころの宝物を、押し入れの奥から見つけたような。
どこか泣いているようにも見える、こちらの胸が締め付けられてしまうような笑顔を。
「っ」
……その笑顔を目にした瞬間。
叶恵は、どくんと、自分の心臓が早鐘を打ったことに気付く。
自ずと確信する。
まだ彼の名前すら訊いていないのに。
自分は……自分も、彼のことが大好きになるに違いないと。
母と同じように。
「ボクの名前は
少年が名乗る。
案の定、それは昔、母が自分にだけこっそり教えてくれた『初恋のひと』の名前だった。
「キミたちの
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