♯11 52㎐の鯨④  おまわりさんコイツです(後編)


「ボクの故郷はこことは別の宇宙の地球でね。厳密には『異地球人』と言ったほうがいいのかな。この姿も間違いなく本来のモノさ」


 というか、正体は肥大化した脳や無数の触手を持つタコチューかもしれないと疑っていた相手と同じ部屋で寝るつもりだったのか、この子たちは。どんだけ肝っ玉が据わっているのだ。


「えっ! じゃあ勇魚さんって、生物学的には穂垂たちと全く同じ生き物なの⁉ 見た目だけじゃなく中身まで⁉」

「中身て。……でもまあ、そうだよ。もっともボクの本当の肉体は色々あって行方不明で、この肉体は特別なチカラで再現されたモノなんだけどね」

「再現???」

「そう。とはいえ構造自体はごく普通の人間のそれさ。当然、呼吸や食事、排泄を必要とするし、病気や怪我だってするし、傷を負えば赤い血も流れる」


 ただし、この肉体はチカラを使えば何度でも創造つくり直せるから、実質不死身みたいなモノなのだが。


「……じゃあ、勇魚くん、その気になればこの地球の女性との間に子供も残せる?」

「え。ど、どうなんだろ? この身体は遺伝子情報レベルで再現してあるっていうし、テルルとレアの口ぶりだと可能っぽいケド……」


 中々際どい質問をする銀花に鼻白みつつ、勇魚は馬鹿正直に答える。


「―あ、でも、流れ落ちた血や切った髪の毛なんかは、しばらくしたら雲散霧消してたっけ? ……あれ? なら、精子はどういう扱いになるんだ……?」


 受精卵として着床した時点で魂魄タマシイが宿り、独立した個として存在が確立するから消えないとか、そういった感じだろうか?


「このあと試してみますかー、おにーさーん!」

「わたしたちが協力するヨー、おにーちゃーん!」


 バスルームで地獄耳な双子がアホなことを言っているが無視する。


「……スマン、勇魚よ、わたしたちはやはり自分の部屋へ戻ろうと思う」

「やめろこのタイミングで戻ろうとするな絶対警察に通報しに行く気だろ」

「では次の質問だ。おまえがこの地球を訪れたのは最近のことなのか? やはりUFOに乗ってやってきたのか? この地球へ来た目的は? おまえ一人で来たのか?」

「ボクがこの地球に辿り着いたのは、現在いまから二十五年ほど前だよ。よく憶えてないんだケド、元いた宇宙で何らかの理由でワームホールに呑み込まれて、魂魄タマシイだけこっちの宇宙に吐き出されちゃったらしくてね。そんなとき偶然通りかかったデブリ……隕石に便乗する形で、この地球に辿り着いたってワケ」

「二十五年前……⁉ じゃあ勇魚さん、それからずーっとこの地球の上を流離さすらってたの⁉」

「いや。この地球に辿り着いたあと、半年くらいは、ここからずっと北にある大きな氷山の中で休眠ねむってたんだ」

「……氷山の中で? 勇魚くん、そんなトコで一人ぼっちで眠ってたの? 半年もの間?」

「うん、まあ」


『半年もの間』とは言うが、自分から言わせればむしろ『たったの半年だけ』だ。


「――で、半年後に一度目覚めて……いろいろあったあと、そこからさらに半年後に、今度は二十四年にも及ぶ眠りにつくことになって……」

「「「二十四年⁉」」」

「――そんなワケで、ボクは実質的にはまだ十五歳とか十六歳とか、それくらいなんだよ」

「待て。つまり、昔、半年ほどこの島で自由に動き回っていた時期があるということか?」

「じゃあ、勇魚さんが亡霊騎士と呼ばれるようなことをしたのもそのとき?」

「……勇魚くん、本当にこの島の子供たちを攫ってくびり殺したりしてたの?」

「えっ? あー……」


 漁港で魚屋の店主から聞いた話を思い出しつつ、勇魚はかぶりを振る。


「――生憎、絵本で語られているような悪行をした憶えは全く無いよ。ボクがしていたことは、むしろ真逆と言ってもいいくらいで……」

「「「真逆……?」」」


 勇魚の弁明に結芽たちは揃って目を丸くし、


「ということは善行か? もしや島の子供たちを縊り殺していたのではなく、逆に何かから護ってくれていたのか? 今日、わたしたちを救ってくれたみたいに? ――だが、何故だ?」


 代表し、結芽が疑問を口にする。


――? ? それとも、あの絵本は、最初から勇魚を題材にして描かれたワケではないのか? いや、だが……こんな偶然があるか? あと、――? それに、そうだ、……」

「………………!」


 そういうことだったのか。

 昼間に感じた引っ掛かりの正体がようやくわかった。

 まさか、例の絵本の作者が穂垂の母親――かつて自分を兄のように慕ってくれた三人の女の子の一人、瑞穂だったとは。

 そして、それを結芽にプレゼントしたのが銀花の母親――あの風花で、希実がそれを毎晩読んで聞かせて娘の結芽を怯えさせていたとは。

 ……だが。

 だとしたら。

 今、結芽が口にした疑問の答えは――


「それはたぶん――」

「「「たぶん?」」」

「……いや、なんでもない。見当もつかないな」


 言えなかった。

『たぶんキミたちのお母さんは、自分たちのあずかり知らぬところで娘が非日常に足を突っ込んでしまう可能性を潰しておきたかったんだよ』とは。

『キミたちのお母さんは、に関わることの危険性を絵本を使って吹き込んでおくことで、万が一キミたちがと接点を持ってしまった際は、を恐れ、関わるまいとすることを期待したんだよ』とは。

 ……関わったら、きっと最後は後悔することになるから。

 自体は危険でもなんでもなかったとしても、非日常的な存在である以上、傍にいることで、いつどんな危険に巻き込まれるかわかったものじゃないから。

 瑞穂が例の絵本を描いて世に送り出し、風花がそれを結芽にプレゼントして、希実が読み聞かせたという時期が、結芽に物心がつくのに合わせたっぽいのも、きっとそういうことだ。

 いや――結芽に、ではなく、結芽たちに、と言うべきか。


「作者の娘にくだんの絵本を読む機会が無かったとは思えないし、友人の娘に絵本をプレゼントした者が自分の娘にそれをしないというのは考えにくいもんな」


 現に、穂垂と銀花も亡霊騎士のことは知っていたのだから。


「たとえ子供のころの想い出がを危険な存在ではないと証明していても、大人になって常識や分別を身に着け、いざ自分が親の立場になると、我が子には非日常的な存在とは関わってほしくない、平凡でも穏やかな日常を生きてほしいと、そう願わずにはいられないものなのかもな……」


 もっとも、今日、結芽たちがと出逢うことになったキッカケ――誘拐犯からの救出というシチュエーションが、希実たちの目論見を御破算にしてしまったワケだが……。


「そう考えると、今夜の寝床や食事を提供してくれたのは希実なりの罪滅ぼしなのかも」


 もしかしたら、希実自身まだ迷いがあるのかもしれない。

 母になった今、かつて『兄』と慕ったに自分はどう接するべきだろうか――と。

 ……いや。

 あるいはそれすらも自分の都合の良い解釈、ただの希望的観測に過ぎないのかもしれなくて。




 ――『だから……イサナ。私の口からこんな言葉を聞くのは、おまえからすれば業腹だろうが……敢えて頼みたい。どうか「その日」が来たら、この地球ほしを護ってはくれないか……? 「この子」が愛し、もっと生きたいと願ったこの地球ほしを……』

 ――『いや、全部とは言わない。せめて私のせいで生まれてくることになった地球の分霊たちと、私のせいで重い罪業を背負ってしまった「あの子たち」だけでも、どうか護ってやってほしい。この半年、おまえを傍で支えてきた双子と、おまえが慈しんできた妹分たちを……』

 ――『この先、どれだけ残酷な結末がおまえを待ち受けていようとも。たとえ今はおまえを兄のように慕っている「あの子たち」が、大人になり、常識や分別を身につけて、おまえを忌避きひする日が来ようとも……』

 ――『……だって、どこまで行ってもおまえが異星人である事実は変わらない以上、それはきっと「仕方がないこと」なんだから……』




 真実は――きっと。

 かつて〈太母〉グレートマザーが示唆したように。


「彼女たちは大人になるよりもずーっとずーっと早く……ボクとのお別れからさほど時間が経たないうちに、『どうしてかつての自分は、親に反発してまで、あんな得体の知れないモノを慕っていたんだろう?』って、後悔するようになったのかもしれないな……」


 ……二十四年前のあの日。

〈太母〉グレートマザーとの因縁に決着をつけた自分が、希実や瑞穂、風花の見守る中、あの氷山の中で再び休眠(ねむり)についたあの日。

 実を言うと――これはたぶんテルルとレアも知らないことだが――自分はすぐに魂魄の休眠スリープモードに入れたワケではない。

 実際は長期にわたって半覚醒に近い状態だった。

 ウトウトと微睡まどろんでいるような状態だったのだ。

 そう――氷山の中で、少なくとも三年ほどは。

 そしてその間、自分は氷山の中から外の様子を窺うことが出来た。

 だからこそ憶えている。

 思い出してしまった。

 あの日以降、毎日のように氷山じぶんのもとを訪れては、まるで墓前でそうするようにその日の出来事を報告してくれていた希実たちが、週に一度、月に一度とその頻度を次第に減らしていき、やがて完全に足を運ばなくなるまで、せいぜい一年ほどしか掛からなかったことを。

 完全な魂魄の休眠スリープモードに陥るまでの残りの二年を、自分がどんな気持ちで過ごし、外界そとを眺めていたのかを。


「……そうだ」


 あの日からずっと変わることなく、片時も離れず自分の傍にいてくれたのは、ヒトに見つからないようその姿を不可視化させた人外の双子だけだった。

 テルルとレアだけだったのだ。

 今こうして目を輝かせてこちらの話を聞いてくれている結芽たちも、いずれは――


「けど、」


 たとえそうだとしても、


「……それもまた『仕方がないこと』か」


 昆虫を素手で捕まえて遊んでいた無邪気な子供が、大人になるにつれ視界に入れることすら嫌がるようになっていくのと同じだ。


「「えっ?」」「………………」


 自虐の笑みを浮かべる勇魚の独白に、穂垂と銀花はきょとんとし、結芽は僅かに眉を顰める。




 ――『ねえ、兄様! 兄様の「くぐい」という姓は「白鳥」を意味するらしいけど、「勇魚」という名にも「鯨」という意味があるんでしょう? あのね、この星には「52ヘルツの鯨」って呼ばれている鯨さんがいるんだって! ねっ、瑞穂!』

 ――『うん、希実! そんでねそんでねっ、その鯨くんが泳ぐコースはねっ、他のどんな鯨とも違っていて、しかも仲間の鯨たちとは、別のしゅーはーすー? で歌っているんだって! そんで、広い海をいつも独りぼっちで泳いでいるんだよ! おぃ、知ってた?』

 ――『……だからそのコ、「世界で一番孤独な鯨」って呼ばれているんだって。……可哀相だよね。宇宙人のお兄ちゃんですら、独りぼっちなんかじゃないのに。だって、ほら、お兄ちゃんには風花たちがいるもんね?』




「『世界で一番孤独な鯨』か……。今のボクは、何番目だろう?」

「勇魚?」「勇魚さん?」「……勇魚くん?」


 勇魚は目を瞑り、まだ何か訊きたそうな顔をしている結芽たちに気付かないフリをする。


 そして昨日のことのように思い出せる日々、伏せた瞼の裏に浮かぶ『妹』たちの笑顔に、そっと別れを告げた……。


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