♯11 52㎐の鯨④  おまわりさんコイツです(前編)


 結芽ゆめ穂垂ほたる銀花ぎんかの三人を交えた賑やかな夕食会のあと、勇魚いさなと双子が案内されたのは、食堂の二階にあるゲスト用の寝室だった。

 寝室と言っても、その豪奢な装いは高級ホテルのスイートルームもかくやといったところだ。格調高い椅子とテーブル、ソファがいくつも配置され、奥にはバスルームやキッチン、バーカウンターまで用意されている。ふたつあるベッドはどちらも天蓋てんがい付きのキングサイズで、普段は使用されていないと聞いたわりに掃除が行き届いており、床には塵ひとつ落ちていなかった。


「ふぅ~、食べた食べたぁ。結芽たちが自慢するだけのことはあって、凄いご馳走だったなぁ。……あれでアンモナイトとかのトンデモ食材が使われていなければ、なお良かったんだケド」


 勇魚はベッドの片方に身を投げ出し、大きな枕に顔をうずめつつ、夕食の席に出てきたご馳走の数々を思い出す。


「一番吃驚したのはやっぱあれかな。ウミサソリの素揚げが丸々入ったトマトパスタ」


 ちなみにウミサソリは身がプリプリしていて、海老のような味がした。


「そういえば、途中わざわざ席まで挨拶しに来てくれたシェフさんに話の流れで作りかたを訊いたのもあの料理だったっけ。えーと、確か作りかたは……」


 ①ウミサソリの脚と後ろ半身を切り離してから洗い、殻ごとぶつ切りにします。

 ②フライパンにオリーブオイルとニンニク、唐辛子を入れて熱します。

 ③ニンニクがキツネ色になったら①を入れ、殻を圧し潰すようにしながら二、三分   炒めます。

 ④白ワインを加えて煮立たせ、みじん切りにしたトマトと水を加え、中火で十分煮詰めます。

 ⑤茹でたパスタに③とパセリを加え、よーく混ぜ合わせます。

 ⑥器に盛り、千切ったバジルと素揚げにした小ぶりのウミサソリを載せたら出来上がり☆


「……うん、訊いといてなんだケド、自分で作ることは無いだろうなぁ……」


 他にもアノマロカリスのしんじょう揚げだの三葉虫の山芋焼きだのアンモナイトのブルスケッタだのメガロドンのフカヒレスープだの、目を惹く(でもって、口に入れることに抵抗を覚える)料理が満載だった。


「まあ、かつての記憶が蘇ったことで、ああいったトンデモ食材に対する苦手意識もだいぶ薄れちゃった感があるケドさ」


 何しろ、自分はかつて半年ほどだがこの島で生活したことがあるのだ。

 その間、ああいったトンデモ食材を避け続けることは事実上不可能だったワケで……。


「当時は希実のぞみ瑞穂みずほ風花ふうかにすっごい兄貴風を吹かせていたもんなぁ、ボク……。好き嫌いの多かったあの子たちを『そんなんじゃ大きくなれないぞ!』と叱ったことは一度や二度じゃないし……。そんなボクが出された料理を残すワケにはいかなかったしさ……って、ぐえっ⁉」


 仰向けになり、天井から垂れる豪奢なシャンデリアを見上げつつ昔日せきじつを懐かしんでいると、


「ふみー……お腹いっぱいで動けないのです~……」

「ふわぁー……用意されていたお部屋が同じ建物内でよかったんだヨ~……」


 とかなんとか言いながら、テルルとレアが勢いよく腹の上に倒れ込んできた。


「ちょっ、二人とも! 重いから退いて!」


『このコたちといい、結芽たちといい、昔の希実たちといい、なんでちっちゃい女の子ってみんな少しだけ柑橘かんきつ類を混ぜたミルクみたいな甘い匂いがするんだろう……』とどうでもいいことを考えながら、勇魚は自分の上でぽこんと膨れたイカっ腹をさすっている双子に抗議する。


「むっ……デリカシーが無いのですよ、おにーさん!」

「むー……女の子に重いは禁句だヨ、おにーちゃん!」


 すると双子は唇を尖らせ、こちらの首にその細い腕をスルリと回すと、ぎゅ~っと締め付けてきた。

 ……抱き着いてきたとも言う。


「だぁぁぁぁぁっ! だーかーらー、重いし暑苦しいって! ほらっ、隣のベッドが空いてるでしょ! あっちで寝なさい!」

「いーやーなーのーでーすー!」

「わたしたちが気付いてないとでも思ったの、おにーちゃん!」

「え?」

四十八願よいなら希実……現在いまは結婚して葉加瀬はかせに姓が変わったようですが……彼女と再会した際に、二十四年前のことを思い出したでしょう⁉」

「ギクッ」

「だったら当然、わたしたちとのアレコレも思い出してくれたんだよネ? 二十四年前、よく独りで夜空を見上げ故郷に想いを馳せていたおにーちゃんを、わたしたちがこうやってくっついて慰めてあげたことも」

「う……」


 まさか気付かれていたとは……。


「あたしたちと一緒にいても取り戻す気配すら無かったあのころの記憶を、希実との再会をキッカケに取り戻しただけでも面白くないのに! 記憶を取り戻したあとも、バツが悪いからって余所余所よそよそしい態度を取り続けるなんて! おにーさんは本当につれないヒトなのです!」

「おにーちゃんはネ、せめてものお詫びとして、今夜はわたしたちをたっぷりと甘やかさなくちゃダメなんだヨ! 今夜はもう片時だっておにーちゃんの傍から離れないんだからネ! 一晩中くっついてるんだから! お風呂もトイレもベッドの中でも一緒だヨ!」

「……あー、もうっ! わかった! わかりましたよ! ボクが悪かったってば! お風呂やトイレはさておき、添い寝くらいならしてあげるから! だから、とりあえず離れろって! こんなトコを誰かに見られたら――」




「「「うわぁ……」」」




「っ⁉」


 しがみ付いてくる双子を引き剥がそうとしていた勇魚は、いつの間にか開け放たれていたドアの傍で固まっている三人の小学生――結芽と穂垂、銀花に気付いて、全身から血の気が引くのを感じた。


「き、キミたち、いつからそこに……? あのあと寮へ戻ったはずじゃ……」

「おまえたち用の寝間着を母様から預かったから、届けにきたんだが……」


 水色のネグリジェの上に制服の上着を羽織った結芽――風呂上がりらしく髪が濡れている――が青ざめた顔で視線を逸らし、後退りつつ答えてくる。


「スマン……お邪魔虫はすぐに退散する。気にせず続けてくれ。ああ、心配するな。合意の上みたいだし、通報しないでおくから」

「待って! 誤解してる! 事案扱いされるようなことはしてないよ⁉」

「あはは……。高校生くらいの男のヒトがベッドの上で小学校低学年くらいの女の子と乳繰り合ってたら事案扱いされても仕方ないんじゃないカナ?」

「乳繰り合ってないし! ……なかったよね?」


 萌黄色のネグリジェの上に制服の上着を羽織った穂垂の指摘に反論するも、説得力が無いことは自分でもよーくわかっていた。

 力尽くで押し退けようと思えば出来たのに、されるがままになっていた時点で、自分がこの双子とのスキンシップを『受け容れている』ことは否定のしようがなかったから。

 しかし。


「……なーんてね。大丈夫。安心して。ホントは全部見てたの。その子たちのほうから勇魚くんにひっついてたのも、勇魚くんはむしろ困ってたのも、ちゃんとわかってるから」


 白いネグリジェの上に制服の上着を羽織った銀花はそう言うと、


「さあ、お邪魔虫のことは気にせず一緒にお風呂に入るですよ、おにーさん☆」

「先に行ってるヨ、おにーちゃん☆」


 とバスルームへ駆け込む双子をジト眼で睨む。

 銀花の言葉に勇魚は「ふーっ」と安堵の溜め息をつくと、額を伝う冷や汗を拭った。


「なーんだ。焦らせないでくれよ。また警察のご厄介にならなきゃいけないのかと思ったじゃない」

「うん、まあ、おまえがこのあとあの双子が待つバスルームへ向かうようなら、そうなるケドも」

「ねーねー銀花ちん、警察って119番でいいんだっけ?」

「……それは救急車」

「通報しないって言ったのに⁉ 向かわないよ⁉」


 バスルームから双子の「「ええっ⁉」」という驚きの叫びが聞こえてくる。

 こちらとしては「「ええっ⁉」」と驚かれたことに「ええっ⁉」と言いたい。


「ならいいが……。あの双子はもちろん、わたしたちにもおかしな真似はするなよ? 寝ている間に変なことをしたら噛みつくからな」

「へ?」


 どういう意味だろう、それは。

 嫌な予感がする。


「えへへ~☆ あのね、穂垂たちも今夜はここで寝ようと思って! ほら、この部屋ベッドがちょうどふたつあるしさ! そんなワケだから、穂垂たちはこっちのベッドを使わせてもらうね?」

「えええええっ⁉ ちょ、ちょっと待って! なんでそうなるの⁉」

「……だって勇魚くん、正体は宇宙人さんで、しかもあの亡霊騎士でもあるんでしょう? もっといろいろお話を聞きたいわ。夕食のときはシェフや給仕の目があったから、あまり突っ込んだお話は出来なかったし」

「うわこの子たちちゃっかりマイ枕まで持参してる!」


 とか言っているうちに結芽たちは「えーいっ♪」と隣のベッドにダイブ、枕を並べ、羽織っていた上着をポイッと脱ぎ捨ててネグリジェ姿となってしまう。


「恥じらいってモンが無いのかこの子たちは⁉ せめて上着は羽織ったままで――ああっ、ほらっ、見えちゃう! いろいろ見えちゃうってば! てか、屋内とはいえそんな薄着じゃあ風邪を引いちゃうよ⁉」


 結芽たちが脱ぎ捨てた上着を慌てて拾い集め、半ば無理矢理着せようとする勇魚を、結芽は目を爛々と輝かせて見上げ、


「それで勇魚よ! 早速だが、おまえは本当に宇宙人なのか⁉ どう見ても地球人なんだが、その姿は擬態なのか⁉ だとしたら、真の姿はどんな感じなんだ⁉」

「……ねえ、そんなことより、本当にここで寝るつもりなの? ボクと同じ空間で? 仮にもお嬢様学校の生徒さんが? 希実……理事長さんに知られたらマズいんじゃないの?」

「う。確かに母様には『寝間着を届けたらすぐ部屋へ戻るように』と釘を刺されたが……。でも、宇宙人の話を聞くチャンスなんてもう二度と無いかもだし……!」

「いや、でも、ボクの話にそこまでの価値は、」

「ああっ、もう! おまえは何もわかってない!」


 結芽はガシガシと苛立たしげに頭を掻きむしると、こちらの鼻先にビシッと指を突きつけ、


「いいか! 以前読んだ本に書いてあったが、生命が誕生する確率は、『25mプールに分解した腕時計の部品を投げ入れた際、水の流れだけで組み立てられて完成する確率』に等しいのだぞ⁉」

「う、うん? そうなの? ボクが以前見たテレビ番組だと『猿が適当にピアノの鍵盤を叩いていたら、偶々たまたまモーツァルトの曲が演奏できてしまう確率』に等しいって話だったけど」


 まあ、なんにしても、それは厳密に計算したワケではなく、それくらい低い確率だという例え話に過ぎないワケで……。

 全裸になったテルルとレアが、バスルームの扉の陰からひょこっと身を乗り出し言うには、


「たとえどれほど低い確率であろうと起こる確率が僅かでもあるのなら、確率分母ぶん以上の回数を試しさえすれば、いつかは必ず起こるものですよ、おにーさん☆」

「この地球ほしの創造も、生命の誕生も、一度の挑戦でいきなり成功したワケじゃない――母様や眷属たちが相応の数のトライ&エラーを繰り返した成果なんだヨ、おにーちゃん☆」


 ということらしいのだが。


「なんでもいいからキミたちはさっさとお風呂に入りなさい」

「それともうひとつ!」


 結芽は双子をバスルームに押し込む勇魚の鼻先に、立てた人さし指を突きつけて蘊蓄うんちくを披露する。


「聞いて驚け! なんと、地球が生まれてからの46億年間を46㎞の長さを持つ物差しに置き換えると、たったの1㎜が百年に相当し、わたしたち地球人の寿命と等しくなるのだ!」

「ん? そうなる……のか?」

「つまりだ! おまえが本当に宇宙人で、地球人わたしたちとさして変わらないしゅなら、わたしたちがこうして出逢えたのは、46㎞もの長さを持つふたつの物差しの僅か1㎜同士が偶然重ね合わさったということになるのだ! スゴイことだとは思わないか⁉」

「む」


 もちろん、物差しの長さをこの宇宙が生まれてからの137億年間に置き換えた場合、その確率はさらに低くなるワケで。


「わかるか、この出逢いがどれほど奇蹟的なことか! わたしはこの奇蹟を無駄にしたくない! だから教えてくれ! おまえは本当に宇宙人なのか⁉ その姿は真の姿なのか⁉ 正体は肥大化した脳や無数の触手を持つタコチューだったりしないだろうな⁉」


「……正真正銘、宇宙人だよ」


 そのあまりの熱意に勇魚は白旗をげ、真面目に答えることにした。


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