♯8 52㎐の鯨① シリアスからコメディへの落差がエグイ(後編)
「疲れたぁ……。ホントなんだったんだ、コイツら」
あちこちで横たわる骸のすべてがブレードから燃え移った蒼白い燐光に包まれて消滅するその
直後。
「おっ?」
勇魚の全身を覆っていた甲冑が、パア……ンという水風船が割れたような音とともに無数の紫と蒼の光の粒と化して弾け飛んだ。
それらは勇魚の右胸から飛び出したふたつの光球へ集まり、勇魚の両隣でヒトのカタチを成すと、二人の女の子――テルルとレアの姿へ戻る。
「えーと……、お疲れ様?」
今にも燃え尽きそうな骸のひとつへトボトボと歩み寄る双子の背中に、とりあえず声を掛けた勇魚は、
「………………ごめんなさいなのです……でも、こうするしかありませんでした……」
「………………痛かったよネ……死にたくなんかなかったよネ……」
「っ」
潮風が運んできた嗚咽、肩を震わせる双子の後ろ姿に息を呑んだ。
……今更ながら痛感する。
たとえ襲い掛かってきた相手であろうとも――何者かによって改造され、変わり果てていようとも。それがこの
母親のような慈悲深さに。
この子たちは正真正銘この
この
けれど、勇魚の目には、彼女たちが神々しくすら見えたのだ。
それこそ、この子たちの小さな背中が、自分よりも年上の女性のそれに見えたほどに……。
「………………ん? あれ?」
と、そこでひとつの疑問が浮かぶ。
「よーく考えたらキミたち、さっき出店で美味しい美味しいって
「それはそれ、これはこれ。なのです」
「直接手を下したワケじゃないから、問題ないんだヨ」
「そういうもん⁉」
「えーと……ほら、地球の分霊とはいえ、受肉している以上、食事は必要不可欠ですし」
「他の命を頂いて、己の命を明日に繋ぐ。それが生き物の業であり、役目なんだヨ」
「『
「だってすごく美味しそうだったのですよ!」
「受肉中は生き物の本能に抗えないんだヨ!」
「まあ、いいや。……さてと。もう大丈夫だよ。出ておいで」
勇魚はメガネウラの骸に向かって「南無南無」と合掌しているツッコミどころ満載な双子のことは放っておくことにして、操舵室からこちらの様子を窺っている小学生たちに声を掛ける。
「っ」
すると真っ先に駆け寄ってきた結芽が
「えっ⁉」
てっきり胸に飛び込んでくるものと思い、反射的に受け止めようとした勇魚の顔面に、
「とりゃーっ!」
と、本日二度めの強烈な蹴りを見舞ってきた。
「またこのパターンっ⁉」
たまらずひっくり返った勇魚は、
「黙れ、このオバケ! いやさ、亡霊騎士!」
結芽がこちらをビシッと指さして紡いだその名前に、パチパチと目を瞬かせる。
「ぼ、ぼーれーきし? それって確か、あの島を舞台にした絵本に登場する……」
「そうとも! 上手いこと人畜無害を装っていたが、わたしの目は誤魔化せんぞ! 貴様は昔、島の子供たちを夜な夜な攫っては
「えー……。あんなの、フィクションに決まってるじゃない」
「白々しいぞ! 今さっきフィクションみたいなバトルを繰り広げておいて!」
それを言われるともう何も言えない。
「大方、わたしたちを救ってくれたのも自分が襲うためだろう⁉ どうせ襲うのなら、わたしたちみたいな美少女のほうがいいに決まってるからな!」
「すごい……自分で自分を美少女だと言ってのける人間を初めて見た」
まあ、確かに結芽や
「最近本土を騒がせている神隠しの犯人も貴様ではないのか⁉」
「どうしたもんかな、これ……。また警戒されちゃったよ……。いや、いっそう悪化しているような……」
「ふー!」と両腕を持ち上げてアリクイみたいに威嚇してくる結芽に勇魚が頭を抱えていると、穂垂と銀花が「はわわわわっ」と慌てて駆け寄ってくる。
彼女たちはもう一度勇魚に飛び掛かろうとする結芽を羽交い絞めにして制止すると、
「どーどー! 落ち着いて、結芽っち! よーく考えて! ほら、そこで合掌してる子たち! その子たちが亡霊騎士さんを退治して封印したっていう天の御使いさんなんじゃないかな⁉」
「それが今は亡霊騎士くんと行動を共にしている……ということは、亡霊騎士くんは昔の行いを反省していて、封印を解いてくれたその子たちの監視のもと贖罪の旅をしている最中なんだよ。だからあたしたちを助けてくれたんだと思う。なのに、わざわざ喧嘩を売ることは無い」
「……うん。なんかもー弁明するのも面倒だし、そういうことにしておいて……」
自分は今日までずっと例の氷山の中で
「いったいどこのどいつだ、その迷惑極まりない絵本の作者は」
なんでもあの島に
「……ん? 絵本作家?」
そういえば今日、あの店主以外からもその単語を聞いたような……。
「どこでだっけ? えっと、確か……」
「ふむ。言われてみれば確かに!」
友人二人の説得に結芽は鷹揚に頷くと、パッと笑顔に切り替わる。
そしてエヘンと胸を張って、
「すまんな、亡霊騎士よ! わたしとしたことが少々大人げなかったようだ。トンボの化け物をやっつけてくれたこと、礼を言うぞ!」
「……うわぁ
相変わらずの変わり身の早さに、勇魚は思考を中断して呆れる。
「さて。このあとのことだが、どうしたらいいと思う、亡霊騎士? やはり、この凍った海を歩いて島に戻るしかないだろうか? だがその場合、誘拐犯たちはどうしたものかな? 流石にこのまま海上に放置して凍傷とかで死なれるのは寝覚めが悪いのだが。……とはいえ、わたしたちだけで大の大人を五人も運ぶというのは現実的ではないしな……。見たところおまえは不思議なチカラを色々と使えるようだし、良いアイディアのひとつやふたつ、出せるのではないか? ……あれ? そういえば、海が凍ったのもおまえの仕業なのか?」
「相変わらず警戒を解いた途端グイグイ来るなぁこの子……」
そんなことを言われても、生憎なんのアイディアも思い浮かばないのだが。
「とりあえずさ、その亡霊騎士って呼ぶの、やめてくれない?」
「む。ではオバケに戻すか?」
「それもやめて」
「ロリコン?」
「もうただの罵倒だろそれ」
「むう。注文の多い奴だ。おまえの名は確か勇魚だったか? では、勇魚と呼ぼう」
「呼び捨てかい……。ま、いいケドも」
「で、勇魚よ、これからどうするのだ?」
「うーん……。とりあえずこの船を動かせないか、試すだけ試してみるか。ダメ元でさ。操舵室にある計器類やらスイッチやらを適当に弄っていれば運良く動いてくれるかもしれないし」
動いたら動いたで、止められるのかという不安はあるが。
「だが、この凍った海はどうする? まずこの海をなんとかしないことには、どうにもならんのではないか? それとも、凍った海を解かす手段でもあるのか? 口から火を吐けるとか」
「どこぞの怪獣じゃないんだから」
「なら、腕から光線を発射したり、全身をダイナマイト化して爆発させたり」
「うーん……」
現在、自分の
ゆえに自分が揮える地球創造のチカラは、双子が
残念ながらそれらの中に、そういった火力を駆使するタイプのチカラは無い。
「なら、さっきみたく海に隕石を落っことせばいいのではないか? ほら、さっき隕石が落ちたトコを見ろ。氷が蒸発して穴が開いてるぞ! この調子でいっぱい落っことしていけば、」
「……その際に生じるであろう衝撃の余波に、船体が保ってくれればいいケドね……。さっきも危うく転覆するトコだったし」
「ではどうするのだ? グズグズしていると連中が目を覚ましてしまうぞ? ――そうだ! こういった船には連絡用の無線があるはずだ。それを使って本土や島、もしくは近くで操業中の船と連絡を取るというのだ? 上手くいけば迎えに来てもらえるのではないか? 船を動かすよりはそちらのほうが余程簡単だろう」
「確かに。そっちを先に試すべきか。ただ、問題は、迎えに来てくれたヒトに、この状況をどう説明するかだな。特にあの黒服たちのこととか」
「正直に『誘拐されるトコでした』じゃダメなの?」
横から穂垂が身を乗り出し、話に割り込んでくる。
「ああ、いや、説明に困るのは黒服たちがなんでノビてるのか、だよ」
「……『偶然落っこちてきた隕石に吹っ飛ばされたっぽいです』じゃダメ?」
首を傾げながら提案する銀花。
「連中の腕だけが凍り付いている理由にはならないよね、それ……」
「だったらもう『気付いたらこうなってました』としらばっくれるしかないのではないか?」
「う~ん……それしかないか。じゃああとは、ボクがここにいる理由をどう説明するか……」
「ふむ。確かにあの双子はわたしたちと一緒に誘拐されたことにすればいいが、見た目高校生くらいのおまえがわたしたちと一緒に誘拐されたというのはちょっと無理があるな」
双子を一瞥しながら頷く結芽に、勇魚が「やっぱそうだよね……」と頭を抱えていると、当の双子が「はいはい!」と仲良く挙手する。
「この際、おにーさんも誘拐犯の一人ということにしたらどうでしょう☆」
「やったネ、おにーちゃん! 恋泥棒から誘拐犯にジョブチェンジだヨ☆」
「それだとボクまで逮捕されちゃうよね⁉ そもそも恋泥棒って何⁉ ボク、誰の心を盗んじゃったワケ⁉」
「……うわぁ~、なのです」
「……それをわたしたちに言わせようだなんて、おにーちゃんはヒトが悪いんだヨ」
「え、何この地雷を踏んだような空気⁉」
そこで結芽がポンと手を打った。
「そうだ! わたしたちが攫われるところを偶々目撃して、自らの手で救出すべく出航直前にこの船に潜り込んだというのはどうだ?」
「うーん……ちょっと苦しい気もするけど。それしかないかぁ」
「まあ、どのみち連中が目を覚ましたら、洗いざらい喋ってしまうだろうがな。間違いなく殺したはずのおまえが甦ったことも。不思議なチカラで自分たちの腕を凍らせたことも」
「………………デスヨネー」
「とはいえ、良識ある大人なら真に受けることはないだろう。下手な嘘で自分たちを
「そう上手くいくかなぁ」
「だが、他にどうしようもあるまい」
「……それもそうか。よし。それじゃあ早速、無線が使えないか試してみよう」
一抹の不安は残るものの割り切って操舵室へ向かおうとした勇魚は、そこで本土の方角から近付いてくるひとつの船影に気付いた。
「ん? アレは……?」
それはこのプレジャーボートよりも一回り小さい砕氷船で、こちらに横づけされたその船体、白と黒のツートンに塗装された舷側には、『竜の口の海 沿岸警備隊』と書かれており、
「キミたち!
「見てのとおり我々はこの辺りを警備している者だ! さっき漁から戻った漁師さんから『向こうの海が突如凍った』という報告を受けて出動したんだが、ここで何があったんだい⁉」
「ちょっと前にこのへんに隕石が落ちるのが見えたんだが、キミたちは大丈夫だったかい⁉」
「これはっ⁉ ――キミたち! 海上で気絶している連中はいったいどうしたんだい⁉」
「「「「「「………………」」」」」」
砕氷船に乗っていた強面の男たち(いずれも警察っぽい紺の制服と救命胴衣を身につけている)に矢継ぎ早に質問されて、勇魚たちは無言で顔を見合わせ頷き合う。
そして「せーの」で大きく息を吸うと、異口同音に叫んだ。
「「「「「「気付いたらこうなってました!」」」」」」
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