♯8 52㎐の鯨①  シリアスからコメディへの落差がエグイ(前編)



 ……それは哀しい魂魄タマシイの話。

 あの島を舞台にした、一柱ひとり眷属カミサマと一人の女の子ニンゲンを巡る物語――そのエピローグの記憶。

 戦火と黒煙、そして眷属カミサマの涙で彩られた……。




「――ふふふ……勝負あり、だな。見事だ、くぐい勇魚いさな。流石はあの双子が認めた男。多元宇宙マルチバースあまねく謳われし伝説の守護騎士、〈ガイアセンチネル〉に選ばれし魂魄タマシイだ。私に勝ち目など最初ハナから無かったか」


 ………………。


「ははは……そう警戒するな。この期に及んで何も企みやしないさ。――約束だからな。大人しく投降し、もう好き勝手しないと誓おう。……本当だとも。疑うのなら、私をその魂魄タマシイに宿すといい。そうすれば、既にその魂魄タマシイに宿っている同胞はらからたちが私をちゃんと監視するだろうさ。……大体、、もうこの地上に未練は無い」


 ………………。


「どういう意味かって? わからないか? ……そうか。私の役者っぷりも捨てたものではないようだな。多くの犠牲を払い、同胞を欺き、主すら裏切った甲斐があったというものだ」


 ………………。


「ふふっ……そのとおり。察しがいいな。――そう。私が一年前あの双子に話したことは全くのデタラメだよ。出奔したのは別の目的でさ」


 ………………。


「その別の目的というのは何か、って? ――おまえだよ、イサナ。おまえのような者を――オリジナルの地球を出自としながらも何らかの事情でこの宇宙へ流れ着くことになった魂魄タマシイを、この地球ほしに招き寄せることさ」


 ………………。


「嘘ではない。それがあの日、あの夜、四十八願よいなら希実のぞみ早乙女さおとめ瑞穂みずほ氷室ひむろ風花ふうかを唆し、みっつのチカラを使用させた理由だ。あの夜のことはチカラの暴走も含め、すべて私の計算のうちだったんだよ」


 ………………。


「では、何故そこまでしておまえのような者を招き寄せる必要があったのか……それは言うまでもなく、オリジナルの地球を出自とする魂魄タマシイにしか地球創造のチカラを真に使いこなすことは不可能だからさ。複数のチカラを同時に揮うだけなら我が主にも可能だが、今おまえが使っている『魂魄一体オーバーローディング』、それだけは我が主にも不可能な芸当なのでな」


 ………………。


「わかるだろう? それがどれほどのものか。何しろそれこそが〈ガイアセンチネル〉の本領。多元宇宙マルチバースで■■■■■■■と謳われてきた所以ゆえんなのだから。特に、二人の地球の分霊ガイアをその魂魄タマシイに内包することで顕現するその形態、〈幽明界の守護騎士ボーダーガード〉は、『自他を護る』ことに特化した兵装だ。あらゆる脅威を払い除ける絶大な防御力を手に入れることが出来る」


 ………………。


「断言しよう。その姿のおまえを傷付けられる者など、この地球上には存在しない。多元宇宙マルチバース全体を見渡してもそう多くはないだろう。……いいや、決して大袈裟ではないさ。現におまえは今日、ヒトの身でありながら、造物主の眷属であるこの私さえも退けてみせたじゃないか。――楽しみだよ。おまえがこの先、他の同胞たちを次々と従え、更なるチカラを手にするときが。〈幽明界の守護騎士ボーダーガード〉だけでなく、すべての形態を体現できるようになる日がな。そのときこそ、〈ガイアセンチネル〉鵠勇魚が真の完成を見るときなのだから」


 ………………。


「ああ、そうだ。いつか必ず、この地球ほしと、この地球ほしに住まう者たちがおまえを必要とする日が訪れる。黄道十二星座をシンボルとする同胞たちが揃っておまえにかしずきき、こうべを垂れる日がやって来るだろう。ヒトの身からすればそれほど近くはないが、私たちにとってはそう遠くない未来。〈ガイアセンチネル〉鵠勇魚でなければ切り抜けられない事態が、な」


 ………………。


「すべて嘘偽りの無い真実さ。だからこそ私は、一度はおまえを氷山へ封印したあの双子が、もはやおまえを目覚めさせて協力を仰ぐしかないと考えるようお膳立てした。彼女たちがおまえを頼ろうという気になるまで、何度もわざと捕捉されては叩きのめしてやったりもしたんだ。多少は心が痛んだが、な」


 ………………。


「今日私から勝負を挑んだのも、この地球ほしに護りたいものがあることを自覚したおまえに死闘たたかいというモノを経験させるためさ。来るべき『その日』に備え、おまえをいっぱしの戦士にしておくために、な。私に勝ち目が無いことは初めからわかっていた――この勝敗すらも私の計算のうちだったんだよ」


 ………………。


「だから……イサナ。私の口からこんな言葉を聞くのは、おまえからすれば業腹だろうが……敢えて頼みたい。どうか『その日』が来たら、この地球ほしを護ってはくれないか……? 『この子』が愛し、もっと生きたいと願ったこの地球ほしを……」


 ………………。


「いや、全部とは言わない。せめて私のせいで生まれてくることになった地球の分霊たちと、私のせいで重い罪業を背負ってしまった『あの子たち』だけでも、どうか護ってやってほしい。この半年、おまえを傍で支えてきた双子と、おまえが慈しんできた妹分たちを……」


 ………………。


「この先、どれだけ残酷な結末がおまえを待ち受けていようとも。たとえ今はおまえを兄のように慕っている『あの子たち』が、大人になり、常識や分別を身につけて、おまえを■■する日が来ようとも……」


 ………………。


「……だって、どこまで行ってもおまえが異星人である事実は変わらない以上、それはきっと『仕方がないこと』なんだから……」


 ………………。


「すまない。自分がどれほど酷いことを言っているかは、ちゃんとわかっているつもりだ。だが……それでも……」


 ………………。


「……そうか、やはりな。……ふふっ。わかっていたよ。おまえならきっとそう言うだろうと。あの双子が惹かれてやまない、その悲しい笑顔で……。だっておまえは、あの双子が共に在ることを望み、私や同胞たちが認めた、52ヘルツの鯨なのだから……」


 ………………。


「嗚呼……これでやっと終わる……、たった数百……けれど幾千、幾万にも感じた長い長い昼と夜を……、独り見届けきた日々が……、ようやく終わりを迎えるのだな……。こんなものとは比べ物にならない、それこそ悠久のような刻を、同胞たちと過ごしてきたのというのに……。なのに、『この子』を喪ってからのこの一年は、不思議とそれよりも長く感じたよ……」


………………。


「けれど、ようやく『この子』の家族に、この身体を――『この子』を返すことが出来る。


あの日のキミとの約束。遂に果たせそうだよ――『未宇みう』」






                    ☆






『もうっ! おにーさんってば、いつまでボ~ッとしてるですか!』

『また来るヨ、おにーちゃん! 集中して!』




「………………はっ⁉」


 魂魄タマシイが一体となった双子の思念、頭の中に響く声に、ヘルムの下で虚空を見つめていた勇魚いさなの双眸が焦点を取り戻す。

 そして、


「な、なんだ? 今の記憶は……? いったいいつの――って、うわぁ⁉」


 ヘルムの内部、眼前に浮かぶモニター(存在しない覗き穴スリットの代わりと思われる)に不意に映し出されたトンボの顔面のどアップに、勇魚は危うく腰を抜かしかけた。

 顎をガチガチと鳴らし、遥か上空から飛来したそのトンボの化け物は、先程襲ってきた個体を粉砕した際に振り上げた右腕にガブリと噛みついてくる。


「痛っ! ……くない?」


 勇魚は反射的に悲鳴を上げるも、全身を覆う留紺とまりこんの甲冑、残り火のような蒼白い燐光を燻らせている手甲の前には、文字通り歯が立たないようだった。


「お……おお……。全然へっちゃらだ……」




 ――ぎちぎちぎちっ!




「――って、とっとと離せっての! ……このっ!」


 ガジガジとなおも噛みついてくるトンボの化け物――メガネウラを、腕をブンブン振って振り払おうとする。

 が、


「ダメだ、離れない……こうなったら!」


 全く離れる気配の無いメガネウラの胴体に左の拳を叩きこむ。

 トンボとしては規格外のサイズだが、身体構造自体はそこまで頑丈というワケでもないらしいメガネウラは(もっとも改造されている時点でこれをメガネウラと呼んでいいのかは疑問だが)勇魚の一撃で吹っ飛ぶと、凍った海面に墜落し動かなくなった。

 そしてそのむくろは攻撃がヒットした瞬間甲冑から燃え移った残り火のような青白い燐光に包まれて炎上、灰も残さず燃え尽きる。


「すごいな、この甲冑。全く重さを感じない。せいぜいコートを羽織っているくらいの感覚だ。しかも、心なしか筋力や脚力が強化されている? いや、これはテルルとレアが重力を操作することで威力を増強してくれているのか?」


 モニター越しのためイマイチ視界が悪いのと、全身くまなく甲冑に覆われているため手足を振り回しづらいのだけが難点と言えば難点だが。


「これならイケるかも……?」


 一瞬、安堵に胸を撫で下ろしそうになる勇魚だったが、




『気を抜くのは早いのです! まだまだ来ますですよ!』

『このまま防御特化形態ディフェンダー・モードでいくんだネ⁉』




「え? 防御特化形態ディフェンダー・モード? ――うわわっ⁉」


 双子の忠告に顔を上げると、さっきまで遥か上空を旋回していたはずの五十近い数のメガネウラたちがこちらへ殺到、すぐ目の前まで迫っていた。

 こちらの周囲を凄まじいスピードで縦横無尽に飛び回り、その高周波ブレードような翅で切り裂こうと次々に突っ込んでくる光景は、操舵室からこの戦いを見守っている三人の小学生の目には砂嵐か竜巻のように映ったことだろう。

 もっとも勇魚の全身を覆う留紺の甲冑は、メガネウラの翅が掠めると同時に火花を散らしこそするものの、きずひとつ付きはしなかったが。


「いや、違う。これは――」


 正確には、疵は出来ている。

 が、出来た傍から修復されているのだ。

 おそらくは、レアのサポートにより。

 攻撃を受けた直後、装甲の表面に浮かぶハニカム構造の光芒――『星核構築』デイジーワールド・プログラムのチカラによって。

 とはいえ、


「怖い怖い怖いっ! てか気味が悪い!」


 トンボらしからぬブンブンと五月蠅うるさい翅音、その何十もの合奏が、こちらの生理的嫌悪感をこれでもかと煽ってくる。

 可能なら今すぐこの場から逃げ出したいくらいだ。


「……そういうワケにもいかないか。コイツらの意識が海上の黒服たちや操舵室のあの子たちのほうへ向く前に、すべてたおしてしまわないと……!」


 視界モニターの隅に映る結芽ゆめたちを一瞥し(三人とも険しい顔でこちらを見守っている)、勇魚は怖じ気づきそうになる自分を必死に奮い立たせる。


「ちょうど接近戦に持ち込むしかないと思っていたトコだし、コイツらのほうから近づいてくるのなら好都合だ。――行くぞ!」


 ガチン、と手甲が装着された両手を打ち鳴らして気焔を上げ、勇魚は傍を旋回するメガネウラの群れめがけて矢継ぎ早に攻撃を仕掛ける。


「はぁっ!」


 偶々たまたま目の前に来た個体の頭部を手刀で叩き落とし、クルリと反転、適当に放った足刀で別の個体の胴体を打ち砕く。

 間髪入れず、運悪くそこに飛来した個体の翅をむんずと掴み、甲板デッキへと叩きつけ、そのまま別の個体へと投げつけて叩き落とす。

 何しろこれほどの数だ、動きづらい甲冑を纏っているとはいえ、適当に四肢を振り回すだけで面白いように攻撃が当たる(もっとも、敵を叩き潰すときのグシャリという感触は、お世辞にも面白いとは言えなかったが)。


「っ」


 もちろんメガウネウラたちも顎や翅、ときには捨て身の体当たりで反撃してくるが、いずれの攻撃もせいぜいこちらをふらつかせるくらいで、ダメージを負うほどではない。




『! おにーさん、マズいのです! 一匹、操舵室のほうへ向かっているのですよ!』

『あの子たち、操舵室の入口の扉を閉め忘れちゃってるヨ⁉ このままじゃ危ない!』




「させるかっ」


 勇魚は甲板デッキを蹴って跳び、結芽たちがいる操舵室のほうへ急降下するメガネウラの尾を空中で掴み、甲板デッキへと叩きつける。

 そしてその頭を甲冑で覆われた踵で踏み潰していると、残るメガネウラたちがまるで息を合わせたように一斉に襲い掛かってきて――




 ――ガシッ! ガシガシガシッ! ブブブブブ……




「ちょっ――」


 十匹近いメガネウラに、腕や肩、脚や胴など、全身のあちこちを掴まれて、ふわりとそのまま空中へ持ち上げられてしまう。


「このっ、離せ――って、やっぱちょっとタンマぁぁぁぁぁっ!」


 そしてそのまま数十メートル近い高さからポイッと放り捨てられ、勇魚はなすすべなく甲板デッキに叩きつけられた。


「こ……のぉぉぉぉぉっ! やりやがったなぁ!」


 甲板デッキに全身めり込みこそしたもののやはりノーダメージだった勇魚は素早く起き上がると、丹田たんでんの前で両腕をXの形に交差させる。

 意識することなく――最初から知っていたかのように。




「星核構築」デイジーワールド・プログラムインヴォーグ――装甲再構築リライト!』




 勇魚の無意識の求めに応じてレアがチカラを行使し、同時に両の前腕を覆う甲冑が蒼い光を発して変形、鮫の背びれにも似た蒼白いブレードを展開させた。


「はぁっ!」


 勇魚はそれを確認すると、押し寄せるメガネウラの群れを前腕部に展開したブレードでもって次々に迎え撃ち、両断していく。

 そして。


「ふぅ……」


 気が付けば五十匹近くいたメガネウラは一匹残らず地に墜ち、その骸を晒していた。



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