♯7 幽明界の上に立ち⑥ どこの特撮番組ですか?(後編)
「『改造』って、どこのどいつがそんなことを⁉ って、ちょっと待て! あれ、よく見たら何十匹も飛んでないか⁉ でもって、どう考えてもボクたちを狙っているよな⁉」
見上げると、夜の藍色が混じり始めた夕焼け空に、五十を超える数のメガネウラ(仮称)が潮風をものともせずに縦横無尽に飛び回っていた。
あまり考えたくないことだが、あれ全部が先程の個体と同様のサイズで、しかもこちらを獲物と認識しているのなら、この状況は絶体絶命のピンチ以外の何物でもない。何せ連中は肉食なのだ。状況的にはライオンの群れに囲まれたのとさして変わらない。
「みんな! ひとまず船内に――」
「「「既に退避済みであります隊長!」」」
「早っ! いつの間に⁉ てか誰が隊長だ⁉」
促そうとしたら既に操舵室へ退避していた小学生たちに、勇魚は感心すると同時に呆れる。
と、そのとき。
遥か上空を飛んでいた一匹のメガネウラが、突如急降下を開始した。
ガチガチと不気味な音を立てて開閉するその強靭そうな顎が狙うのは、言うまでもなくこちら――
ではなかった。
凍った海の上で未だ気を失ったままの黒服たちだ。
「ちっ……。見捨てるのも寝覚めが悪いか」
勇魚はそれを見て舌打ちすると、『♈』の紋様からバチバチと青白い放電を迸らせる右の拳のシグネットリングに、左の掌を叩きつけて、
『
「はあっ!」
急降下してきた個体めがけて凍気のブーメランを射出する……!
が、
「躱された⁉」
メガネウラはひらりとこちらの攻撃を躱し、しかも途中で方向転換、今度はこちらへと襲い掛かってくる。
しまった、と思ったときには手遅れだった。
両脇に侍る双子を突き飛ばし、彼女たちをメガネウラの攻撃範囲から逃がすことに成功するも、自身はその場を動けず、凄まじいスピードで真横を翔け抜けていったメガネウラの翅に、左の脇腹をごっそりと
「
あまりの激痛に顔を顰めるが、必死に意識を集中して『
「このっ」
勇魚は上空で旋回しているメガネウラの群れへ、立て続けに凍気のブーメランを射出するも、
「全然当たらないのですよ!」
「全部躱されちゃったんだヨ!」
双子の言うとおり、ことごとく躱されてしまい頭を抱える。
「ダメだぁ! あんな上空に陣取られたんじゃ、とてもじゃないけど攻撃を当てられる気がしない! なら『
その場合、間違いなくこちらも無傷では済まないだろうし、万が一消耗戦にでもなろうものなら、肉体の再生が追い付かなくなりそうだ。
「てゆーかそんな捨て身な戦法を取る勇気、ボクには無い! あんなデカいトンボを引き付けるとか無理無理無理!」
いくら超常のチカラで肉体を再生できるとは言っても、自分は元々平和な島国で生まれ育った一般人に過ぎないのだ。戦争や決闘はもちろん喧嘩すら経験したことが無いのである。
「せめて、何か身を護る方法があれば……」
ぎりっ、と歯ぎしりする勇魚の脳裏に、刹那、ひとつのヴィジョンが浮かんだ。
……それは端々に施された
「っ。なんで今このタイミングで……?」
――『『『刻み込め、森羅万象その
不意に甦る、
「………………。そうか……、そういうことか……。眷属たちの言っていた『後々もっと重要になるチカラの使いかた』ってのは、あれのことだったのか。……うん。そうだったっけな。少しだけ思い出せたぜ……」
今の自分には、理解できる。直感的に。
……いや、何故かわからないが、自分はとうの昔に知っていたはずなのだ。
その使いかたを!
「おにーさん⁉ 何をぼ~っとしているですか⁉」
「次々に押し寄せてくるよ⁉ どうするの、おにーちゃん⁉」
ちょうどそこに双子が駆け寄ってきた。
「……テルル。レア。あれをやるぞ」
「「えっ⁉」」
今日初めて昔のように名前で呼ばれ、弾かれたように振り向いた双子は、両の握り拳を胸元で突き合わせるように構えた勇魚の姿、それの意味するところを理解してハッと息を呑む。
くしゃり、と表情を歪める。
……それは様々な感情が
まるで、はぐれた家族にようやく見つけてもらえた
「「うんっ!」」
瞳に浮かんだ涙をゴシゴシと拭い、元気に頷いて、テルルは勇魚の左隣、レアは右隣に並び立つ。
祈るように、もしくは託宣を告げるように、胸元で両の手を組み合わせて瞼を伏せる。
勇魚は上空からきりもみ降下で襲い来るメガネウラの群れを見据えつつ、気配だけで双子のスタンバイを確認すると、意を決し咆えた。
「
「『
勇魚が咆哮と同時に左腕を手刀のように真横に振り抜くと、テルルの身体が無数の紫色の光の粒と化して弾け飛ぶ。それらはすぐさま収束すると、眩い光球と化して勇魚の傍を漂った。
次いで、
「
「
勇魚が今度は右腕を真横に振り抜くと、レアの全身が無数の蒼い光の粒と化して弾け飛び、すぐさま収束。やはり光球と化して勇魚の傍を漂った。
紫と蒼の、まるで地球のようなふたつの光球――
そして最後に。
「「「――
勇魚、テルル、レアの咆哮が重なり、勇魚が握り拳を作り脇の横へと引き絞ったその瞬間、ふたつの光球は流星のような尾を引きながら勇魚の胸へと吸い込まれ――
刹那。
天へ向かって立ち昇る、紫と蒼、二色の光の柱が勇魚の全身を包み込んだ。
「な……なんなのだ、この光は⁉ あやつめ、いったい何をしている⁉」
「待って! ねえ見て、あれ!」
「……あれは……まさか……!」
息を呑んで一部始終を見守っていた小学生たちが、あまりの眩さに反射的に閉じた瞼をもう一度開くと。
そこには――
『
『バージョン〈
――そこには、まごうことなきあの甲冑……端々に施された
地球の分霊たちを己が
背中、肩甲骨の辺りに妖精の羽を彷彿とさせる二本の
喩えるなら――そう、
「………………亡霊騎士………………」
三人の小学生の中の誰かが、震える声で呟く。
同時に、きりもみ降下で襲い掛かってきたメガネウラの群れが、騎士の、地球のように蒼く丸い水晶体が特徴的な
「「「! 危な――」」」
それを見ていた小学生たちが悲鳴を上げるよりも早く。
無言で振り上げられた騎士の右拳が、一匹のメガネウラの頭を粉砕した。
軽々と。
無造作を通り越した機械的動作で。
頭を失ったメガウネウラは、騎士の手甲から燃え移った青白い燐光に包まれて炎上、骸どころか灰も残さず燃え尽きる。
「「「………………!」」」
絶句する三人の小学生。
――ぎちぎちぎちっ……!
残るメガネウラたちは一斉に空へと逃げ、
……そうして。
あの氷山の中で
『――混沌を
『――秩序を
勇魚の頭の中で、地球の分霊である双子が
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