♯4 幽明界の上に立ち③ 何が始まるんです……?(後編)



「今のはどう考えても誘拐犯の台詞だよな……⁉ もしかして店主が言っていた『不審な輩』ってのはあの連中のこと⁉ まさか、あの麻袋の中身は全部誘拐された島の子供⁉ 車から降りてきたのは三人で、全員が麻袋を担いでいたから……一気に三人誘拐されたワケ⁉ ……って、え? 助ける? ……誰が? ……ボクが⁉ どうやって⁉ それより警察に通報したほうが、」


「そんな悠長なことをしていたら逃げられちゃうのです!」

「早く追いかけないと見失っちゃうヨ⁉」


「ンなこと言われても、どうやって海上の船を追いかけろと⁉ キミたちこそこの地球の分霊だろ⁉ 足止めとか出来ないの⁉ 重力を操作できるっぽい感じのこと言ってたじゃん!」


「あたしたちのチカラは強大過ぎるのです。間違いなく、子供も巻き込んでしまうのですよ」

「そもそもわたしたちはネ、この星の住人同士のいざこざには原則干渉しちゃダメなんだヨ」


「はあ⁉ なんでさ⁉ キミたちはこの地球の分霊。言わばこの星の住人を始めとする万物の生みの親! 神様にも等しい存在だろ⁉ なのに、なんでそんな制約を課されなきゃならないんだ⁉」


「確かにあたしたちはこの地球の分霊です。けど、神様でもなければ造物主でもありません。この地球や、この星の住人を生んだのは、あくまで母様とその眷属たちなのですから」

「わたしたち……この地球も、この星の住人と立場は一緒なんだヨ。多少、上のステージに位置しているだけで。『創造された側』であることに変わりはないの。地球とその住人はネ、ヒトとその体内に住まう数多の細菌みたいな関係なんだ」


 ……また小難しい話が始まった。


「ひ、ヒトと細菌みたいな関係……?」

「ある種の超個体と考えてほしいのです」

「ちょーこたい?」

「超個体っていうのはネ、同種あるいは異種の個体の集まりによって形成される、ひとつの個体のように振る舞う生物の集団のことだヨ。この地球、生物圏全体も、見方によっては――」

「って、待て待て待て! 今はそんな話をしている場合じゃないんだって!」

「「あ。」」


 見れば、黒服の男たちを乗せた船は、まだあまり岸から離れていなかった――おそらく海上のあちこちにぷかぷかと浮かぶ氷の塊と衝突し、沈没や航行不能といった事態に陥ることを懸念しているのだろう、思うようにスピードを出せずにいるようだ。

 とはいえこのままでは、五㎞ほど離れた本土へさほど時間を掛けずに辿り着き、男たちはそのまま雲隠れしてしまうことだろう。


「くっ……。やっぱり警察に――」


 勇魚はほぞを嚙んでクルリときびすを返す。

 その瞬間だった。




『――やれやれ……相も変わらず世話の焼ける方ですね』





 でそんな声がして。


「えっ⁉」




 ガツン!と金槌で横殴りにされたような衝撃が勇魚の脳を揺さぶった。




「ぐああああああっ⁉」


 あまりの激痛に勇魚はたまらず絶叫、その場にくずおれ、頭を押さえる。


「おにーさん⁉」

「おにーちゃん⁉」


 放り捨てられた双子が驚き駆け寄ろうとするも、その姿はテレビのスノーノイズにも似た砂嵐に塗り潰され、周囲の景色ごとプツンとブラックアウトし……、


「――――――⁉」


 直後、勇魚は見知らぬ場所に立っていた。

 聖書に語られるエデンの園やギリシャ神話に登場する平和の楽園エリシオンのような、どこまでもどこまでも果てしなく続く、美しい花園だ。

 星々の代わりに0と1を模った緑の光が明滅する宇宙空間と、見慣れぬカタチの大地と大洋をようする地球を背景に、黒と白の二種類の延命菊デイジーが競うように咲き誇る――


「なん……だ、ここは……。それにあそこにいるのは……」


 見れば、おびただしい数の蝶がひらひら舞う花園の一角に、行儀よく正座する人物の姿があった。

 からすのような黒髪を桜を模した花簪はなかんざしでお団子にし、胡蝶蘭こちょうらん黒鳥こくちょうが刺繍された正藍染しょうあいぞめの着物に身を包んで、神楽用の白い狐面を着けた、およそ奇抜と言っていい風体の少女である。


「キミは――」




『不知周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与

 周与胡蝶、則必有分矣

 此之謂物化』




 狐面のせいで顔立ちは不明だが、背格好から推測するにまだ十代後半くらいであろうその少女は、ピンと背筋を伸ばし、お手本のような正座のまま鈴の音のような声で荘子の胡蝶の夢を口誦こうしょうすると、白魚のような指でこちらの背後を指し示す。

 勇魚は釣られるように振り返り、


「⁉」


 いつの間にかそこに無数の蝶が群がっていたことに気付き、息を呑んだ。


「この透き通るような美しい瑠璃色の翅……。昔、図鑑で見たモルフォ蝶に似てる……。けど、よく見るとこの蝶、発光してる……?」


 いったいどうやって宙に浮いているのか、全く羽搏はばたくことなくじっと宙に静止したままの無数の蝶たちの、幾重にも重なり合ったその翅は、一枚の巨大なスクリーンのようで――


「! 何かが映ってる……?」


 これを見せるため、自分はここに呼ばれたのだ――不思議とそう確信できて、勇魚はじっと目を凝らす。


「……女の子?」


 コマ送りで矢継ぎ早に表示されていく映像にはが写っていて、そこに映っているのは彼女たちの行動記録のようなモノらしかった。


「知らない女の子たちだ……。けど、何故か見覚えがある気がする……」


 誰だったか……。どうしても思い出せない。


「くそっ。なんで音声が無いんだよ、この映像」


 お陰で映像の中の人物たちが何を話しているのかわからない。

 まあ、先程からずっと女の子たちが野山を駆け回って遊んでいる映像が続いているので、音声があったとしても、彼女たちの正体に繋がるような情報が手に入ったかは怪しいが。


「正直退屈……って、ちょっと待て!」


 女の子たちの平穏な日常は、突如終わりを迎えた。

 ある日突然、空から落ちてきた巨大な隕石。それが地表に衝突した瞬間の衝撃で、女の子たちが住む街の一地区が壊滅してしまったのだ。


「そんな……」


 ――場面が切り替わって、どこかの病院の一室。隅に置かれたベッドの上で、亜麻色の髪の童女が目を閉じ横たわっていた。


 ――人工呼吸器と沢山のチューブで繋がれたその子に縋りつき号泣する、両親と思しき男女。その傍らで、ただただ立ち尽くすだけの三人の女の子……。


 ――そのうちの一人……墨を流したような美しい黒髪をボブにした女の子は、世の理不尽を呪っているのだろうか、固く握った拳を怒りに震わせていて……。


「何故だ……? 何故ボクはこの子たちに見覚えがある気がするんだ……?」


 ――再び場面は変わり、夕日に照れされて紅く染まるどこかの街角。そこで例の三人の女の子は、――と対面し、言葉を失って立ち尽くす。


 ――そんな彼女たちに童女が差し出したのは、みっつのアイテム。黒曜石こくようせきから削り出したかのような黒い八十八面体のサイコロと、銀星石ぎんせいせきを磨いたかのような銀の愛らしい雪兎と、翡翠ひすいで出来たかのような掌サイズの如雨露じょうろだった。


 ――童女が……否、が差し出したそれらのアイテムは、三人の女の子が恐る恐るといったふうにひとつずつ受け取った瞬間、ふわりと宙に浮かび上がり、そのまま女の子たちの丹田たんでんの辺りへと移動。すぅっと溶け込むように消える……。


「『肉体を借りた何者か』……? 待て、ボク。今、何故そう思った?」


 ――またもや場面が変わり、三人の女の子は、勇魚が今日まで氷山の中で眠りについていたあの学校の跡地にいた。真夜中にもかかわらず――大人の付き添いもなく。唯一、ベレー帽の童女だけを伴って。


「あの学校、このころにはもう廃校になっていたのか……。でも妙だな……。校舎が焼け落ちていない……しっかり原形を留めてる……。それに地面のクレーターや例の氷山が見当たらない。ってことは――」


 この映像は、自分の魂魄タマシイが隕石に乗ってこの地球に辿り着き、あの双子を倒壊する建物から守ったという二十五年前よりも前の出来事ということか?


「あれ? そういえばあの双子、二十五年前、あそこで何をしていたんだっけ?」


 確か、母親からみっつのチカラを奪って出奔した眷属――〈太母〉グレートマザーとやらを追っていたとかなんとか言っていたような……。


「――待てよ?」


 みっつのチカラ?


「……みっつ?」


 まさか……、脳死と診断されたはずの童女の肉体を借りた何者か、その正体は……。

 夕日に照れされ紅く染まる街角で、三人の女の子が受け取ったモノ、それの意味するところは……。


「っ⁉」


 そのとき、蝶たちの翅に映し出された映像に、勇魚は強い衝撃を受ける。


 ――巨大な時計塔の屋根の先端に立つベレー帽の童女に促され、三人の女の子が校庭の中心で夜天を仰ぎ、その右手を高々とかざし。


 ――次いで、彼女たちが何かを叫んだ瞬間、その全身から黒、銀、翠の光の柱が立ち昇り。


 ――柱はたちまち宇宙の渚を突き破り、どこまでもどこまでも伸びて、すぐに月まで到達し。


 ――そしてもたらしたのだ。


「こ……れは……っ」


 映像の中で、霜降り、き、氷結し、ヒビ割れてゆく大地。この小さな離島はもちろんのこと、浅海あさうみの向こうに浮かぶ列島や彼方遠くに覗く大陸すらも、薄氷うすらいと霜柱で覆い尽くさんばかりに降り注ぐダイアモンドダスト。そんな渦中を平然と跋扈ばっこする、ティラノサウルスやブロントサウルスといった滅びたはずの巨大生物たち。

 さらには、生き霊である彼らの、紫の燐光を纏って宵闇に浮かび上がる半透明の巨体を、次々に撃ち抜いては霧散させる火の玉のシャワー。無数の隕石による、いつ終わるとも知れぬ重爆撃!


 そして気を失い、ぐったりと大地に横たわる三人の女の子。


「これは……この光景は……! ボクは知っている……既に一度この目で見ている⁉ 何故⁉ いつ⁉ どこで⁉ くそっ、音声があれば何か手掛かりが――って、えぇぇぇぇっ⁉」


 そこで勇魚はぎょっとした。

 映像の中にあの双子が――テルルとレアが登場したのだ。


 ――ベレー帽の童女と空中で対峙し、何やら激しい舌戦を交わした双子は、やがて痺れを切らしたかのように実力行使へと出て……。


 ――ベレー帽の童女が立っていた時計塔の屋根をパンチとキックで打ち砕き、高さ三十メートルはあろうかという塔身に巨大な亀裂を刻み……。


 ――結果、ただでさえ隕石の重爆撃によってボロボロになっていた時計塔は、その衝撃でポッキリと折れて傾き始め……。


 ――そのまま、地に横たわったままの三人の女の子めがけて倒壊し……。


「って、何やらかしてんだあの双子はーっ!」


 双子のポカ(と呼ぶにはあまりに致命的なやらかし)に勇魚は絶叫する。

 が、次の瞬間、信じられないことが起こった。

 気を失ったままの三人の女の子と、彼女たちを庇おうとした双子のすぐ近く。雪原と化した校庭に穿たれた無数のクレーターの一個で、巨大な隕石が紫の燐光を発したのだ。


「アレは……⁉」


 隕石の表面から白い鬼火のようなモノがゆらゆらと立ち昇り始め、それは渦巻く燐光を吸収して宵闇にぼうと浮かぶ少年の姿をカタチ作ると、双子や三人の女の子のもとへ瞬時に移動。三人の女の子の顔を覗き込み、そのみっつの小さな唇にその唇を順に重ねていく。

 そして唇を親指で拭った少年は、倒壊する時計塔を仰ぎ見ると、固く握り締めた右の拳を勢いよく振り上げて……。


「っ」


 そこからは怒涛の展開の連続だった。

 一瞬で形成された巨大な氷山に押し戻され、そのまま隕石の連弾によって瓦礫の山と化す時計塔。少年が天が翳した掌から迸る群青色の光のさざなみ

 そして双子やベレー帽の童女が茫然と見守る中、ゆっくりと振り返り全員の無事を確認した少年は、安堵の笑みを湛えると、無数の燐光となって元の鬼火へと戻る……。


「馬鹿な……」


 双子にふっと優しく息を吹きかけられて氷山の内部へすうっと溶け込んでゆく鬼火の映像を眺めつつ、勇魚は震える声で呟く。


………………! なら、あの鬼火のようなモノ……魂魄タマシイは……隕石にくっついてこの地球へ降り立ったばかりのボク……? これらの映像はボクとあの双子が初めて出逢った二十五年前のモノなのか⁉」


 ならばやはりあのベレー帽の童女――三人の女の子の友の肉体を借りた何者かこそが、あの双子が追っていたという造物主の眷属、〈太母〉グレートマザーなのか。


「造物主の眷属……か。待てよ? もしかして、あそこにいる狐面を被った少女も――」




「ご明察のとおり。わたくしの名は〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスマナ。因果に干渉したり確率を操作したりすることで、無数に分岐する未来の中から『限りなく奇蹟に近い最も望ましい未来線ルート』を引き寄せたり、他のチカラによるこの星の地球化テラ・フォーミングの成功率を跳ね上げたりするためのチカラ、『稀少地球レアアース』を担う眷属です」



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