♯4 幽明界の上に立ち③ 何が始まるんです……?(前編)

「ま。それはさておき、だ。兄ちゃんたちはもう見て回ったのかい? 二十五年前、アジア一帯を襲ったあの天災――の数々は?」


 不吉な予感を覚え黙り込む勇魚いさなに気を遣ってか、店主が手にしていたアノマロカリスをいったん置きながら話題を変えてくる。


「どうだった? 島じゅうで見かける上、余所のよりデカくてビビったろ?」

「大寒波……『解けずの氷』? それって、あちこちにあるあの氷の塊のこと? まさかアレ、全く解ける気配が無いんですか? 四半世紀経っても?」


 自分が眠っていたあの氷山と同様に……?


「いやいや、多少は解けてきてるさ。ま、四半世紀経ってもアレっぽっちしか解けてないって時点で充分に摩訶不思議だけどよ」

「………………」

「実を言うと、島の北側には半端なく巨大な氷山や、大寒波と同時にこの島を襲ったなんかもあって、そっちもなかなか迫力があるらしいんだケドよ。私有地な上に、偶ーに地割れから毒ガスが噴き出るって話でなぁ。危険だってんで、島民も立ち入りが禁止されてるんだわ」

「巨大な氷山……隕石の重爆撃が生んだクレーター……? それって、」


「あ、それとも目的はのほうだったかな?」


「聖地巡礼? この島って何かの宗教にとって重要な地なんですか?」

「いやいや、違う違う。ドラマなんかの舞台となった場所を訪れるほうの聖地巡礼だよ。この島を訪れる観光客の半分は、例の絵本の舞台巡りが目的だからな」

「絵本……?」

「ああ。『おやすみ、亡霊騎士』ってタイトルの絵本でな。もう十年近く前に発表された作品なんだが。作者の実体験が元になっているという触れ込みもあって、カルト的な人気があるんだ」


 瞬間。ピクッ……と、手を繋いでいる双子の肩が微かに震えたように見えた。


「亡霊騎士……? って、どんなお話なんですか?」


 双子の様子が気になったものの、「どうした?」という視線を向けても揃ってかぶりを振るだけだったので、勇魚は代わりに店主に問い掛ける。


「えーと。大雑把にまとめると、こんな話だな」


 ――むかーし昔この島では、西洋風の甲冑を身に纏った騎士が夜な夜な徘徊し、島の子供を攫ってはくびり殺していました――


「まさか絵本のあらすじで『縊り殺す』なんてパワーワードが出てくるとは……」


 ――実は騎士の正体は偶然この島に流れ着いた悪霊だったのです。連日連夜、凶行に及ぶ騎士の悪霊に、島の子供たちは大層怯え、神様に救いを求め祈りました――


「そもそも、なんでこんなトコに騎士の悪霊が? 日本なんだから、落ち武者とかのほうがリアリティが有りそうなものだけれど」


 ――そしてある晩、子供たちの祈りがとうとう天に届き、神の御使みつかいである二人の女の子がこの島に降臨したのです。女の子たちは神秘の力で騎士の悪霊を退治することに成功しますが、完全に滅ぼすことは叶いませんでした。そこで、島のどこかに封印することにしたのです――


「封印するにしても場所はどっかの無人島とかにしておこうよ」


 ――そして騎士の悪霊を無事封印することに成功した女の子たちは、天へと帰る際、島の子供たちにこう言い残しました。『もしも亡霊騎士が封印を破って甦るようなことがあれば、私たちは必ず戻ってきます。ですが、それよりも早くあなたがたが甦った亡霊騎士と遭遇するようなことがあったなら、すぐに逃げなさい。万が一、亡霊騎士が自身の潔白を訴え同情を買うような身の上話をしてきても、決して絆されてはなりません。それは罠なのです』――


「ドライだなぁ……絵本なのに」


 ――幸いにも、今日まで騎士の悪霊が甦ったという報告はありません。しかしいつの日か、きっと騎士の亡霊は甦ることでしょう。島の子供たちよ、決して天の御使いたちの忠告を忘れてはなりません――


「――めでたしめでたし、ってな」

「めでたしめでたし……なの、それ? でも、なるほどね。それでこの島の地図に二人の巫女さんや騎士の亡霊のイラストが描かれてたんだ」


 話題作とのタイアップによる町興しというヤツだろう。よくある話だ。


「ま、俺が知る限りこの島で子供が行方不明になったことなんて無いはずだし、実際はただの創作なんだろうけどよ。絵本に登場する島の名所を巡ろうって観光客や、あわよくば甦った亡霊騎士に遭遇してみたいっていう物好きが、毎年大勢来島するワケさ」

「前者はともかく後者は動機としてどうなんだろう」

「客は客さ。ウチで買い物してくれるんなら亡霊騎士の来店だって歓迎するぜ、俺は」

「商魂逞しいなぁ……。あれ? そういえば、真偽はさておき作者の実体験が元になっているってことは、その絵本の作者はこの島に所縁のあるかたなんですかね?」

「おうよ。なんでも子供のころ、この島に住んでいたことがあるらしい。なんて名前の作家だったかなぁ……。確か女性で……。紐紙ひもがみ……棚網たなあみ? くそっ、ここまで出かかってるんだが」

「あー……無理に思い出してもらわなくてもいいですよ」


 正直、そこまで興味があるワケでもない。

 ……どちらかと言うと、さっきから妙にソワソワしている双子のほうが気になるくらいだ。


「そうかい? で、どうする? 何か買ってくかい? さっきのニッポニテスとかどうよ?」

「え⁉ う、うぅ~ん……。実はボク、今は持ち合わせが……」


 何しろ目覚めた当初はお金どころかパンツすら持っていなかったのだ。

誇張なしの裸一貫である。

 かといって両脇に侍る双子が人間社会の貨幣を持ち合わせているとも思えない。

『星核構築』デイジーワールド・プログラムとかいうチカラを使えば、貨幣の偽造くらいは容易いのかもしれないが……。


「流石にそれはなぁ……ん?」


 隣の出店で買い物中の主婦が財布から取り出したお札をなんとなしにチラ見した勇魚は、そこに描かれた人物画を見て目を丸くする。


「え⁉ アレってまさか、宮沢賢治? この地球にも宮沢賢治がいたの?」

「おにーさん、アレは宮沢賢治ではなく宮沢なのですよ」

「……けんいち?」

「主な代表作は『銀河鉄道のワル』や『中年の多い料理店』だネ」

「なんだそれ……そっくりさん?」


 あるいは共時性きょうじせいというヤツだろうか。


「兄ちゃん、アンモナイトがダメなら三葉虫はどうだい? ほれ、そこに三葉虫の剥き身をホイル焼きにしたヤツが置いてあっからよ。良かったら試食してみてくれや。美味そうだろ?」

「だから今は持ち合わせが……って、デカっ⁉ 三葉虫ってこんなデカい生き物だったの⁉」

「サイズなんざモノによるさ。……この程度で何驚いてんだ? アノマロカリスの中にゃ一メートル近く、アンモナイトに至っては二メートル近いのもゴロゴロいるぞ? 常識だろ」

「マジで⁉ 化け物じゃん! ボク、そんなのと海中で遭遇したら卒倒する自信があるよ⁉」

「もぐもぐもぐもぐ……とっても美味しいのです☆」

「はむはむはむ……個人的にはもうちょっと薄味が好みなんだヨ☆」

「……って、ちゃっかり平らげてるー⁉」


 ちょっと目を離した隙に、三葉虫のホイル焼きを口いっぱいに頬張りモグモグしていた双子を見て勇魚は吃驚仰天、慌てて彼女たちを両脇に抱えると、「どうした兄ちゃん⁉」と呼び止めてくる店主を無視してその場をあとにする。

 そして雑踏を掻き分けて進み、やがて辿り着いた人気の無い波止場で半ば放るように地面へ下ろした双子に、


「キミたち! 人間じゃないくせに普通に食事しちゃって大丈夫なの⁉」


 鼻先がくっつきそうなほど詰め寄り問い質した。


「ヒトの身で顕現した以上、大丈夫に決まってるのです。食事も排泄も睡眠も、疲労や成長だって普通にしますですよ。でないと死んじゃうのです」

「そう……なの?」

「もっとも『地球系統ガイア・システム』を使って顕現し直すことで、空腹や新陳代謝、疲労や成長をリセットするという方法もあるんだけどネ。現に、この二十五年間は毎日そうしてきたの」

「二十五年間……毎日」

「はい。ですので、顕現し直すことを金輪際やめて成長を重ねることを受け容れるか、いっそのこと『地球系統ガイア・システム』を使って大人の身体で顕現し直せば」

「し直せば?」

「子供、だって作れちゃうんだヨ☆」

「え、あ、そう……」


 赤面しモジモジしながら、それでいて何かを期待するような上目遣いでチラチラ盗み見てくる(見た目は小学校低学年な)双子に、勇魚はなんと返せばいいのかわからず目を泳がせる。


「そ、そういえばさ。さっきからずっと気になっていたのだけれど。あちこちに転がっているあの大きな氷の塊、」

「『解けずの氷』ですか?」

「そう、それ。アレって結局なんなんだい?」

「そんな漠然とした質問をされても困るんだヨ」

「さっきの店主は二十五年前の大寒波がどうとか言ってたケドさ。本当に二十五年前からあるモノなの?」


 偶々たまたま目に留まった大きな氷の塊を指さし、ずっと気になっていたことを確認する。


「そもそもボク、ついさっきまで、ここをボクの生まれ育った地球のどこかだと信じて疑ってなかったからさ。てっきり、現在いまは三月だとばかり思い込んでいたんだけれど。実際のところ、今日は何月の何日なワケ? 三月にしては暖かい気もするけれど」

の五月四日なのですよ?」

「確か明日は、こどもの日っていうんだよネ?」


 ……おかしなことを聞いた気がした。


「は? ……うん、まあ、この際『令和どころか平成ですらないの? てか、昭和なら六十三年だか六十四年だかで終わるはずじゃないの? そもそも、別の地球なのに地名だけじゃなく元号まで一緒なの?』という諸々のツッコミは横に置いとくとして、だ」

「全然置いといてないのです」

「ツッコミまくってるんだヨ」

現在いまが本当に五月なら、そんな時期でも解ける気配の無い例の氷山やあの氷の塊はマジでなんなんだ?」

「言いませんでしたか? 例の氷山は、二十五年前、倒壊する建物からあたしたちを救うため、他でもないおにーさんが『全球凍結』スノーボール・アースを使って形成くれたモノなのですよ」

「そして、この島を始め、アジア一帯で散見されるあの『解けずの氷』はすべて、二十五年前のあの夜に、一人の女の子が揮った『全球凍結』スノーボール・アースによって形成されたモノなんだヨ」

「一人の女の子が揮った……?」

「もっともあの大惨事は、同時に揮われた『宇宙播種パンスペルミア』や『稀少地球レアアース』との相乗効果……暴走の結果でもありましたから、正確には三人の女の子と言うべきかもしれませんですが」

「とにかくネ、『全球凍結』スノーボール・アースによって形成された氷は、ちょっとやそっとのことじゃ解けないの。ヒトの手じゃ、動かすことすらままならないんだヨ。二十五年前のあの夜、アジア一帯に散々降り積もった雪や霜だって、近年になってようやく解けたくらいなんだから」

「……ちょ、ちょっと待って! てことは、あの出店の主人が言っていた二十五年前アジア一帯を襲ったという大寒波や、この島を襲った隕石の重爆撃は、実際には天災じゃなく……」


 人災だったというのか?

 それも三人の女の子による?


「……まあ」

「……そう言えなくもないネ」

「ああっ、もう! さっきから驚愕の事実が多すぎて何が何やら……。ねえ、どこかにベンチは無い? いったん腰を落ち着けて、じっくり尋も……質問させてくれないか?」

「今、尋問と言いかけましたね……?」

「聞き逃さなかったんだヨ……」

「逃がさないゾ」


 勇魚は怯えて後退る双子の背後に素早く回り込むと、ふたつのお腹にスルリと両のかいなを回し、仔猫をすくい上げるかのように、ひょいと抱え上げる。


「「にゃあん♪」」


 抵抗するものと思われた双子は存外大人しくこちらの腕の中に納まると、ピッタリと身を寄せ、「「えへへー☆」」と嬉しそうに頬擦りをしてきた。


「う、う~ん……ボク、なんでこんなに懐かれてるんだろ……?」


 自分は幼子おさなごが苦手……とか以前に、まともに接したことすらほとんど無いというのに。


「あっ、こーらっ、動いちゃダメ! 落っことしちゃうぞ! ほらっ、車が来たから! 危ないってば!」


 背後から近付いてくる黒いワンボックスカーに気付いた勇魚は、ずり落ちそうになる双子を抱え直すと、急いでその場から離れようとする。


 が。


「………………ん?」


 直後、気になるモノを見つけ、眉を顰めた。


「アレは……?」


 波止場の片隅、三十メートルほど離れた場所にある岩場の陰に、全長が70フィートを超えそうなプレジャーボートが一隻、まるで人目を避けるように係留されていたのだ。


「……なんだ、あの船? まるで隠してあるみたいな……」


 呟く勇魚たちの真横を、直後、例の黒いワンボックスカーが猛スピードで通り過ぎる。


「うわっ、乱暴な運転だなぁ」

「あ、停車したのです。タイヤが焼け焦げそうな急ブレーキなのですよ」

「ボートに横付けされたネ。あの船の持ち主さんカナ?」


 とかなんとか言っているうちに、黒いスーツと帽子、サングラスに身を包み、何やらモゾモゾと動く大きな麻袋を肩に担いだ不審な男が三人、わらわらと車から降りてきて、そのまま船に飛び乗ってゆく。


「急げ! 警察サツが嗅ぎつく前にズラかるぞ!」

「こら! 暴れるんじゃねえガキども! 海に落とされてーのか!?」

「よし、全員乗った! いいぞ、船を出せ!」


 男たちを乗せた船はエンジンを始動。

 そのままゆっくりと岸から離れ始め―




「おにーさん! 何をぼ~っとしてるですか⁉」

「アレ、誰か誘拐されそうになってるんじゃない⁉」




「――はっ⁉」


 予想外の展開に口を開けてポカンとしていた勇魚は、抱えていた双子にもみじのような手でぺちぺちと頬を叩かれてようやく我に返った。



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