♯2 幽明界の上に立ち① キスで起こされるのって浪漫だけど(後編)
今、この子たちはなんと言った?
この地球、この宇宙が、自分のいたそれとは全くの別物……?
「ここからはあたしたちの推測に過ぎませんですが。おにーさんは何らかの理由により、元いた第0宇宙でワームホールに呑み込まれてしまったのではありませんか? そして肉体を分解されたのち、別世界たる平行宇宙、つまりこの第3910平行宇宙へ、
「聞いたことない、おにーちゃん? 『アインシュタイン・ローゼン
「ワームホール? アインシュタイン・ローゼン
「はい。そしてアインシュタイン・ローゼンローゼン
「以来、おにーちゃんの
「休眠していた……? クマムシみたいにかい?」
「なんでそこで真っ先にクマムシが出てくるのですか」
「そこは普通にクマさんでいいと思うんだヨ」
そうは言うが、クマの場合、休眠と言うより冬眠ではなかろうか。
どうでもいいことだけれども。
「とにかく、
「『
「!」
「本来『
「おにーちゃんの
「そういえば……」
聞いたことがある。人体を構成する元素のうち、水素原子はビッグバン、つまり宇宙爆誕の際に出来たモノだが、それ以外の元素はすべて太古に星の内部で作られ、超新星爆発によって宇宙に撒き散らされたモノであると。
そう意味では、ヒトもまた星屑で出来ているのだと。
つまり『
「ただし注意してください。『
「母様が念入りに構築してくれたわたしたちの肉体とは違い、未熟なわたしたちが構築したおにーちゃんの肉体はたぶん一週間も維持できないんだヨ。それだってわたしたちが分け与え、今もその身を維持するために消費されている『
「つまりおにーさんの場合、この地上で顕現し続けるためには、週に一度はあたしたちから『
「その都度、補充した『
「………………待て待て待て」
押し寄せる情報量と話の荒唐無稽さにポカンとしていた勇魚は、そこで我に返って苦笑する。
「じゃあ、何か? まとめると、ボクはもうとっくの昔に死んでいて、あの世の代わりに別の宇宙に辿り着き、摩訶不思議なチカラで生き返ったって言うのか?」
「いーえ。厳密には、
「本来はネ、肉体から離れた
「月で穢れを?」
……なんだか急にメルヘンな話になってきた。
「はい。そののち、月面で
「ちなみに後者、『
……前言撤回。メルヘンというにはどこかシステマチックすぎる。
「えーと……要するに、だ。肉体から離れた
「はい。それをおにーさんのように解放ややり直しと捉えるか、それとも永遠の停滞や終わらぬ試練と見做すかは、そのヒト次第でしょうが。……それに、聞いてのとおり、輪廻転生とは言ってもヒトが連想するそれとは多少プロセスが異なりますです。あと、生前あまりに大きな罪や幾多の過ちを犯した
「別のルート」
それはもしかして――
「なんにせよ、お月様で穢れを洗い清められることなく
……俄かには信じがたい話だった。荒唐無稽も甚だしい。
だが、これがただの作り話なら。
この双子が見た目どおりの、ごくごく普通の人間の幼女でしかないのなら。
もしそうならば、こんなにも難解な単語の羅列をこうも滑らかに紡げるものだろうか……?
「まさか……本当に……? いや……いくらなんでもそんな非現実的な話が……」
「信じられないのも無理ありません。百聞は一見に如かずです。今から証拠をお見せしましょう」
「証拠だって?」
「目を閉じて。服を着ている自分、その姿を頭に思い浮かべてみてヨ」
「服を着ている自分を……?」
言われたとおり目を閉じて、お気に入りの服を着た自分の姿を脳裏に思い浮かべてみる。
上半身は紺のインナーに白のジャケット。下半身は黒のジーンズと同色のショートブーツ。
……高校入学を目前を控えた三月の半ば、ある肌寒い日を境に、ブツリと途切れてしまっている記憶。それを辿る限り、自分が最後に身に着けていたはずの衣装――
「あっ! あと、これもなのですよ、おにーさん!」
「思い浮かべた姿の両手の薬指に、これと同じ虹色の指輪を追加して、おにーちゃん!」
「……え? 虹色の指輪?」
反射的に瞼を持ち上げる。
そして、鼻先に突き付けられた双子の左手、その薬指で輝く指輪を見て、勇魚が素直に指示に従ったその瞬間。
全身を駆け巡る
「な、なんだ⁉ って、これは……⁉」
己が全身を見回して、勇魚は驚きに目を瞠る。
炎のようにゆらゆら揺らめく蒼い燐光が全身を包んだかと思うと、それは次の瞬間物質化、上下一式の衣類を構築したのだ。
それは紛れもなく、たった今頭に思い浮かべたばかりの衣装――紺のインナーと白のジャケット、そして黒のジーンズと白のスニーカー。
オマケに両手の薬指には双子が填めているモノと全く同じデザインの指輪、虹色のシグネットリングがいつの間にか填まっていて、陽光を反射しキラキラと光っている。
よく見ると右手のそれには『♓』『♍』『♈』『Ω』の四つの刻印が、左手のそれには『♊』『A』のふたつの刻印がそれぞれ刻まれているのがわかった。
勇魚はそこでようやくテルルの指輪には『♊』の刻印が、レアの指輪には『♓』の刻印がそれぞれ刻まれていることに気付く。
……もっとも、今気にすべきはそこではなかったが。
今、まず気にすべきは、
「えええええっ⁉ 何、今の⁉ どういう原理⁉ この服、どこから湧いて出たの⁉」
「落ち着くのです、おにーさん。今のは『
「で、『
また知らない単語が出てきた。
そろそろ脳が
「さっきおにーちゃんにした
「ど、そういうこと?」
「つまりですね、『
「おにーちゃんはネ、今、わたしから分け与えられた『
「もう何がなんだか……」
「ちなみにその指輪ですが、それは一種の
「チカラが暴発するのを防いでくれるからネ。……用途はそれだけじゃないけど。詳しくは、おいおい説明するヨ」
「な……っ」
暴発?
「するの、暴発⁉ する可能性があるの⁉ キミたち、そんな物騒なモノをボクの
「……あと、予め言っておきますと、『
「スルー⁉」
「それに、ネ。『
「っ」
勇魚が思わずその場にしゃがみ込んで頭を抱える。
「なんなんだよこれ……。まさか、さっきの話も全部マジなのか……? それともボクは悪い夢でも見ているのか……?」
「今度は夢扱いですか……。(ここまで全部、一度目の復活のときと全く同じやりとりなのですよ……)」
「埒が明かないんだヨ……。(同じことを二回説明しなくちゃいけないこっちの身にもなってほしいよネ……)」
いい加減面倒くさくなったのか、双子は溜め息をつくと、
「「――えいっ」」
突然悪戯っぽい笑みを浮かべて、テルルがこちらの左手を、レアが右手を、それぞれ掴み引っ張ってきた。
「ちょっ⁉」
勇魚は双子の行動に面食らいつつも反射的に腰を浮かせ立ち上がる。
双子はそれを見て満足そうに頷くと、「「よーいドン!」」と言って駆け出した。
「こ、こら、待っ、引っ張るなっ。ボクをどこへ連れていくつもりさ⁉」
「こうなったら荒療治なのです! もっともっと徹底的に現実を突き付けてあげましょう☆」
「まずはここがおにーちゃんの生まれ育った地球じゃないってことを証明してあげるヨ☆」
「ええっ⁉」
証明?
ここが自分の生まれ育った地球ではないことを――
「い、いったいどうやって――」
「決まっているのです!」
「簡単なんだヨ!」
頭に浮かんだ疑問をそのまま発する勇魚に、双子は仲良く振り返ると、パチッとウインクして異口同音に答えた。
「「街でデートをするんだよ☆」」
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