♯14 永遠の存在者②  絶望の足音が近づいてたんだ(前編)


 瞼を持ち上げるとそこには、星々の代わりに0と1を模った緑の光が明滅する宇宙空間と、見慣れぬカタチの大地と大洋をようする地球を背景に、黒と白の二種類の延命菊デイジーが競うように咲き誇る異空間――勇魚いさな自身の心象風景だというあの花園が広がっていた。


「……『もう一度ここに来たい』『キミたちと会って話がしたい』とダメ元で念じてみたものの、正直、素直に応じてもらえるとは思わなかったよ」


 背後、巨大な氷山の前に佇んでいた〈隙間の神〉ゴッド・オブ・ザ・ギャップスマナに振り返って勇魚が告げると、胡蝶蘭こちょう黒鳥こくちょうが刺繍された着物を纏った人外の少女は白い狐の面の下でクスリと笑って、


現在いまのわたくしどもはあなた様の魂魄タマシイの一部。この精神世界の一角を間借りしている身ですから。あなた様が『会いたい』と念じてくださったなら、いつでもお応えしますよ。あなた様がどれだけつれない御方でも」


 周囲を飛び交うおびただしい数のモルフォ蝶の一匹へと手を伸ばし、白魚のような指先に休ませながら皮肉る。


「……つれない? ボクが?」

「綺麗サッパリお忘れになっていたでしょう? わたくしどものことを」

「う。まあ、そうだケドさ……。仕方ないだろ。魂魄の休眠スリープモードの期間が長すぎたせいか、記憶にロックが掛かっていたみたいなんだから」

「おや、言い訳ですか? 昨夜あの双子が文句を言ったときは素直に非を認め、お詫びの添い寝までしたくせに」

「うぐっ」

「その上、今朝もあの双子とチュッチュしていましたよね?」


 ……見られていたらしい。


「チュッチュ言うな。――仕方ないじゃん。海上での戦いのせいで、テルルとレアに分けてもらった『地球系統ガイア・システム』と『星核構築』デイジーワールド・プログラムのチカラが枯渇しかけていることに、今朝になって気付いたんだから。受肉を維持するために、息吹を介してもう一度チカラを分けてもらう必要があったんだよ」

「だとしても、よく平気でチュッチュ出来ますね。あんな幼い見た目の女の子たちと」

「……いや、見ていたのなら知っているだろ? 一応あのときだけはテルルとレアに大人の姿になってもらったゾ」


 やむを得ない事情があったとはいえ小学校低学年くらいの見た目をした女の子たちと接吻キスするのはやはり躊躇ためらわれたので、拝み倒して『変身』してもらったのだ。

 ……まあ、大人とは言っても、厳密にはこちらと同じ高校生くらいだが……。


「良かったですね。あの双子に大人の姿になってもらう大義名分が手に入って」

「やめろ。それだとボクに下心があるみたいじゃん」

「全く無いと言い切れますか?」

「当たり前だろ」

「じゃあ、大人の姿のあの双子と接吻キスできても、微塵も嬉しくないと?」

「……そうは言ってない」


 自分も男だ。美人と接吻キスできて嬉しくないワケがない。

 ……ただ、大人の姿になってもらってもなお、接吻キスの瞬間どうしても瞼の裏に普段の幼女の姿がチラついてしまい、罪悪感のようなモノを覚えてしまうのも事実なのだ。


「それで? 如何いかがでしたか? 大人の姿になったあの双子は? 相変わらずあなた様の好みドンピシャリでしたか? 『オリジナルの地球』を出自とするあなた様から見ても、やはり相当な美人なのですよね?」

「まあ……うん」


 久しぶりに見たが(当然だが『前回』も何度か目にする機会はあった)、相変わらず人間離れした美貌だった。

 通常あれほどの美人は存在しえない。

 ある意味、反則と言ってもいい存在だ。

 おかげでギリギリだった。いろいろと。


「………………シスコン(ぼそっ)」

「今シスコンって言った⁉」

「幻聴です」

「嘘こけ! てか、確かにテルルとレアはボクのことを『おにーさん』や『おにーちゃん』って呼ぶけれど、彼女たちは別に妹分ってワケじゃないからね⁉」

「では、あなた様にとってあの双子は何ポジションなのです?」

「………………」


 なんだろう。自分でもよくわからない。単純な妹ポジションでないことだけは確かだが……。


「相棒、かなぁ?」

「なるほど。人生のパートナーだと」

「拡大解釈!」

「そうですか? あながち間違ってはいないと思いますが。あの双子はあなた様があの氷山の中で魂魄の休眠コールドスリープについていた期間すら、ずっとあの氷山の前に陣取り、あなた様の魂魄タマシイに寄り添っていたのですよ」

「その理屈で言うと、ずっとボクの魂魄タマシイの中にいたキミたちもボクの人生のパートナーということになるな」

「………………」


 急に黙り込まれてしまった。

 狐の面をしているため表情は窺えないが、どうやら言いくるめることに成功した――いや、これは機嫌を損ねてしまった可能性のほうが高いか?

 しまった、どうフォローしよう……と勇魚が悩んでいる間に、マナのほうから口を開く。


「……なんにしても。あなた様的には大義名分がちゃんと用意されていて、見た目がチビッ子じゃなければ、あの双子と接吻キスすること自体は嫌ではないワケですよね」

「え? ……あー……。それは……まあ。ていうか、いつまで引っ張るのこの話」

「………………ロリコン(ぼそっ)」

「今の話の流れでロリコンはおかしくない⁉」

「間違えました。シスコンでしたね」

「だからシスコンでもないって話を今したばかりだろ!」

「――それで? 今回は何が目的でここに? わたくしどもに何か御用でしょうか?」

「話を逸らしたな」

「気のせいですお兄様」

「誰がお兄様だ⁉」

「間違えました」

「どんな間違い⁉ キミ間違い多いな!」

「あなた様はあの双子に対して間違いを犯さないよう、くれぐれもお気を付けくださいね」

「やかましいわ! いい感じに話のオチをつけようとするな! ――ハア……いいや、もう。さっさと本題に入ろう」

「はい」

「ボクが今ここにいる理由だケド。昔、答えてもらえなかった質問に、今日こそ答えてもらおうと思ってね」

「と、申しますと?」

「〈ガイアセンチネル〉ってのは結局なんなんだ?」


 勇魚に質問にマナは少しだけ考えるような素振りをしてから、


「その名のとおり、この模造された地球の守人もりびとですが」

「……質問の仕方を変える。〈ガイアセンチネル〉はこの地球を護る存在なんだ?」

「………………」

「二十五年前、〈太母〉グレートマザーはその『何か』の襲来を予見し、おそれた……。だから〈ガイアセンチネル〉になれる存在――オリジナルの地球を出自とする魂魄タマシイがこの地球ほしには必要だと考え、希実のぞみ瑞穂みずほ風花ふうかを利用してボクを召喚したんだ。そしてボクに、命懸けの戦いというモノを経験させた。そのための憎まれ役すら、自ら買って出て」


 主や、同胞ともがらであるマナたちすら欺いて。

 あえて、赦されざる罪を犯し。

 たった独り、最後まで憎まれ役を演じ切ったのだ。




 ――『だから……イサナ。私の口からこんな言葉を聞くのは、おまえからすれば業腹だろうが……敢えて頼みたい。どうか「その日」が来たら、この地球ほしを護ってはくれないか……? 「この子」が愛し、もっと生きたいと願ったこの地球ほしを……』




 すべては、この地球ほしを護るために。

 ……たぶん、それが、〈太母〉グレートマザーがなんらかのキッカケで出逢い、きずなを育み…………。


〈太母〉グレートマザー――造物主の眷属がそこまでしなければならなかった地球の敵。それはいったいなんなんだ?」


 言って、勇魚はマナの背後に聳える氷山をチラリと見遣る。

神の財産目録保存者ホワイトデイジー・ベル〉リッカが生成した、勇魚が休眠ねむっていた現実世界のそれを彷彿とさせる、氷山のカタチをした牢獄。

 ――


「逆にお訊ねしますが、何故そのようなことを知りたがるのです?」

「トボけるな。その『何か』は既にこの地球上で暗躍している。だからテルルとレアはボクを目覚めさせたんだろう?」


 そう――二十四年前、自身がヒトの世に混乱をもたらすことを危惧して、自ら再度の休眠ねむりにつくことを望んだ異地球人ウチュウジンを。




「――答えてくれ。今、この地球で何が起こっている? 何が暗躍しているんだ?」




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