♯13 永遠の存在者①  だからノーコメントだってば!(前編)


「どしたん、結芽ゆめっち? 眉間にこーんな皺を寄せちゃってサ。何かヤなことでもあった?」

「……おば様のトコから戻ってきてからこっち、ずーっと心ここに在らずって感じだよ?」


 白鷺しらさぎの刺繍が施された豪奢な綴織緞帳つづれおりどんちょうと適度に抑えられた照明が厳粛な雰囲気を醸している、劇場のような講堂の一角。扇の形に配置された階段席のひとつで。


「………………なんでもない。少々考え事をしていただけだ」


 壇上に立つ学院長を見下ろし、話をぼんやりと聞き流していた結芽は、左右に座る幼馴染たちの問い掛けにムスッとした顔で答えた。


「考え事? ……ははあ、さては勇魚いさなさんのことでしょ?」

「なっ⁉ どうしてわかったのだ⁉」


 左隣の席でニマニマしながら言い当てる穂垂ほたるへ慌てて詰め寄る結芽を、銀花ぎんかが右隣の席から呆れたように一瞥する。


「……わからないと思うほうが変。朝食の席でも勇魚くんの顔をしょっちゅうチラチラ盗み見てたでしょう?」

「ぎくっ」

「そうそう。ずーっと何か言いたそうというか……もどかしい! って目で勇魚さんを見てたよね、結芽っちってば」

「まあ、勇魚くんは考え事でもしていたのかどこか心ここにあらずって感じだったから、全然気付いてなかったけどね。……テルルちゃんとレアちゃんは気付いてたっぽいけど」

「うぐっ……。母様と会う前からそんなだったのか、わたしは……」


 誰よりも気心が知れていて昔から隠しごとが通じない幼馴染たちの指摘に、結芽はたちまち頬を紅潮させる。


「ま~、穂垂たちくらいの年頃の女の子って、年上のお兄さんに憧れちゃうもんだからね~。勇魚さん、パッと見は女の子みたいな顔立ちだケド、誘拐犯たちから助けてくれたし。トンボの化け物から護ってくれたときは特撮のヒーローみたいでメチャクチャ格好よかったし。勇魚さんに惹かれちゃうのは当然と言えば当然の流れなのかもしれないケドさ~。でもそっかぁ、あの結芽っちがね~。いや~、青春だね~」

「なんで上から目線なのだ⁉ わたしと同じ小学四年生で、恋の経験なんて無いくせに!」

「それ、『わたしは恋してます』って自分で認めちゃってない? 穂垂、『憧れちゃうものだ』とは言ったけど、『恋』なんて表現は使ってないよ? てか、穂垂、恋なら今まさにしてる最中だもんねー♪ 穂垂は結芽っちと違って自分のキモチには素直なつもりだから、隠すつもりもないよ? 結芽っちも自分のキモチに素直になったら?」

「⁉ ま、まさかおまえも、」

「……穂垂ちゃんの言うとおり。ただ、実の母親に敵愾心を燃やすのはどうかと思う。勇魚くんにとって、おば様は言わば過去の女に過ぎないのだし。というか、当時の年齢差じゃあ妹みたいなモノでしかなかったと思うし。どのみちあたしたちの恋敵ライバルにはなり得ないんだから、そこまでヤキモチを焼く必要は無いんじゃない? ……まあ、勇魚くんが未亡人フェチとかだったら大ピンチだケド」

「小学四年生が口にするようなセリフかそれ⁉ って、ちょっと待て! その物言い、もしや銀花も勇魚のことを⁉ というか、どこまで察しているのだ⁉ ……え、まさかおまえたちも、勇魚と母様たちの関係性に気付いて……⁉」


 焦っていたかと思えば、今度はぎょっとして目を剥く結芽。


「やー、まー、そりゃあねー、勇魚さんとリジチョーの間に流れるビミョーな空気に、恋する女の子ならピンと来ちゃうよねー。……昨夜、勇魚さんが言ってたじゃん? 昔、半年間くらい、この島で活動していた時期があるって。あれってさ、時期的に、リジチョーやウチらのママが小学生だったころの話になるよね? でもって、勇魚さんのウチらを見るときの、まるで姪へ向けるような優しい眼差しですよ。それに、ウチのママが描いた例の絵本のこともあるし、さ。……ヤでも察しがついちゃうというか、なんというか」

「……だから結芽ちゃんのおば様に対する複雑な感情は理解できるよ。……あたしも正直、思うところはあるもの。今夜辺り、電話でお母さんをいろいろ問い詰めなきゃいけないとも思ってるし。……でも、嫉妬ばかりしていても仕方ないんじゃない?」

「いやだからわたしが勇魚に恋してる前提で話すのはやめてくれないか⁉ このキモチは別にそういうのでは――」

「「「「「しーっ、お静かに」」」」」

「! も、申し訳ありません」


 結芽は講堂に集まった百人近い生徒の中でも比較的近くにいた何人かに私語をたしなめられて、慌てて頭を下げる。

 そして両隣の幼馴染を恨めしそうに睨みボソボソと、


「まったく……おまえたちのせいで怒られたではないか。あと、学院長のお話も聞き逃してしまった。いったい何を話されていたのだ?」

「考え事してたくせによく言うよ……。んーとね、本土では今、子供が行方不明になる事件が立て続けに発生してるから、最大限の警戒をしろだってさ。ゴールデンウイーク休み中は外出厳禁。部活動やサークル活動も自粛しなさいだって」

「……あとね、寮からは極力出ないようにしなさいって。昼間はラウンジに集まって一人になるのを避けて、夜間はちょっとでも異変を感じたらすぐ誰かに報せなさいって」


 二人から話の要約を聞いた結芽は「ふむ?」と小首を傾げる。


「妙だな。今、本土を騒がせている神隠しについては、一ヶ月近く前からテレビなどで繰り返し報道されてきたはずだ。なのに、何故今になってそんな制限を設ける? というか、本来ならゴールデンウイーク休みに入る前に全校生徒を集めて注意喚起しておくべきだろうに」

「んん? 言われてみればそうだね」

「だいたい、外出はともかく寮からも出るなというのは大袈裟すぎやしないか? それに『ちょっとでも異変を感じたら』って、注意喚起としては漠然としすぎだ。『怪しい人物を見掛けたら』とか『侵入者を発見したら』とか、もっと具体的に言うべきだろう。それを避けるということは、つまり――」

「……先生たちが危惧しているのは、不審人物の侵入じゃない……?」

「ああ。そもそも相手がただの誘拐犯なら、警備員の目を掻い潜って侵入できたところで、武道を嗜んでいるお姉様がたの手でボコられるのがオチだ。先日の盗撮魔のようにな」

「確かにね。たとえ相手が拳銃や刃物を持ったテロリストだとしても、ウチのお姉様がたが遅れを取るとは思えないし」

「……うん。ウチのお姉様がたの危機察知能力や対人制圧能力は、軍隊でも通用するレベル」

「「「「「いやいやいや」」」」」


 こちらの会話が聞こえたらしい周囲のお嬢様がた(中には件の盗撮魔をボコボコにした合気道部の先輩もいた)がパタパタ手を振って否定するのをスルーして、結芽は腕組みをし思索に耽る。


「学院長は言葉を濁している……言及を避けている? いったい何を? 何故? 正直に話せない理由が何かあるのか?」


 考えられるとすれば。


「――先生たちが危惧している『異変』は、馬鹿正直に言ったら生徒が真剣に取り合わない可能性があるのか? ……学院の事務局は例の神隠しについて信頼できる筋からなんらかの有力な情報を掴んだものの、あまりに荒唐無稽な内容で、先生たちですら半信半疑とか……?」

「え、何。てことは例の神隠しって、犯罪組織による拉致とかじゃなくて本物の神隠しだったりするのかな……? だから先生たちも……」

「……そういえば、昨日あたしたちを攫おうとしたヒトたちがそんなことを――」


 穂垂の言葉に、何かを思い出したらしい銀花がハッと息を呑んだ、ちょうどそのときだった。


「――私からの伝達事項は以上です。質問のあるかたは挙手願います」


 話を終えた学院長が、階段席にてんでんばらばらに腰掛けている生徒たちをぐるりと見回し、質疑応答に移り、




「はぁい♪」




 結芽たちの席よりもずっと下のほう――最前列のど真ん中に座っていた生徒が間髪入れずに挙手、立ち上がる。


「……ん?」


 その生徒の後ろ姿を見下ろし、結芽は小首を傾げた。


「ここからだと遠目な上、顔が見えないから確信が持てないが……あれはたぶん高等部のかただよな?」

「背丈的にそーなんじゃない? ま、発育には個人差があるからねぇ。中等部の可能性もあるだろうけれど」

「……それがどうかした?」

「おかしい……。わたしの頭にはこの春の新入生をはじめすべての生徒の顔と名前が入っているし、全員と挨拶や自己紹介を済ませてあるのだが、あんな後ろ姿の生徒に見憶えはないぞ?」

「サラッと恐ろしいこと言ったね今⁉ どーゆーこと⁉ なんでそんなことしてんのさ⁉」


 穂垂だけでなく周囲のお嬢様がたも「⁉」と驚愕の面持ちで結芽を見る。


「理事長の娘として当然の嗜みだ」

「……当然じゃないと思う。本当に全校生徒の顔と名前を憶えてるの? 幼等部から高等部まで余すことなく? だとしても、後ろ姿だけで判別できるものなの?」

「もちろんだ。挨拶のときにお互い自己紹介をしたから、簡単なプロフィールだって把握してるぞ! たとえば、前の席に座ってらっしゃるのは船山ふなやま静香しずか様。高等部二年生だ。趣味は華道。BL同好会所属。で、穂垂の後ろの席のかたは岩渕いわぶち千鶴ちづる様。中等部一年生。親が決めた二十以上トシの離れた許婚がいらっしゃり、卒業後は幼馴染と駆け落ちする予定らしい。ガンバ。銀花の斜め前のかたは佐藤さとう純子じゅんこ様。初等部六年生だな。これまでピアノのコンクールで三度優勝されたことがあるが、本当はピアノよりも尺八のほうが得意らしい。その隣のかたは木村きむら真央まお様。幼等部。好きなテレビ番組は『ホレゆけ! あんぽんマン』と思わせておいて実は『甘えん坊将軍』。渋いな」

「「「「ひぇぇぇぇぇっ……」」」」


 結芽に言い当てられたお嬢様がたが揃って驚嘆、ブルブルと震え上がる。


「だが……誰だ、アレは?」


 眉を顰める結芽の視線の先で、


「くふっ、くふふふふっ♪ がくいんちょーにぃ、ひとつぅ、お訊ねしたいことがぁ、ありますのぉ!」


 挙手した生徒は許可を得ずに勝手に壇上へ上がると、戸惑う学院長の顔を下から覗き込み、やたら馴れ馴れしく粘っこい口調でこう訊ねた。




「がくいんちょーはぁ、先程ああ仰いましたけどぉ、まさか例の神隠しがぁ、ヒトごときの手によるモノだとぉ、本気で信じているワケではぁありませんわよねぇぇぇぇぇ?」


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