第3話 明日を描く者たちへ

 すっかり日は落ちて、多くの建物から光が漏れている。

 何かに指示でもされているかのように、迷い無く走っていく菰葉こもはと、その後ろから懐中電灯で道を照らしつつ、追いかける衣來いくる

 

 昔から、足の速さでは菰葉の方が勝っていた。

 だけどどこかへ向かう時、先に走り出すのはいつも衣來で、菰葉はその後ろから着いて来ていたから、こんな風に彼を追いかけるのは、初めての事かもしれない。

 

「ここ! ぼくは先に入るから。よ」

 

 数年前に閉鎖してから、不良のたまり場と化していた廃工場に着き、菰葉は割れた窓から中に飛び込んだ。

 いつの間にかかんなぎの様な格好に変わっている。

 

「わ、わかった……!」

 

 唯一の出入口であるシャッターは閉まっていて、出入りするには割れた窓からしか入る事ができない。

 だからと菰葉が言ったのだと、衣來は思っていた。

 

 今まで何度も人の出入りが繰り返されたからか、怪我をするような場所にガラス片等は残っておらず、簡単に工場内に入る事ができた。

 

 元は休憩室だったのだろう。

 狭い部屋だ。菰葉は既に別の部屋へ移動している。

 ドアは外側に倒れていた。

 もう長い間そうなのだろう。ドアは、室内と同じく無数の足跡で汚れている。

 

衣來いくる!」

 

 菰葉に大きな声で呼ばれ、ハッとして衣來は懐中電灯を向ける。

 ゆっくりと懐中電灯を動かすと、怪物の姿が映し出された。

 

 衣來を襲ったのとはまた違う、鹿のような角の生えた、巨大な兎のような怪物が座っていた。

 怪我をしている様子はないのに、体毛にべっとりと真っ赤な血が付いている。

 

 思わず菰葉の方を照らすが、少し眩しそうな顔をしただけで、怪我はしていなさそうだ。

 再度懐中電灯を振る。

 

 血は、怪物の口元から出ているようだった。

 吐血ではない。何かを咀嚼している。

 

「っ!」

 

 怪物の足元に腕が落ちていた。

 人の腕だ。長袖を着ていて、手には壊れたスマホを握っている。

 

 冷静に、そこまで観察してしまい、衣來の足から力が抜ける。

 その場に座り込み、と言った菰葉の、言葉の真意を理解した。

 

「衣來! 見なくていい! だから照らせ!」

 

 菰葉の鋭い叫び声に、ハッとして懐中電灯を持ち上げる。

 

 怪物は鬱陶しそうに長い耳を畳んで、首を振り、のそのそと立ち上がった。

 菰葉が刀を構えたのが、影で分かった。

 

(刀なんて、持ってたっけ……)

 

 疑問はあったが、怪物を照らし続ける。

 怪物が口の中の肉片を地面に吐き出す。

 

 ——そこからは、疑問も気持ち悪さも感じる暇がないくらい一瞬だった。

 

 怪物が肉片を吐いたのを合図に、菰葉が動いた。

 影が舞って、怪物の片角が斬り落とされた。

 

 怒ったように大きな手で菰葉を叩き潰そうとした怪物だったが、ひらりと躱され、自分の顔を叩く。

 

 さっきの怪物と違って、声を出さない。兎だから、だろうか。

 そんな事を考えていると、兎の怪物は声も出さず仰け反った。

 

 菰葉を照らす。刀を兎の怪物に押し当て、下半身を抉るように切り上げていた。

 怪物の血が溢れ、菰葉にかかる。

 

 菰葉は刀を引き抜き、血を落とすために空で振った。

 怪物の姿を順に照らすと、痙攣しながら伸びている。

 放っておいても、すぐに死んでしまうだろう。

 

 衣來の脳がそこまで理解する、頭から血の気が引いて目眩がした。

 

「おっとっと、危ないよ〜」

 

 後ろに倒れそうになるのを、誰かに支えられる衣來。

 

 髪の毛の右半分が白、左半分が黒の、長髪の女だ。

 キラキラと輝く桃色の目をしている。

 

「あなたは……?」

 

 女を見あげる形で衣來が尋ねると、彼女はにっこりと笑った。

 

「キミが新しい仲間だね! こもみんから聞いてるよ〜!」

 

「こもみん……?」

 

 絶妙に、会話が噛み合わない。

 

菰葉こもはクンのあだ名。この人すぐ人に変なあだ名付けるからさ」

 

 別の男の声が聞こえ、衣來は体制を立て直し、振り返った。

 女の他に、3人の人が立っている。

 

「もう菰葉クンが倒した後? オレら別に来なくて良かった感じ?」

 

 桃髪の、白い目の少年が首を傾げる。先程女について話した男と同じ声だ。

 

「帰っていい? 母さんが心配してるから……」

 

 黒髪の男の子が右目にかかった前髪に指を通しながら呟くように尋ねる。

 誰に向けての質問かは分からないが、無機質な青い目は、どうにも衣來いくるに向けられているように見える。

 

「……」

 

 もう1つ、視線を感じ、そちらを見る。

 フードを目深に被った男……だろうか、が衣來を見つめていた。

 顔はよく分からない。

 

 衣來に見られている事に気付くと、その人はポケットからペンを取りだし、回して見せた。

 なにかのアピールだろうか。見た目の印象とは裏腹に、お調子者なのかもしれない。

 

衣來いくる

 

 制服姿に戻った菰葉が、いつの間にかそばに居て、衣來に声をかけた。

 

「……ぼく達と戦ってくれる……かな?」

 

 そっと手を差し出される。

 視線が集まっているのを感じていた。

 

 さっきの戦いを見て、それでも戦う意思が有るかを菰葉は聞いている。

 本音を言えば、衣來は戦いたくないと思った。これから、きっとグロテスクな現場に何度も出会う事になるだろうし、自分だって怪我をする可能性が有る。

 

 衣來が菰葉の部屋で想像した数倍は、危険な目に遭うだろう。

 

 だが、菰葉がそういう場に身を置いているらしい。

 幼い頃からの親友が戦っているのなら、そして衣來に協力を仰いでいるのなら、答えは1つしかない。

 

「もちろん。戦うよ」

 

 菰葉の手を掴む。

 こうして、桜庭 衣來おうば いくるのヒーローとしての日々が始まった——!

 

 

 ⏱☆⏱☆⏱☆⏱☆

 

 ヒロきる、3話まで読んでいただきありがとうございます!

 6人の中で1人でも「この子好きかも!」というキャラが居ましたか?

 居ましたらぜひ、星を入れてほしいです!

 今後の彼らの活躍にご期待ください!

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