第2話 戸惑いの中で

 桜庭 衣來おうば いくる湯野 菰葉ゆの こもはも、幼い頃から苦労ばかりしてきた。

 

 衣來いくるの両親は、彼が1歳の頃に行方不明となっている。

 幸い、衣來には当時16歳だった兄と、祖母が居たので、生活の面で困る事はあまり無かったが、世間からの目は厳しかった。

 

 そんな衣來にとって、家族以外の支えだったのが菰葉こもはの存在だ。

 5人兄姉の末っ子として産まれた菰葉は、昔から気が弱く、上の兄や周囲からよく泣かされていた。

 しかし心の底から優しい子だった菰葉は、衣來が周りからなんと言われていようとも、友達だからと常に一緒に居てくれたのだ。

 

 だから衣來は菰葉の事をずっと守ってきたし、2人は昔からの親友同士だった。

 

「——で、さっきのは、なんだったの?」

 

 菰葉の部屋に着いた衣來は、クッションに座るとすぐに話を切り出した。

 

「ん……説明するから待て」

 

 部屋の冷蔵庫からジュースを取りだし、ガラスコップに注ぐ菰葉。

 冷蔵庫に飲み物や食べ物を保管していると、兄姉に取られただのなんだのと喧嘩になるので、5年前からそれぞれの部屋に小さな冷蔵庫が置かれている。

 

 ローテーブルにジュースを置き、衣來の反対側のクッションに座る菰葉。

 喉の乾いていた衣來は、ジュースを一気に飲み干した。

 

「説明するって言ったって、見たままなんだけど……人工的に作られた怪物が居て、そいつらが人を襲うから、戦う。そんな感じ。……かな?」

 

 自信なさげに髪を触る菰葉。

 彼の髪は深い緑色で、長さは肩ほどまである。

 肌が白く、女性的な顔付きをしているが、ツリ目と三白眼1歩手間な紫の目のおかげで女と見間違えられる事はあまり無い。

 ……無いと言いきれない所が彼の悩みの種ではあるが。

 

「それっていつからやってるの? 危なくない? 怪物はなんで人を襲うの? さっきの服なに? なんで菰葉が戦ってるの? なんで今まで言って——」

 

「ストップ。質問が多い」

 

「あっ……ごめん」

 

 菰葉こもはに制止され、しゅんっと言葉を止める衣來。

 

衣來いくるには今日話すつもりだったんだ。えっと……仲間になってほしくて」

 

 目を逸らし、髪をいじりながら、そう言った菰葉は、コップに注がれたジュースに口をつけた。

 

「仲間って?」

 

 コップに口をつけたまま、一口もジュースを飲まずに動きを止める菰葉。

 少し考えるように衣來を見つめ、ジュースをテーブルに戻す。

 

「えっと……一緒に戦ってほしい。って言えばわかる……かな?」

 

 衣來は、ずっと菰葉と一緒に居た。

 それでも、少しずつ時間をかけてたくさんの人と話して、菰葉以外の友達も大勢作ってきた。

 

 初めは嫌な奴だと思っていても、段々と仲良くなったりして、学校の休み時間だとか、菰葉に用事がある日だとかは他の人と過ごせるくらいには、友達が多く居る。

 

 逆に、菰葉は内気で、あまり人と関わるのが得意ではなく、衣來と居るか、一人で居るかのどちらかだった。

 遊びに誘うのも、外出に誘うのも衣來で、菰葉から何かを一緒にしないか誘ってきたのは初めてだった。

 

「分からない事とかは多いだろうし、それは後で説明する。他の人たちも、衣來に来てほしいって言ってる。それに……」

 

 前髪をいじりながら言葉を紡ぐ菰葉。

 彼が髪をいじる時は、不安な事が有るときだ。

 

「いいよ」

 

 衣來は笑顔で答えた。

 

「ほんと?」

 

「怪物は怖いし、兄ちゃんに心配かけるかもしれないし、痛いのもやだし、戦うってのもよく分かんないし……正直知らない人に言われたら絶対やりたくないけど、菰葉の頼みだもん。やるよ」

 

 衣來の答えを聞いて、菰葉の表情が和らぐ。

 自分の頼みだから、と快諾してくれたのが、素直に嬉しかった。

 

「ありがとう。じゃあ、明日……迎えに行くから、一緒に来てほしい場所があるんだ。良い……かな?」

 

「分かった!」

 

 不慣れな事をしているせいか、ぎこちなくなっている親友の隣に衣來は移動する。

 

「なんだよ」

 

「いや〜? いつの間にかことしてたんだな〜って」

 

「からかうなよ……」


 照れ隠しのように、コップを手に取る菰葉。

 口元までコップを運んで、動きを止める。

 

衣來いくる、ごめん。今から時間ある?」

 

「えっ、なに? どうしたの?」

 

 コップをテーブルに置き、立ち上がる菰葉。

 

「怪物。また出たって。一緒に来てくれる……かな?」

 

 長年共に居たからこそ分かるような、不安の滲んだ菰葉の顔を見て、衣來は覚悟を決める。

 

「分かった。行こう」

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