51 課題提出

 3年ぶりに顔を合わせるツーは、少し背が伸びていた。

「明日が提出の日だけど、コピーの準備はどう?」


「未完成だけど、未完成であることが当たり前だから、ある意味完成している」


「なるほど。見せてもらってもいい?」


「いいよ」


 コピーは自分の研究室にツーを招き入れた。長い手足を器用に使って、天井に張り付くようにしているBb9を一目見たツーは腰を抜かして悲鳴を上げた。コピーはツーの声にびくりと身体を縮こまらせた。


「ご、ごめん。怖がらせたかな」


「あれは何?コピーは3年もかけて化け物を生み出していたの?」


「化け物じゃないよ。私の執事だよ」


 ツーは信じられないという顔でコピーとBb9を交互に見比べた。

「……まあ、人前に出すときは怖がらせないように工夫が必要かもね」


「アドバイスありがとう」

 コピーは素直に頷いた。


「ところで、結局ツーは課題に取り組んだの?お母さんについて調査をしたんでしょ」


 ツーは頷いた。

「私はお母さんの研究について調べてみた。お母さんはカプセルのプロジェクトである楽園の制作の、特にトイロソーヴについて担当していた。トイロソーヴは子供を作る能力を持たないから、誰かが作り続ける必要があった。しかし、誰もが自由に子供、あらたな自分以外の存在を生み出せるようになったら危険だ。無条件に味方である存在を、自分で、それこそ制限なく作り出すことができるから。人の数というのは時に、戦力、脅威になる。だから、生命を新たに作る者はひとりでなくてはならない。そして、そのひとりは一つも間違うことを許されない。一度でも間違ったことをすれば、楽園全体が簡単に崩壊しうる」


「お母さんはその役目を負う人を私たち3人の誰かにしようと、考えていたんだね。3年前、ウノが立てた仮説は当たっていたんだ」


「そういうこと」


 コピーは少し黙って考えてから口を開いた。

「3人のうち、その役目を負うのはたった一人。残りの2人はどうなるのかな」


「その話をしに来たんだよ。提出期限はもう明日に迫ったし、コピーには伝えてあげる。実はもう、結果は決まっているんだ」


「え?」


 ツーは冷静に続けた。

「一週間前、ウノがお母さんに課題の提出を済ませた。お母さんはウノに手術を施した」


「それって……」


「ウノが選ばれたんだよ。ウノは永遠の心臓を手に入れた。明日、私たちが提出をした後、きっと私たちは処理される。その覚悟をしておけと言いたかったの」


「ショリ……?」

 頭の中でとっさに漢字に変換できずにコピーは戸惑う。


「私は元々、永遠の命なんか欲しくなかったから、明日自分がどうなろうとそこまで重要な問題じゃない。でも、コピーはちがうでしょ。だから、教えておこうと思ったの」


「ど、どうしてそんなに落ち着いていられるの?」

 コピーの声は震えた。うーん、と言って、顎をさすりながらツーは思案した。


「私とコピーが、違うからかな」


❀ ❀ ❀


 その夜は眠れなかった。コピーはベッドの中で何度も寝がえりを打っては、天井を眺めていた。


 コピーはただ、まっすぐにお母さんに自分の成長を見てもらおうと、こんなことができるようになったということを見せたいという一心で、3年間ロボットを組み続けてきた。でも、本当は、とコピーは自分の心の奥底に問いかける。本当は、ウノが仮説を言ったあの瞬間からずっと、わかっていたのかもしれない。自分がお母さんに対して思っていることはすべて、自分が信じたいものを信じているだけ。自分のモチベーションは、花城ヒトヒの偶像への盲信。


 自分が、馬鹿みたいに踊って、そして明日殺される道化師のように思えた。


「コピー様、興奮状態が見られますが、どうしたのでしょうか?」

 Bb9が声をかけてきた。


 コピーは驚いて起き上がる。

「Bb9。お前、……やさしいんだな」


「すみません、よくわかりません」


 コピーはBb9の無骨な手を掴んで抱きしめるように胸に抱いた。

「胸が痛いんだ」


「心筋梗塞ですか?AEDをお持ちいたしますか?」

 コピーはBb9の手を抱きしめたまま首を振る。Bb9は困ったように首をぐるぐると巡らせ、やがて、処理が追い付かなくなったのか、それとも充電が切れたのか、動かなくなった。


❀ ❀ ❀


「コピー、入って」


 ドアの向こうからヒトヒの声がして、コピーはヒトヒの部屋のドアを開けた。相変わらず、変な趣味の家具が目に付く。そこまで広い部屋、というわけでもないのに、家具の無駄に幅を取る装飾のせいか、実際よりも狭く感じる。


 ヒトヒとコピーは向かい合ってソファーに腰掛けた。ヒトヒはやさしい目でコピーを見た。

「ちょっと見ないうちに大きくなったね」


 コピーは頷いた。


「じゃあ、課題の成果を見せてもらおうかな」


 コピーは振り返ってドアの陰から様子をうかがっている、六本腕の蜘蛛のような執事ロボットに合図した。Bb9は部屋に入って来て、ヒトヒにお辞儀をした。見た目をツーに指摘されたので、コピーは今朝、Bb9にその辺にあった背広を着せ、蝶ネクタイをさせていた。恐ろしい見た目に、かっちりとした衣装がアンバランスで、さらに妙な不気味さと滑稽さがプラスされていた。


 ヒトヒは化け物じみたその見た目に一瞬目を丸くしたが、その顔はすぐに微笑みに変わった。

「このロボットは、コピーに何をしてくれるの?」


「こいつはBb9。私の執事ロボットとして造った。私の間違いを正すためにいる。もし永遠に生きるなら、永遠に隣にいて、間違いを指摘してくれる存在が必要だと思ったから」

 コピーははっきりとした声でヒトヒに言った。ヒトヒは頷いた。


「すてきなロボットだね」


「うん、やさしいロボットなんだ」


 ヒトヒはBb9をしばらく見ていたが、やがてコピーに視線を戻した。

「あなたなら、楽園の生命係が務まりそう」


「え?」


「コピー、よく聞いて。あなたももう知っていると思うけど、楽園という箱舟には、生命を生み出すための人が必要なの。そしてその人は、誰よりもやさしい人でなくては務まらない」

 ヒトヒの目はまっすぐにコピーの目を見ている。


「で、でも、その役目はウノがやるってことになったんじゃ……」


 ヒトヒは首を振った。

「生命係の仕事は、気が遠くなるほどの時間を、一つのミスも許されない状況で淡々と仕事をしていかなくてはならない。その仕事をいつか苦痛に思うこともあるでしょう。その仕事を、他の人にやらせることがきっとあなたは出来ない。あなたはやさしいから、ウノからその仕事を奪うことができるはず」


 コピーにはわかった。これは命令だ。自分はお母さんに選ばれたのだ。身体が震えだす。


「でも、でも、そんなことできないよ!」

 コピーは頭をぶんぶんと振る。涙や鼻水が膝に水滴となって落ちる。


 ヒトヒはコピーの肩を掴む。

「できる。あなたならできるから。誰かがやらなくてはならないの」


「無理だよ。ウノの方が優秀だし、間違わないよ。私は間違えてばっかりだ。なんにもわかんないんだよ」


「あなたがやるの。あなたしかできない」


 ヒトヒはコピーを抱き寄せる。

「私がちゃんと、見てるから」

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