48 サミダレ
「え、僕は丸二日も寝てたんですか?」
イオが目を覚ますと、白装束の幼い少年が枕元にいて、包帯を取り換えているところだった。イオが目を覚ましたのを見ると、現族長を呼んできた。
イオの胸には包帯が巻かれており、動かすとかなりの痛みが走った。なぞなぞ様をキャッチしたときにあばら骨が何本か折れたのかもしれない。
「うむ、そうだ。目が覚めて急で悪いが、いくつか連絡がある。まず第一はあなたを一族の名誉健闘者として表彰したいということだ。この件に関しては最初はテロリストとして疑いをかけ、刑に処する寸前まで行ってしまったが、あなたは自らの容疑を自らの行動でもって晴らし、見事わが一族の誇りであるなぞなぞ様を取り返してくれたばかりか、次期族長の危機も救ってくださった。今までの非礼を詫び、感謝の意を表する宴会を催させていただきたい」
「あ、ありがとうございます」
「今その宴会の準備をさせているところだ。準備ができ次第および致します。そして二つ目の連絡だが、次期族長が失踪したということだ」
「えっ?シグレが?」
「本来であれば時期族長本人の口から感謝の言葉を申し上げるところですが、大変申し訳ありませぬ」
現族長は正座をして深々と頭を下げた。
「いや、謝罪はいいですから。失踪ってどういうことですか?」
「それが、わからないのだ。昨日の昼に目を覚まし、すぐに山を下りたという報告がある」
「そんな……」
「我々の一族の問題は我々でなんとかする。これ以上あなたの手を煩わせたりすることは決してしない。こういう理由にて、一時的に時期族長を座をサミダレに渡しておりますゆえ、ご了承いただけますと幸いであります」
「……わかりました」
「そして、我々が捕らえた片腕が不自由な賊は舌を噛み切って自害し、四人組の犯行で、他の三人は中央行の列車の線路に死体となって落ちているのが発見されたようだ。ケビイシの報告やその他もろもろの事務的処理は済ませてあるので安心してほしい」
「ローレンはどうなりましたか?」
「ローレンはすでに西ブロックを出て消息はわからない。ケビイシに届け出た痕跡もない。すっかり消えてしまった」
「そうですか」
ローレンはこの山にはもう戻ってこないだろうと、イオは漠然と思った。
現族長は報告を終え、一礼すると部屋を出ていった。
❀ ❀ ❀
宴会は盛大に執り行われた。きらびやかな皿に盛りつけられたこれまたきらびやかな料理の数々と多種多様な酒がふるまわれた。イオは思わず酒が飲みたくなったが、年齢の設定ゆえに断らなくてはならなかった。
「ここにイオを名誉健闘者として表彰する。よって、イオには一族の代々伝わる大事な技法を余すことなく使った、形状を記憶し、バランスを突き詰め、あらゆる空気抵抗に対応し、程よくしなる、最高の矢に名前を彫って進呈する!」
現族長が高らかに宣言して銀色に光り輝く美しい矢をイオに恭しく差し出した。
「え、そんな。本当ですか?」
イオはようやくこの山に登りに来た当初の目的を思い出した。この合金を得るために大変な遠回りをしたものだ。
「もちろんです。受け取ってください。この矢はガクをよく通すので、モンダイに対しても使うことができるし、半永久的に錆びたり劣化したりすることもないのです」
イオは震える手で念願の合金に触れた。この矢はこれから溶かされる運命にあるのだが、少しもったいないと思うほど見事な芸術の域にまで達した造形の矢だった。
❀ ❀ ❀
宴会の夜が明け、イオはジテルペンの駅のホームに立っていた。朝の澄んだ空気の中で朝日が富士の上から顔を出し、雪が白銀に輝いていた。手には中央行の切符。
「イオ」
突然後ろから呼ぶ声がしてイオが振り返ると、サミダレが立っていた。
「サミダレ?君は時期族長になったんだから、山から下りれないんじゃ……」
サミダレは首を振る。
「自分がなったのは一時的な時期族長だ。弟を連れ戻しに行く。弟を連れ戻したら、自分は本当に山を下りる。そうしたら――」
サミダレはまっすぐにイオを見た。
「自分をパーティーに入れてくれないか。国語の知識には自信がある」
「今からでいいよ。今から僕らはパーティーになろう。それで、いっしょにシグレを探そうよ。パーティーなんだから、不自然じゃないだろ?」
イオは手を差し出した。
「ありがとう」
サミダレは豆だらけの手でイオの手をしっかりと握った。
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