46 テロリズム

「チェービー、本当に良かったの?コーニーを置いてきたけど。あいつ、あんたのことが大好きだったじゃない」


「計画の成功のためにはしょうがなかっただろ。あいつは胸をはっておとりとして捕まる。んで、俺たちはまんまと逃げおおせるってわけだ」


 場所は駅のトイレ。機関銃に弾を込めながら女が聞くと、真っ赤なジャージのジッパーを上まで勢いよく上げながら眼帯をした男が個室から出てきた。


「痛みを伴わない挑戦に成長はない」


 洗面台の鏡で自らの顔を覗き込みながら別の男が言った。男の顔は傷だらけで歪んでいる。洗面台には、頭から鹿の角のようなものが生えたのっぺらぼうの石でできた人形。なぞなぞ様である。


「さあ、行くぞ。クローサ、ノケーン」

 眼帯の男がにっと笑って言った。


❀ ❀ ❀


「あのう、ここから先はホームなので、切符を見せてもらいませんと」

 駅員は三人の若者が改札を抜けようとしてるのを止めた。


「切符……?ああ、そっか。そういう制度もあったんだっけか」

 眼帯の男がつぶやく。


「お客様?」


「悪いが通してもらうぜ」


 チェービーは勢いよく腰からピストルを出すと発砲した。駅内には悲鳴が響き渡った。肩を撃たれた駅員は必死に駅員室にあるマイクを取った。


 チェービーはマイクが館内放送つながったのを確認すると、駅員からマイクを奪い取って駅員の背中を踏みつけると、その頭にピストルを突きつけ、マイクに向かって叫んだ。


「今からこの駅は俺たちR1が占拠する!ノーマルズの諸君に俺たちエラーズが物申す!」


 列車がホームに滑り込んできた。クローサとノケーンが機関銃を構えて列車から降りてきたヒトを通さぬように改札に立ちはだかった。


「そうはさせません」

 目にもとまらぬ速さで飛んできた矢がチェービーのピストルを弾き飛ばした。ペンを短弓に変えて構えたローレンが立っていた。


 列車のドアが開いて何も知らない人々はホームに出て改札のほうへ向かってくる。


「こっちに来ないでください!列車に戻って!テロリストがいます!」

 ローレンは人々に向かって叫んだ。機関銃が発砲され、ホームはパニックになった。


 クローサが機関銃を乱射しながらホームを走って列車の運転手のところまで行くと、銃の台尻で頭を打って気絶させた。


 ノケーンは改札に残って、けん制するために何発か発砲した。人々は全員列車の中に戻った。


 ローレンは素早くリスクを計算した。機関銃を持った二人は乗客のけん制に忙しい。今丸腰の眼帯の男を倒せば隙が生まれるだろう。どちらの機関銃も自分のほうに向いていないから、一撃で眼帯の男を倒して、物陰に隠れればなんとか……。ローレンが短弓を構えなおしかけた瞬間だった。


「はははははは!!俺を射るか?やってみろよ!」

 眼帯の男はジャージを脱いだ。その胴にはたくさんの爆弾が巻かれていた。


「俺もお前も、この駅員も、乗客もみんな死ぬぜ!」


「このテロの目的はなんですか?」


「よく聞いてくれたな」

 男は腕を広げた。

「やはりこうでもしないとノーマルズの皆さんは俺たちの主張を聞いてくれないんだな」


「……」


「お前らノーマルズはいつの時代も俺たちエラーズを排斥しようとしてきた。この楽園のしくみがそうだ。勉強がすべてにおいて尊重されるこの世界のしくみを作り上げ、俺たちのような勉強弱者をその世界から追い出してクズ扱いをしてきた。俺たちは今それに反抗する!バカだから勉強ができない。勉強ができないからまともな生活が送れない。バカなのは自己責任。全部おまえらのせいだから、クズはクズとして生きろ。そんなふうに扱われてきた俺たちの気持ちがわかるか?俺たちが勉強ができないのはみんなお前らのせいだ。――バカにもわかるように教えろよ!勉強なんか、全然楽しくねえんだよ!!」


 男はどんと駅員の背中を強く踏みつけた。駅員は呻く。ローレンは表情を動かさずに聞く。ピンク色の目には冷たい光が灯っているかのようだった。怒りを押し殺すかのようにローレンは口を開く。


「主張はわかりました。では、なぞなぞ様はなぜ盗んだのですか?」


「わからねえか?なぞなぞ様はお前らの大好きな知識の塊だろ。そいつを盗んでノーマルズたちにこう聞くのさ。知識の塊が壊されたくなかったら地下教育にもっと注目しろってな!」


「わかりません」


「は?」


「あなたたちの主張は、わけがわからないと言ったんです」


 その時、めしゃっというような音がしてチェービーが横を向くと、ノケーンが白装束に水色のスカーフの忍者に取り押さえられていた。サミダレだ。その隙をついてローレンが矢を放ったが、チェービーは矢をひらりとかわすと、落ちているピストルをつかんでホームへ駆け出した。乗客たちは列車から駆け下りて改札へと走り出す。


「クローサ!出せ!列車を動かせ!」

 チェービーは反対方向に走ってくる人をよけながら列車に飛び乗って運転席に向かって叫んだ。ローレンもその後を追う。


「クローサってこのヒトのことですか?」

 運転席にいたのはイオだった。黒い全身スーツに身を包んだ女が腕をねじりあげられている。


「イオさん!列車を出してください!」

 ローレンも叫んだので、イオは驚く。


「え、なんでですか」

「次の列車が来ます!」

「えええ!」


 イオは運転席の装置を見るが、仕組みはさっぱりがわからない。クローサと呼ばれた女を見るが、クローサはぷいとそっぽを向いた。イオがまた装置に目を向けたときにできた一瞬の隙をついてクローサはイオの手を振り払い、機関銃をつかむと後ろの車両へと走っていった。列車を降りる気はないようだ。そうなるとイオたちも降りるわけにはいかない。


「運転手さん!列車を出してください!」

 イオは床で伸びている運転手を抱き起す。


「ううーん」

 やっと気が付いた運転手はイオよりも先に運転席に取り付けられている時計を見るなり、慌ててレバーを操作した。列車は動き出す。


「くそがっ!」

 改札は人でごった返している。そのごちゃごちゃの中でサミダレを押しのけたノケーンがホームに走り出てきて動き出した列車に飛びつく。サミダレも列車に追いつこうと走ったが、ヒトに押し戻されて追いつけなかった。


❀ ❀ ❀


「なぞなぞ様を返してください」

 ローレンはペンを薄く盾に変えて機関銃の猛攻を防ぐ。列車は山の中を走っていく。六両編成で前から二両目でローレンはチェービーとクローサと戦っていた。


「お前、ガクシャだろ。お前が死んだら返してやるよ」


「あなたたちの主張はおかしいです。本当に地下教育に注目してほしいなら、あなたたちが本当に勉強ができるようになりたいのなら、こんなやり方は間違っています」


「そもそも生まれからノーマルなお前にとやかく言われる筋合いはないね」


「あなたたちが言っているのはただの我儘です。知識の塊を粗末にしないでください。それに、地下に生まれたって、勉強の機会はあります」


 機関銃の弾が切れたタイミングでローレンは一気に距離を詰めようとしたが、クローサは二両と三両の車両連結部へと逃げ込み、その前にチェービーが立ちはだかる。


「勉強したくない理由を生まれを盾にして逃げてるだけです。生まれにこだわっているのはあなたたちじゃないですか?他のヒトまであなたたちの我儘に巻き込まないでください」


「ローレン!上だ!」


 一両目から走ってきたイオが叫んだと同時に天井から機関銃の雨が降り注いだ。ローレンは転がってすんでのところでかわす。


 チェービーも連結部へ入ると、列車の上へと上る。ローレンとイオも上る。列車の上には駅の改札でサミダレの取り押さえられていたノケーンもいた。やや雪が積もっていて、そのせいで列車の上は滑りやすくなっている。クローサは新たな弾を装填し終えて、銃口を二人に向けていた。両側にそびえていた山はいつのまにか低くなり、黒の塔が遠くに見え始めていた。中央ブロックが近づいているのだ。次の駅についてしまう。


「こっちは三人で、武装してる。そっちは二人で、武器といえばペンくらいだ。どうする?降伏するなら地下教育推進の礎として楽に殺してやってもいいぜ」


「勉強できないんじゃないです。あなたたちはしてないんです」


「うるさい。エラーズをクズだと思っている前提があるかぎりこの議論はまともにできない」


「中央ブロックに行ってどうするつもりですか」


「なぞなぞ様に込められているガクとやらを使って城をぶっ壊す。そのためにあるハードルはあと一つだけ。お前たち二人に死んでもらうことだけだ」


 ノケーンは懐からなぞなぞ様の像を取り出して見せた。向こうからジテルペンに向かってくる反対方面の列車がやってくる。


 ローレンは、乾いた笑いを吐き出した。

「それは残念でしたね。なぞなぞ様にはなんのエネルギーもありません。ガクがこもっているのは祠です。祠のガクを呼び覚ますものは、風鈴です。よって、その人形は飾りです」


「なんだと?」


 ローレンは目にもとまらぬ速さでペンをナイフに変形し、素早いステップで踏み込むとノケーンの手を切り落とした。


「イオさん!」

 列車はすれ違いを始める。轟音でノケーンの悲鳴は聞こえない。クローサがローレンに銃を向けるが、ローレンはノケーンを盾にしてイオの立っている場所まで戻ってくる。


「身代わりになってくださいね」


 イオの耳元でローレンはささやいて、次の瞬間、イオの体は宙を舞っていた。イオはすれ違うもと来た方面に向かう列車の上に落ちる。続けざまにイオの腹の上になぞなぞ様が落ちてくる。イオの腰に挿してあったペンは列車と列車の間に落ちて見えなくなった。


「勉強しないのが悪いんです。今ガクシャをやっている私は、地下で生まれましたから」


 列車はすれ違いを終える。イオは遠ざかる列車の上で三つの血しぶきが上がるのを見た。


「ローレン!」


 イオを乗せた列車は再びジテルペンへと向かっていった。

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